婚姻費用の最近の諸問題と住宅ローンの減算処理

婚姻費用の最近の諸問題と住宅ローンの減算処理

夫婦は、相互に扶助義務を負っていますので、自己と同程度の生活を保障するいわゆる生活保持義務を負うものとされています。婚姻費用は、その資産、収入その他一切の事情を考慮して決められています。
現在は、「標準算定方式」という考え方にしたがって計算されていますが、婚姻費用分担の審判は、家庭裁判所が合目的な見地から裁量権を行使して決められ、裁判とは異なり、非訟手続とされています。したがって、ある程度の目安があるとはいえ、究極的には、裁判官には一定の合理的裁量があるといわれています。

本稿では、主に、婚姻費用の問題点を俯瞰していきます。

1.婚姻費用分担調停・審判の場合の支払始期は

婚姻費用分担調停が例えば、令和6年4月に起こされて、令和6年7月以降10万円の婚姻費用の支払いにおいて調停で合意が成立した場合、令和6年4月、5月、6月分の計30万円についても清算する必要があります。

ここでは、原則としては、調停申立時とする見解で実務は運用されていますが、特段の事情がある場合、例えばより前の時期、例えば、令和6年1月、2月、3月などの婚姻費用が請求できないのかが問題となります。

家庭裁判所実務は、一般的には、「合理的裁量に基づき、事案の具体的な経緯を踏まえ当事者間の公平を考慮して、始期の判断がされている」ところ、実際、当事者間の公平を考えると、義務者である夫が支払義務を認識するのが調停申立時ということになるので、公平を考慮すると、調停申立時とされることが多いというのが原則です。

もっとも、例外的に、東京高裁の決定でも、①権利者が代理人を通じて支払いを求めた月を始期として遡ったことがあります。また、②調停申立前の明示的な支払請求がされた時点を始期として遡ったこともあります。さらに、③調停申立前に、義務者である夫が任意に支払を開始した日の属する月を始期として遡ったこともあります。

いずれにしても、究極的には、当事者間の公平の観点から、始期を決めていると思います。夫が有責配偶者であり、別居に至る理由に責任がある場合、別居時から婚姻費用の負担を命じた例や住居費について一定の加算調整を命じためずらしい事例などもあります。

2.賃金センサスの利用

最高裁判所のホームページで公開されている算定表は、税引き前の「総収入」をそれぞれあてはめて一定の数字を求めることになっています。

一般的に、現実の就労に基づく源泉徴収票、確定申告書、課税証明書、給与明細から現実の収入を認定して行われることがあります。

しかし、例えば、①夫が失業して休職中であり、収入に関する資料を提出できない場合、②夫が離婚に関連して会社を退職してしまい、労働をしていない場合、③例えば医師などにおいて、アルバイト先の病院の源泉徴収票を提出しない場合など提出された資料が信用できない場合があります。
さて、究極的には、賃金センサスを利用することは、実はそれほど多くありません。

例えば、最近、賃金センサスを利用したケースでは、夫が別居後会社を休職し遊興に興じてしまったというものでした。会社を休職し、休職期間は、原則として給与は無給となることになりますので、この場合、賃金センサスを利用しました。

しかしながら、賃金センサスを利用しても、2~3年前の会社からの源泉徴収票を上回っている場合、稼働実績を上回る金額を認定するのは不合理と言わざるを得ません。

したがって、実際は従前の終了状況や提出資料を手掛かりにして収入を推計することは可能といえます。このように、賃金センサスを利用する場合は、所得隠しが疑われたり、過去の稼働実績も明らかでなかったりなど、他の方法では算定するのが難しいときに利用するものと解されるというべきです。

裁判例においては、外資系企業に勤務し高額の収入を得ていたが失業した場合、職種を限定しなければ就職は可能として、賃金センサスのうち、学歴別・年齢別平均賃金をやや下回る程度の金額を認定した例があります。

他方、無職で雇用保険を受給している義務者について、年齢が50代であることや特に資格を有していないことに照らして、これからの就職は容易ではないとして、雇用保険の給付を超える金額の収入があるものとすべき事情はないとして、賃金センサスの利用は認められませんでした。

このように、賃金センサスの利用は、あくまで相手方の総収入が分からない場合の目安として利用するということになると思います。特に、潜在的稼働能力があるにもかかわらずこれを有効活用していない場合、年齢上転職を困難にさせる事情がないこと、賃金センサスを使うにしても、パート労働級と評価するか、学歴別・年齢別平均賃金を使うのか、そして、賃金センサスから一定金額を減額し保守的な認定にとどめる事情があるかなどを検討することになります。

このように、裁判所では、収入資料が分からないからといって安易に賃金センサスの利用には慎重であり、他に的確な資料が存在しないことや、相手方が稼働中であるが収入資料を明らかにしない場合などがあります。

