預貯金に関する特有財産の評価方法について
預貯金に関する特有財産の評価方法について
離婚時の財産分与において、預貯金の中に婚姻前からの一方の財産(特有財産)が含まれる場合や、婚姻中に相続などで得た財産が預貯金として存在する場合、その評価は複雑です。具体的な事例を基に、分与対象財産をどのように評価すべきかを解説します。
ケース1:婚姻前から所有していた預貯金が増加した場合
例えば、夫の預金が婚姻時120万円、離婚時300万円の場合、婚姻時の預金残高を特有財産として除外する説(仮にA説とします)を採るのであれば、原則として増加分の180万円が共有財産です。ただし、婚姻時の残高が離婚時より多い場合(例えば、婚姻時120万円、離婚時80万円)は、特有財産は0円と多いとされることもあります。
婚姻期間が長く、婚姻前の預金が生活費に使われた可能性があれば、残存の証明が必要です。B説では、婚姻期間中の最低残高を特有財産とします。例えば、最低残高が80万円なら、特有財産は80万円、共有財産は220万円です。つまり、婚姻時に120万円あったとしてもその後残高が80万円まで減少した場合、特有財産のうち40万円は散逸したと考えるのです。このように、財産分与対象財産は、基準時までに存在していることが必要であり、婚姻前から有する財産も、婚姻後に減少すれば、特有財産としてその部分は不存在となることなのです。
C説では、出金が共有財産から優先されたと仮定して特有財産を計算します。
取引履歴がない場合(主張立証ができない場合)や、婚姻前の預金が婚姻後の収入と混ざり特有性が失われた場合は、全額が共有財産となります。特有財産である以上、特有性の維持が要件となるため、他の財産との識別がとれることが比較的重要な考え方といえます。婚姻は特有財産を元手に共有財産を築く側面もあり、特有財産からの支出を優先する考え方もあります。裁判所との協議が重要です。
ここで夫の婚姻直前の預金額が120万円、離婚時の預金額が300万円であったケースについて、A・B・Cそれぞれの説による評価を見てみましょう。(あくまで証拠がある場合)
A説による具体例
婚姻後、夫婦の収入で生活できており、婚姻前の夫の預金120万円は特に手を付けずに残っていた場合、離婚時の300万円のうち120万円は夫の特有財産、残りの180万円が共有財産として分与の対象となります。調停などで主張されやすいですが、簡易な考え方であるため、下記のような見解と矛盾を来たしているというわけではありません。
B説による具体例
婚姻期間中に、一時的に夫の預金残高が80万円まで減少した時期があった場合、B説に基づけば、特有財産として認められるのは80万円のみとなり、離婚時の残高300万円から80万円を引いた220万円が共有財産となります。これは、実務上通説的な見解といえるかと思います。弁護士がご説明しても、A説的な理解を強調されるかたの場合はご説明が難しい分野ともいえます。
C説による具体例
婚姻前の夫の預金について、婚姻期間中の取引履歴が一切開示されず、どのように使われたかが不明な場合、その120万円が特有財産として残っているとは認められず、離婚時の300万円全額が共有財産として分与の対象となる可能性があります。
なお、よくあるパターンとして、預金が減少した一方で有価証券が増えた場合などです。このように、預金が減少した一方で、他方で、財産が形成された場合は減少された財産と形成された財産との間に「代償性」があるかがポイントとなります。つまり、新たに有価証券を婚姻誤に取得していても、「代償財産」であるのであれば、減少した財産の性質を引き継ぐので、形成した財産の特有性、ここでは有価証券の特有財産性が問題となるわけです。このような場合、資金のトランスファーを明らかにする必要があるのですが、その間に、生活費口座を介して特有性が失われているのではないかなどの分析も必要となります。弁護士としては、新たな形成財産に特有財産の減少が「寄与」しており、「代償財産」ないし「代償性」を主張し特有財産制の論証を目指します。ただ、このような資金移動のトランスファーの場合、代償性までは肯定できないものの、「寄与割合」として部分的に考慮できる可能性もありますので、弁護士にご相談ください。
一例を挙げると、特有財産である100万円を預け替えした場合などが問題となります。この場合、しばしば金融機関自体移動していたり、現金化されていたりして、トランスファーの流れが分からない場合もあります。これら債権という「財産」自体は別のものなのですが、「新規預貯金は給与貯金の代償財産ということができるか否か」という視点がとても大切となります。問題となるのは、夫婦共同財産の口座に入れてしまった場合です。しばしばこういう例が多く見られます。この場合は、夫婦共有財産全体は、夫婦共有財産としてみるものの、特有財産からの拠出部分は拠出額の割合を「特有財産」として見るか、その割合を寄与割合で考慮するのが相当である場合があるように思われます。少し数字が違う場合がありますが、考え方は近しいものがあるといえるでしょう。
Q&A 特有預金の減少と新預貯金の因果関係が明確でない場合もありますか?
