札幌高判令和6年3月14日・憲法24条1項は同性婚も保障しているとの歴史的判決

 

同性間で「結婚する権利」は憲法24条1項で保障されていること

シュシュ:札幌高裁で、憲法24条1項の結婚の自由は同性婚も保障しているという判決が出たんだね。

弁護士:うん。札幌地裁は、憲法24条1項は異性婚のみ保障しているとしつつ、憲法14条1項の差別的取扱いであるとして違憲としたのとアプローチが異なっていてすごく端的だよね。

シュシュ:でも、「両性の合意」なんだから、別に「男性と男性」「女性と女性」でも「両性の合意」と考えても良いと思うけどね。

弁護士:その考え方は、極度に、文言に囚われない目的論的解釈とか、プラグマティズムといわれる解釈の仕方なんだ。憲法24条に関しては、憲法理論の展開があまりない分野なので、地裁が異性婚しか保障していないという点で揃ったのは問題があったね。その点で札幌高裁の前衛的判決は良かったと思う。

シュシュ:ジェンダーの問題は、注目を集めているよね。

弁護士:そうだね。TBSの「不適切にも程がある」で昭和の価値観がシュールに描かれたけど、昭和生まれからすると、「つい先日まで多くの人が無害だと考えた発言や態度(軽いボディ・タッチやおふざけ、横柄な態度や呼び方)が現在では、その人間の悪評や名声失墜につながりやすくなったね。

シュシュ:フランスでは、同性間においても、性差別や性的言動、高圧的態度、ハラスメントは不適切とされているよ。

弁護士:日本では、「多様性」といっても、所詮、「日本人」が多くを占めており、アイヌ、帰化した朝鮮人・中国人、日系ブラジル人、同性愛者などのマイノリティに対する関心が高いとはとてもいえないね。

シュシュ:おじさんの愛知県安城市でも、日系人に対する生活保護の差別的言動があって、市長が謝罪に追い込まれたね。

弁護士:多様性の問題は、アメリカのように、白人、黒人、ヒスパニックといった少数民族と共存していた社会や、多文化、多民族からの移民が近年多く流入している地域で注目を集めているんだ。

シュシュ:フランスは、「移民国家」だからね。リベラルとか関係なく、LGBTQ(レズビアン、ゲイ、バイセクシャル、クィア)に代表される性の多様性も含まれているね。

弁護士:フランスでは、同性間でも、「結婚する権利」が勝ち取られたように、基本的人権が認められ躍進を続けているんだ。

シュシュ:僕は、日本では、人権・ジェンダー・性的志向にかかわらず、全ての人々が、かけがえのない個人として生き抜く権利を保障される社会になって欲しいと期待したいね。

弁護士:人権の先進国であるフランスも同性婚が認められたのは、2013年のことだったんだよね。

シュシュ:PACSという事実婚をオーソライズする制度は1999年からあったんだけど、やっぱり結婚はハードルが高いんだね。フランスには、事実婚をオーソライズする「PACS」という公証制度があるけど、それがないから違憲という名古屋地裁の判決は筋違いという感覚があるかな。

弁護士:日本は、札幌高裁が指摘したように、国会が同性婚に前向きな姿勢を示しているとはいえないから、最高裁による画期的な指摘が求められている状況にあるといえるね。

シュシュ:札幌高裁令和6年3月14日判決は、どんな内容だったの?

