いわゆる標準的算定方式により試算された婚姻費用を,子の私立学校における学費等を考慮して修正した事例
1 本決定の概要
本件は,B(妻)がA(夫)に対し,婚姻費用分担請求をした事案である。
本決定の認定によれば,Bの給与収入(年間換算額,概算)は,平成26年a月以前は100万円,同年b月以降は360万円である。Aの給与収入(同上)は,1311万円である。ABの間には子C・Dがおり,Bがその監護養育をしている。子Cは私立高校の生徒であり,学費(同上)は90万円である。子Dは,公立小学校の6年生である。
本決定は,いわゆる標準的算定方式(東京・大阪養育費等研究会「簡易迅速な養育費等の算定を目指して」判タ1111号285頁)に基づいて試算を行った上で,子Cの学費を考慮した加算修正を加えて,婚姻費用分担金を算定した。本決定の特徴は,この加算修正に当たり,学費のうち公立学校の標準的教育関係費(その意味については後述)を超える部分について,両当事者で2分の1ずつ負担すべきものとした点にある。
2 本決定の意義
(1) 家庭裁判所の実務上,婚姻費用分担額の算定が標準的算定方式に基づいて行われていることは,周知のとおりである。
標準的算定方式においては,夫婦のそれぞれの総収入から婚姻費用の原資となる基礎収入を算出し,双方の基礎収入の合計額を双方の世帯の生活費指数に応じて配分する。そして,自己の基礎収入がその配分額に不足する当事者が,その不足額を反対当事者に対し婚姻費用分担額として請求できることとなる。
給与所得者の総収入から基礎収入を算定するに当たっては,「公租公課」「職業費」「特別経費」が控除される。このうち,「職業費」は,給与所得者として就労するために必要な出費(被服費,交通費,交際費等)であり,「特別経費」とは,「家計費の中でも弾力性,伸縮性に乏しく,自己の意思で変更することが容易ではなく,生活様式を相当変更させなければその額を変えることができないものであるとされている。住居費や医療費などがこれに該当する。」(前掲判タ286頁)。
基礎収入を両世帯に配分するに当たって用いられる生活費指数は,親を100として,0~14歳の子は55,15~19歳の子は90と指数化されている。子の生活費指数の中には,標準的算定方式の提案された当時の公的統計に基づき,子の学校教育費が考慮されている。具体的には,15~19歳の子の場合,国公立高校の子がいる世帯の年間平均収入864万4154円に対する公立高校の学校教育費相当額33万3844円が考慮されている(前掲判タ290頁)。
(2) 標準的算定方式が上記のような考え方によるものである以上,標準的算定方式によって試算された額の婚姻費用分担金のみでは,私立学校に通う子を監護する権利者は,学費の支払に困難を来たすことになる。そのため,義務者が子の私立学校への進学を明示又は黙示に承諾していたとみられる場合や,その収入及び資産の状況等から見て義務者に相応の負担能力がある場合には,標準的算定方式によって試算された額に対して,私立学校の学費等を考慮した加算を行う必要が生じる。
この加算額の具体的算定について,標準的算定方式の提案後間もない時期に,大阪高裁(本決定の裁判所)の管内に勤務した裁判官の論稿が相次いで公表された(濱谷由紀=中村昭子「養育費・婚姻費用算定の実務~大阪家庭裁判所における実情」判タ1179号35頁,菱山泰男=太田寅彦「婚姻費用の算定を巡る実務上の諸問題」判タ1208号24頁,田中壯太=三宅康弘「家事抗告審からみた家事審判」家月58巻7号1頁)。これらの論稿は,いずれも,私立学校の実際の授業料から,標準的算定方式で考慮されている公立学校の学校教育費(「標準的教育関係費」)を控除した額を算出し,この額(「超過教育関係費」)を,当事者双方の基礎収入で按分する方法を主として紹介しており,大阪高裁管内では,現在もこの方法(「基礎収入比按分処理」)が主流となっているようである。大阪以外の高裁管内の裁判官による論稿としては岡健太郎「養育費・婚姻費用算定表の運用上の諸問題」(判タ1209号4頁)があり,「A 平均収入に対する公立学校教育費相当額を控除する方法」及び「B 生活費指数のうち教育費の占める割合を用いる方法」を紹介しており,算定表への当てはめによって得られる結果に対する調整という観点からの説明であるが,Aが内容的には基礎収入比按分処理と考え方を一にしており,「大まかな計算としては,Aの計算方法によることで足りるであろう。」としているから,大阪以外の高裁管内でも実情は大きく異ならないものと思われる。