ありますし、裁判所で、よく指摘される点です。特に特有財産を生活費に支出していた場合、その部分につき、夫婦共同財産の支出を免れていたという関係にありますから、仮に、特有財産が減少していても、新たに形成した財産は、旧給与貯金が肯定できる可能性がある。ただし、これら預け替えの場合は因果関係の立証が大変です。特に、旧預金と新預金との間に代償的な関係がないとされるケースも少なくないように思われます。そのうえで、寄与割合や一切の処分として考慮することになると思われます。
ケース2:離婚直前に相続した財産が預金に入金された場合
相続財産は、原則として夫の特有財産です。口座については特有性が維持できているかがポイントと言える場合も少なくありません。相続財産が定期預金や保険などに形を変えている場合は、特有財産と評価されやすいです。普通預金に入金された場合は、その後の取引が重要です。
離婚1か月前に夫が相続で500万円を得て、離婚時の預金残高が300万円の場合であるケースで考えてみましょう。
A説による具体例
相続した500万円を夫が自身の名義で定期預金にした場合、その定期預金は特有財産と認められます。これは、相続財産が定期預金となり、定期預金にその他の財産がまざることが少ないという考え方によります。離婚時の預金残高300万円がこの定期預金の一部を解約したものである場合、解約された金額すべてが特有財産として扱われます。
B説による具体例
相続で得た500万円が夫の普通預金に入金された後、生活費などの引き出しがあり、離婚時の残高が300万円、入金後の最低残高が200万円であった場合、B説では特有財産は200万円、共有財産は100万円となります。相続財産は特有財産であるものの、特有財産は200万円になってしまっているためです。
C説による具体例
相続金500万円が入金された後、基準日(別居時)までに合計400万円が引き出されていた場合、C説では、300万円のうち特有財産は残っているのは100万円(500万円 – 400万円)のみと評価される可能性があります。ただし、相続であるので、典型的な特有財産制を帯びやすいので立証の努力をすることが望ましいと思います。
B説とC説の違い
B説とC説の選択は、夫婦が婚姻後の収入で生活していたという経験則がどれだけ当てはまるかによります。婚姻前の預貯金にはこの経験則が適用されやすいですが、相続財産などには適用されにくい場合があります。
相続財産が共有財産と混ざり生活費に使われた場合は、C説が適用されることが一般的です。ただ、相続財産であっても、当然にC説となるわけではありませんが、ケースバイケースとはいえ、特有財産制の立証が必要です。
定期預金に関する留意点
上記は主に普通預金に関するものです。定期預金は出し入れが少なく、同一性が認められやすいため、特有財産と認定されやすい傾向があります。婚姻前に契約した定期預金を解約し、再度預け直した場合も同様です。
まとめ
離婚時の預貯金における特有財産の評価は、婚姻前から有する財産や相続財産などが絡み合い複雑です。
婚姻期間や家計の状況、取引履歴の有無などが判断を左右し、A説、B説、C説といった考え方を参考に、個別具体的な事情に応じて公平な財産分与を目指す必要があります。なお、A説、B説、C説はトレードオフの考え方によるものではなく、併用して判断されるべきものです。
定期預金は特有財産と認められやすい一方、普通預金は生活費との混同により判断が難しくなるため、慎重な検討と証拠に基づいた主張が重要となります。