  • 札幌高判令和6年3月14日令和3年(ネ)第194号

  •  (地裁レベルの評釈は、寺原真希子「『結婚の自由をすべての人に』訴訟の現状と今後」家庭の法と裁判48巻19頁に詳しい。)
    • 1 判決の要旨

      • ⑴ 法令の解釈をする場合には、文言や表現のみでなく、その目的とするところを踏まえて解釈することは一般的に行われており、憲法の解釈においても変わるところはない。憲法24条1項は、婚姻をするかどうか、いつ誰と婚姻するかについての自由は、当事者間の自由かつ平等な意思決定に委ねられるべきであるという趣旨を明らかにしたものと解される。性的指向及び同性間の婚姻の自由は、個人の尊重及びこれに係る重要な法的利益であるのだから、憲法24条1項は、人と人との間の自由な結びつきとしての婚姻をも定める趣旨を含み、両性つまり異性間の婚姻のみならず、同性間の婚姻についても、異性間の場合と同じ程度に保障していると考えるのが相当であるとされた事例。
      • ⑵ 同性婚の婚姻を認める規定を設けていない民法及び戸籍法の婚姻に関する諸規定(以下「本件規定」という)は、異性間の婚姻のみを定め、同性間の婚姻を許さず、これに代わる措置についても一切規定していないから、個人の尊厳に立脚し、性的指向と同性間の婚姻の自由を保障する憲法24条の規定に違反するとされた事例。
      • ⑶ 本件規定が、異性愛者に対しては婚姻を定めているにもかかわらず、同性愛者に対しては婚姻を許していないことは、合理的な根拠を欠く差別的取扱いに当たり、憲法14条1項に違反するとされた事例。
      • ⑷ 同性間の婚姻を許さない本件規定については、国会の議論や司法手続に おいて制度の設計についても議論が必要である。対象が少数者であって容易に多数意見を形成できない事情がある。しかし、他方国会や司法手続を含めて違憲性を指摘する意見があり、国民の多くが同性婚を容認しており、社会の変化を受け止めるべきである。同性婚を定めることは、国民の意見や評価を統一することを求めるものではない。根源的には個人の尊厳に関わり、個人を尊重するということであって、同性愛者は日々不利益を受けているから、喫緊の課題として、同性婚につき異性婚と同じ婚姻制度を適用することを含め早急に真摯な議論が望まれるとされた事例。
    • 2 事案の概要

本件は、原告らが、同性の者同士の婚姻を認めていない民法及び戸籍法の規定は、憲法13条、14条1項及び24条に反するにもかかわらず、国が必要な立法措置を講じていないことが、国家賠償法上違法であると主張し慰謝料及び遅延利息の支払いを求める事案である。

 

  • 3 解説

    • ⑴ いわゆる同性婚訴訟のうち、判決文中、明示はないものの我が国で初めて憲法24条1項の解釈において、婚姻の保障が異性婚のみならず同性婚に及ぶとの目的論的解釈を示した驚きに値する判決である。また、札幌高裁は、憲法24条1項及び2項、憲法14条1項に違反すると判示した。

5つの地裁判決では、札幌、大阪、東京、名古屋、福岡の全ての地裁で憲法24条1項は異性婚を想定しており、同性婚は保障されていないとの判断が示された(以下、単に地名を示すときは地裁判決をいう。)。

ところが、名古屋(地裁)は、憲法24条2項の「家族に関するその他の事項」に着目し、憲法24条1項には違反しないとしつつ、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚した立法が要請されており、同性カップル関係を国の制度として公証せず、それを保護するに相応しい登録パートナーシップ制度も用意されていないと技術的欠陥を指摘し、憲法24条2項及び憲法14条1項に違反すると判決した。

東京及び福岡は、憲法24条2項のみ違憲状態としているのも、ほぼ同趣旨である。敷衍すると、名古屋、東京、福岡が述べているのは、同性婚の法制化をすることはできないが、登録パートナーシップ制度という法制度モデルがあり、これを24条2項に沿った「家族」ないし「家族に関するその他の事項」に含まれるものとして立法化する余地がある。これは法律婚には値しないが、そのような登録パートナーシップ制度も法制度化しないのは、憲法24条2項の要請に反し違憲である、といささか回りくどい論旨を展開しているのである。

 