(3) このように,私立学校に通学する子については,基礎収入比按分処理が一般的には用いられてきた。
ところが,平成22年に大阪高裁の家事抗告集中部の松本哲泓部総括判事(当時)が発表した「婚姻費用分担事件の審理-手続と裁判例の検討」(家月62巻11号1頁)では,義務者の収入の多寡や分担を要する教育費の額によっては,基礎収入比按分処理によらず,適切な分担を検討すべきである旨の指摘がなされた。超過教育関係費を当事者双方に2分の1ずつ負担させる(「等分処理」)とした本決定は,当時とは裁判体の構成が異なるものの大阪高裁の家事抗告集中部によるものであり,松本元判事の上記指摘の延長線上にあるといえよう。
(4) また,本決定は,超過教育関係費の算定に当たって控除する標準的教育関係費についても,上記33万3844円をそのまま用いるのではなく,当事者双方の収入合算額1411万円~1671万円(時期によって異なる)と国公立高校の子がいる世帯の年間平均収入とを比較した上で,50万円を標準的教育関係費としている(この点を,より正確に表現・計算するとすれば,「15~19歳の子の生活費指数を90と定めるに当たっては,公立高校の平均的な学費(世帯の平均年収864万4154円の場合で年額33万3844円)が考慮されているところ,抗告人と相手方の年収合計は1411万円(平成26年a月以前)であるから,子Cの生活費指数90には33万3844円×1411万円/864万4154円の計算により年額54万5000円程度の標準的教育関係費が予め織り込まれている。」となったであろう。)。超過教育関係費の算定に当たって控除する標準的教育関係費について,このように当事者の収入合計に応じて計算すべきであるということを明確に説示した裁判例は少数であり,本決定はその点でも参考になろう。
3 超過教育関係費の按分方法に関する若干の検討
(1) 本決定は,等分処理の根拠を,次のとおり簡潔に説明している。
「(超過教育関係費は,)抗告人及び相手方がその生活費の中から捻出すべきものである。そして,標準的算定方式による婚姻費用分担額が支払われる場合には双方が生活費の原資となし得る金額が同額になることに照らして,上記超過額を抗告人と相手方が2分の1ずつ負担するのが相当である。」
上記説明は,上記松本論稿において「(超過教育関係費の)支出が現実には基礎収入部分からされるのが通常である」と指摘されていることに対応したものといえる。
(2) 上記(1)のとおり,等分処理では,超過教育関係費を当事者双方の生活費(標準的算定方式の中では夫婦(親)の生活費指数各100に相当する部分)から捻出すべきであるとしているのであるが,ここでいう「生活費」は当事者双方の基礎収入合計を家計構成員の生活費指数によって配分したものである。そうすると,等分処理は,基礎収入の算定に当たって総収入から控除した部分(公租公課,職業費及び特別経費)を,超過教育関係費の捻出の原資とはしない,という考え方に立脚しているともいえる。
この考え方の合理性を検討するに,確かに,①公租公課の額は法令によって定まるから当事者において節約する余地はないこと,②特別経費は,その定義上,上記のとおり「家計費の中でも弾力性,伸縮性に乏しく,自己の意思で変更することが容易ではない」ものとされていること,③職業費も同様の性質を有すること,からすれば,一応の合理性はあるように見える。しかしながら,公租公課は別として,職業費及び特別経費は,当事者の意思によって変更(節約)することができないものではないし,そもそも,標準的算定方式が採用した職業費及び特別経費の比率は過大であるとの有力な批判もなされている(例えば,日弁連の2012年3月15日付け「養育費・婚姻費用の簡易算定方式・簡易算定表に対する意見書」日弁連ウェブサイト所載)。