  • ⑵ このため、憲法24条違反とした判決は名古屋地裁に続き2例目だが、24条1項で同性婚は婚姻であるとした点が本判決の特筆すべき歴史的な点である。

また、札幌(地裁)についても、婚姻以外の制度がないということに着目し憲法24条との関係ではあえて合憲としつつ14条1項に違反するとした。

なお、札幌地裁は、同性婚を従来の憲法13条や24条で取り扱うのは困難と考え、性的指向による差別であるから平等原則を定めた憲法14条1項適合性の有無によって処理すべきとした点では、高裁判決とアプローチは異なるものの、札幌は、憲法14条1項は、これまでの価値観を所与の前提とできないテーマを解決する試金石と見た点で画期的ということはできた。

札幌地裁は、憲法24条1項の論争に巻き込まれることを回避しつつ、異性婚のみを保障した憲法24条1項とは別問題として憲法14条1項を切り口に差別的取扱いであると判決したのである。札幌に対しては、地裁判決であるにもかかわらず性的指向が自らの意思で選択・変更できるものでないことを重視して、性的指向に基づく区別の合理的根拠について丁寧な検討を行っており、同性婚に限らず性的マイノリティの権利保障一般にとっても重要な意義があった。

大阪は全て合憲としており正に論外であった。

このように、アメリカでは憲法24条に相当する条文がなく、合衆国憲法に反する論拠を合衆国憲法修正14条のデュー・プロセス条項と平等保護条項に求めたことに、札幌、名古屋、東京、福岡は引っ張られたのかもしれない。

しかし、そのように、Obergefell判決のケネディ裁判官の法廷意見を理解することは相当ではない。デュー・プロセスといっても実体的デュー・プロセスが問題とされており、同判決では、同性婚に実体的保障が及ぶことを前提としている。

Obergefell判決のケネディ裁判官の法廷意見

基本的人権の保護は、憲法を解釈する当審の永続的義務である。しかし、その責任は、いかなる公式にも還元されることはない。国家が尊重しなければならない基本的人権を特定するとき、憲法は当審が合理的判断をすることを求めているのである。過去だけが現在を支配することは許さず、私たちの歴史を尊重しつつ、そこから学ばなければならない。

不正義の本質は、私たちの生きている時代に現実に可視化されているとは限らない。私たちが学んでいるように、基本的時代は将来の世代にも信託されているといわなくてはならない。

当審が唱える4つの原則は、同性婚にも等しく保障される。

第一に結婚に関する個人的選択の権利は、個人の尊重に由来し、家族関係、出産、子育てと同様、結婚をする自由も憲法で保障されている。結婚に関する意思決定は個人が行うことができる憲法上の決定に密接に関連している。

第二に、結婚の権利は献身的な個人にとって重要であり、これを支持されるべき基本的人権である。

第三に、結婚の権利はこどもと家族を保護し、子育て、出産、親がこどもを教育する権利の実体をなしている。これらは、デュー・プロセス条項によって保護される自由の中核部分である。したがって、同性婚を排除することは、結婚する権利の中核部分と矛盾している。

第四に、当審と、この国の伝統は、結婚がわたしたちの社会秩序の要石であることを否定するものではない。

当審は、結婚する権利は、基本的人権であり、修正14条で保障されている実体的デュー・プロセス条項及び平等原則に基づき、同性カップルといえども結婚する権利を奪われることはない。

結婚ほど、深い結びつきは世の中にない。結婚は愛、忠誠、献身、犠牲、家族という理想を体現する。夫婦は結合することにより偉大さを増す。そして、原告の何人かが示すように、たとえ死が二人を割くことがあったとしても、割れても末に逢わんとぞ思うという愛を体現している。

同性カップルが結婚制度を陥れようとしているのは誤解というほかない。彼らは、結婚を尊重しているからこそ、自分自身に向かい合おうとしている。彼らの願いは、結婚の権利から排除され、孤独のうちに人生を終えることがないよう求めることがないというものである。当審は、法の観点から平等な尊厳を認め、憲法は結婚の自由を認めている。

PACSが日本にないことが問題なのではなく、基本的人権が侵害されていることが問題だ

同性婚の本質的な問題は、PACSのようなパートナーシップを公証する制度がないことが違憲というものではない。

むしろ、精神的でより深刻な不利益、すなわち個人としての尊厳が損なわれているということである。したがって、同性カップルが夫婦共同生活の実態を備えていても、婚姻によるかけがえのない個人の尊厳としての喜びを享受できない深刻な不利益を甘受せざるを得ないという中核部分にまずもって目を向けなければならない。

例えば、名古屋地裁がいう、現実的ではあるが登録パートナーシップが法制化されていないことが違憲という浅い見識は夢がないといえるだろう。

司法は国会ではない。司法には、代表民主制の下、議員を送り出せない少数派グループを救済するための役割があり、登録パートナーシップ制度というような弥縫策を提言し妥協策を模索する政治家のような立場ではなかろう。

もっと具体的に懸念をいえば名古屋地裁のような判決では、登録パートナーシップの制度がとりあえず作られれば、それでお仕舞となることも危惧され、パートナーシップから同性婚に制度が昇華したドイツと同じような立法動向にあるとは到底いえない。

また、名古屋地裁の考え方は、パックス・パートナーシップ・シビルユニオンという「二級の婚姻」と位置付けようという理解と親和的であるという危うさがある。

したがって、そもそも、同性婚が制度として婚姻に含まれないという点が憲法上の権利侵害として問題にされる必要がある。

24条1項は、同性婚も保障していることを宣言すべきこと

 

  • ⑶ このように見てくると、札幌地裁はいささか傾聴すべき点もあるが、大阪は論外として、名古屋、東京及び福岡は、24条1項が異性婚をいうと判示し、それは同性婚を含ませる余地をなくしてしまった点で、24条1項のみならず2項の壁も高くなり乗り越えるのは容易ではなくなってしまったと評されていた。
  • ⑷ 確かに、憲法24条の文言は文理解釈上、異性婚を念頭に置かれていると言われている。しかしながら、明治憲法の時代では、同性愛や同性婚については精神疾患であり治療すべきもの、社会秩序を損ない忌み嫌うものとする観念が支配していた。このため、憲法制定当時、同性婚という法制度があり得ることについて認識はなかった。
  • したがって、「両性」「夫婦」という文言が使われたのである。そうすると、法制度には、同性婚を排除する積極的意図はなかった。

日本国憲法24条1項は同性婚を禁止していないこと

そうすると、憲法24条1項、2項は、婚姻については、かつてのような家制度での個人の尊厳を損なうようなものではなく、現行憲法の新しい人権理念に沿うものとしようとしたものである。こうした家制度の排除に意味があるのであって、それ以上に同性婚を排除するという点については問題意識はなかった。

  • ⑸ このような憲法24条の制定の過程を踏まえると、「両性の合意」とは、「当事者の合意」と解して差し支えなく、「夫婦が同等の権利を有すること」は、「双方が同等の権利を有すること」と言い換えても趣旨は同じである。

このように見てくると、24条の解釈は、最初から同性婚を排除していたと決めつける必要はなく、「当事者」「双方」に言い換えても問題ないのであって、これと同旨をいう本判決の憲法24条1項の解釈は正当である。

まとめ

  • ⑹ 本判決は、同性婚を憲法上の権利としてとらえる唯一の憲法解釈を示した点で極めて重要である。原審の札幌地裁の新しい差別に対する野心的解決として憲法14条1項を持ち出したことと並び、憲法ないし家族法・事実婚・フランスのPACSのようなパートナーシップを学ぶ法律家として整理しておきたい事柄の一つと思われるので紹介した次第である。

識者からの見解

 

  • ⑺ 本判決に対しては、識者から見解が示されており、棚村政行早稲田大学教授が、「極めて画期的であり、一連の違憲ないし違憲状態判決とは質が異なる。憲法制定時の議論や社会背景などを丁寧に踏まえた上で、文言を形式的に判断せず、社会の状況変化に応じて解釈した。個人の尊厳が損なわれていることについての言及もある」と意義を述べる見解(令和6年3月15日付朝日新聞)、法政大の建石真公子教授が「人権保障を広げる憲法解釈を広げる方向に憲法解釈をした判決だ。性的指向を法的利益や人格権の一つと認め、異性間にとどまらず個人間の自由と解釈したのは画期的である」と意義を述べる見解、木村草太教授は、「同性婚も憲法21条1項の婚姻の自由に包摂されるとし意義深い。性的マイノリティ―の権利保障はパートナーシップ制度などの措置では足りないと明確に示した。ただし本判決が『社会の空気の変化』を挙げたことは残念である。同性カップルの保護は異性間に劣って良いという差別意識があり正すべきである」とする見解を示している。