また,本件の場合は収入を合算するとかなりの高額になるため,試算額の婚姻費用分担金が支払われた後の当事者双方(親)の生活費もかなり潤沢であり,また,試算額に織り込まれる標準的教育関係費の額が大きく超過教育関係費の額が相対的に小さくなっている(上記2(4)参照)から,超過教育関係費を親の生活費の節約により捻出することはさして困難ではない。これに対し,収入は低額であるのに子は私立高校に通学しているような事案では,超過教育関係費のすべてを生活費から捻出することは現実には不可能となる。そのような事案では,超過教育関係費の原資としては,職業費及び特別経費の節約も考えざるを得ないから,基礎収入比按分処理にも一定の合理性があることになろう。
(4) このように,超過教育関係費の負担をどのように定めるのが相当かは,当事者の収入額に左右される面が大きいことに注意を要する(このことも,上記松本論稿において指摘されている。)。事案によっては,例えば,超過教育関係費の一部を等分処理,残部を基礎収入按分処理とする等,中間的な処理を行うべき場合もあろう。また,婚姻費用分担額の算定は「一切の事情」を考慮した家庭裁判所の裁量判断によることからすれば,審判ないし決定において,超過教育関係費の分担額の算出方法についてまで明確な理由付けを示すのが適切かどうかという問題もあろう。
なお,現実の家計における教育関係費の原資としては,夫婦の収入だけでなく,親族(祖父母など)からの援助,学資保険金,貯金の取り崩し,といった多様なものが想定されていることがある。このような実態も考えると,一つの考え方に固執することにより,かえって事案の適切な処理から遠のく場合があることにも,注意が必要であろう。
大阪高裁決定平成26年8月27日
ア 長男の学費について
長男の□□中学部入学は,抗告人と相手方が別居した後であるところ,抗告人は長男の□□高等部への進学はもちろん,中学部への入学も了承していない旨述べるが,本件記録によれば,抗告人は同居中に私立中学受験を前提にして長男の家庭学習を指導していたと認められるほか,別居後も,長男が□□中学部に在籍していることを前提に,婚姻費用を支払ってきたことが認められる。また,□□は中高一貫教育の学校であるから,中学部に在籍している生徒は,特段の問題がなければ,そのまま高等部に進学する例が多いと考えられる。したがって,中学及び高校を通じて,□□の学費等を考慮するのが相当である(なお,当事者双方の別居をもって,直ちにこの特段の問題に当たるということはできない。)。なお,中学部の学費等の金額は本件記録上明らかでないが,高等部と同程度のものとして考慮する。
標準的算定方式においては,15歳以上の子の生活費指数を算出するに当たり,学校教育費として,統計資料に基づき,公立高校生の子がいる世帯の年間平均収入864万4154円に対する公立高校の学校教育費相当額33万3844円を要することを前提としている。そして,抗告人と相手方の収入合計額は,上記年間平均収入の2倍弱に上るから,上記(3)のとおり標準的算定方式によって試算された婚姻費用分担額が抗告人から相手方へ支払われるものとすれば,結果として,上記学校教育費相当額よりも多い額が既に考慮されていることになる。
そこで,既に考慮されている学校教育費を50万円とし,長男の□□高等部の学費及び諸費の合計約90万円からこの50万円を差し引くと40万円となるところ,この超過額40万円は,抗告人及び相手方がその生活費の中から捻出すべきものである。そして,標準的算定方式による婚姻費用分担額が支払われる場合には双方が生活費の原資となし得る金額が同額になることに照らして,上記超過額を抗告人と相手方が2分の1ずつ負担するのが相当である。したがって,抗告人は,上記超過額40万円の2分の1に当たる20万円(月額1万6000円程度)を負担すべきこととなり,これを,上記(3)のとおり標準的算定方式の算定表への当てはめによって得られた婚姻費用分担額に加算すべきである。
そうすると,学費を考慮して修正した婚姻費用分担額は,平成26年×月までは27万円,同年×月以降は25万円と定めるのが相当である。