近時の学説

 

  • ⑻ 近時の学説では、憲法が性的自己決定権を保障している以上、性的指向性もまた個人の自由であり、異性としか婚姻できないとして同性婚を否定すべき理由に乏しいとして13条・24条に反するとする見解(松井茂記『日本国憲法第4版』476頁(有斐閣、2002年))、憲法24条1項は文言上両性の合意のみに基づいて成立するのであって、一見異性間でしか行われないと解釈されるが、当初の規定の趣旨は、帝国憲法下の戸主を中心とする家制度を批判し根本的な改革を意図したことにあり、両性を男性と女性ではなく単に「二つの性」と解すれば同性婚の保障は可能とする見解(植野妙実子『基本に学ぶ憲法』115頁(日本評論社、2019年))、台湾司法院解釈である「婚姻適齢にある配偶者のない者は、本来結婚の自由を有しており、それは結婚するかどうかと誰と結婚するかの自由が含まれる。この自己決定は人格の健全なる発展及び人間の尊厳の護持に関わり、重要な基本権であり台湾憲法22条の保障を受けるべき」との見解を引用する民法の見解(二宮周平「同性婚導入の可能性と必然性」立命館法学393巻/394巻610頁)、同性婚は文字通り認められておらず、同性同士の婚姻の制度化は認められず、制度化をする場合は憲法の文言を改める憲法改正が必要であるとする見解、同性婚は、両性の合意のみと規定された歴史的文脈からすれば禁止まではされておらず許容されているという見解、婚姻について他者の介在を止めさせ個人主義的な視点から婚姻関係を構築する点を踏まえると同性間でも本人の同意のみで婚姻が可能なはずであり秩序の転換期にあるとする見解(以上、新井誠=曾我部真裕ほか『憲法Ⅲ人権』228頁(日本評論社、2021年))、札幌地裁令和3年3月17日判時2487号3頁を根拠に、憲法24条1項は同性婚を認めることを禁止していないとする見解、安念潤司の「現行民法を正当な婚姻と捉える必要はなく、当事者間の合意により多様な結合関係を認める」という契約的家族観を解く見解(以上、渡邉康行=宍戸常寿ほか『憲法Ⅰ-基本権第2版』485頁(日本評論社、2023年))がある。なお、新たに二宮周平「同性婚の法制化と多様な家族形成の支援について」司法書士論叢会報THINK122号32頁(2024年)に同性間の家族形成の実態、養子縁組の利用、家族形成支援の在り方、同性婚の法制化の検討、具体的な立法提案などが詳細に叙述されている。

結語

結婚をする権利は、憲法が制定される前から存していたものであり、「自由権」であり、その在り方は、国家に規制される必要が強いものということはいえない。

家族法の立場からは、結婚秩序の相対化も意識して、契約的結婚観で対処するのが望ましいと思われる。

いずれにしても、現行の婚姻法秩序が同性間の関係を排除していないという札幌高裁の判決は、同性婚訴訟の自由権的側面の行方について重大な手がかりとなる。

現実的には、同性間の関係だからといって直ちに家族法としての答えが導かれるとはいえない。

むしろ、夫婦共同生活の実態があれば、例えば、近親婚であっても、事実婚であっても、同性婚であっても、重複的内縁関係であっても一定程度、法的保護に値するということといえよう。

家族法の理論としては、札幌高裁の判決の趣旨を踏まえ、同性間でも婚姻の自由は同等に保障されているという意識を醸成して法律解釈及び社会通念の理解に資することが重要と考える。

 

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