めずらしいものは、確定申告書が信用できないような場合です。裁判所は、確定申告書の中身が正しいかは実質的に審査するかは難しいです。

しかし、東京高裁平成30年5月15日決定は、主として舞踊の役者として個人事業主としての事業収入がある一方として、副業として個人事業主としての事業収入があったという事情がありました。多くの場合、副業は、仕事の報酬は現金で支給され、収入状況に係る客観的資料が明らかにならないです。このようなケースは、消費者を相手に商売をしている個人事業主のうち現金商売がほとんどの場合にもあてはまるように思います。

前記決定は、確定申告書の記載が信用できないとして、他に収入を認定する資料がないとして賃金センサス(学歴別・年齢別平均賃金)に基づいて総収入を認定しています。

また、東京高裁平成30年11月30日決定も、確定申告書が実態を正確に反映したものか否か疑問の余地があり、義務者の収入を認定する適格な資料はないが、経営する店舗の売上額、その他の経営状況を考慮して、賃金センサス(学歴別・年齢別平均賃金)に基づいて総収入額を認定しています。

3.住宅ローンの負担がある場合の婚姻費用分担額の算定について

婚姻費用分担額の算定に当たり、住居に要する費用は、標準算定方式のもとでは年間収入額に応じた「標準的な住居関係費」が特別経費として控除されています。すなわち、算定表では、妻が夫に婚姻費用を請求する場合、妻の「標準的な住居関係費」が特別経費として計上されているのです。

したがって、通常の範囲のものは標準化するに当たって算定表の幅の中で既に織り込み済みになっているのです。

したがって、夫が妻に対して婚姻費用を支払う場合、実際に住居に要する費用として負担する金額の有無及び多寡などの実額は、婚姻費用の算定にあたり考慮されません。

このように、既に、妻の住居に関する費用が、算定表の中に織り込み済みとなっていることから、例えば夫が妻の居住する住居の家賃を支払っている場合は、妻に支払うべき婚姻費用額から家賃を控除しても良いとされています。

これに対して、夫が当該夫婦で居住していた自宅を出ていき、妻が当該住宅に引き続き居住しているにもかかわらず、夫が自己の所有名義となっている自宅の住宅ローンを引き続き支払っている場合、その住宅ローン支払額は婚姻費用分担額の算定において減額事由として考慮されるべきか、考慮されるとして減額する金額はどのように算定すべきかが問題となります。

言い換えれば、夫が住宅ローンにつき毎月20万円支払っている場合、婚姻費用額から20万円をそのまま控除することができるのでしょうか。

4.裁判所の考え方~住宅ローンの控除の仕方

そもそも、妻が、夫に対して婚姻費用分担請求をする場合、算定表において、妻の標準的な住居関係費が盛り込まれています。もっとも、妻の標準的な住居関係費は、2万円から3万円程度であることが多く、他方で住宅ローンの支払額が月額20万円としますと、夫の負担が過大となるのです。

また、理論的に、妻は、夫が住宅ローンを支払っている場合、無償で住宅に住んでいるのですから、算定表上織り込まれている妻分の住居関係費の支払いは不要とするのが公平でしょう。また、夫が住宅ローンを支払う動機は、夫が自己の住居を確保するため行っているという側面があるので、夫は、自らのアパート代だけではなく、住宅ローンの費用として、住居関係費を二重に支払っていることから、減算処理する必要性があるということになります。

5.妻の収入に対応する標準的な住居関係費を控除する方法について

家裁実務においては、別居し自宅に居住していない夫が自宅に居住する妻に婚姻費用分担金を支払う場合には、義務者が支払っている住宅ローン支払額のうち、妻の基礎収入算定にあたり、算定表上既に盛り込まれていた標準的な住居関係費を控除する取扱いが多いのです。

夫側からすると、住居費相当額といっても、2~3万円程度のことが多く、不公平である、という主張が出ることもあります。

しかしながら、住居費相当額というのは統計資料に基づいており、当該地域における同等の賃貸物件の賃料を基準とする方法も考えられますが、妻の生活費がなくなってしまうような減じ方は公平ではありません。

この点は、東京都など賃料が高い地域やタワーマンションなどでは、2~3万円程度の住居関係費とするのは相当ではないという考え方と思われますが、実務上、そこまで修正が入ることは少ないように思います。

修正が入らない理由としては、①妻は夫が出て行ってしまったため、従前の自宅で生活を続けざるを得ず消極的選択に過ぎないこと、②多額の住居関係費を控除すると妻の生活費が確保されなくなってしまい、物件の賃料相当額を控除額とすることには慎重に臨むものとされています。

例えば、住宅ローンの2割程度を控除している東京高裁の裁判例があるといわれていますが、これも計算すると、標準的な住居関係費から5000円から1万円程度増えるくらいに留まっていると解されます。

この点、倍程度、控除額が変わり注目された裁判例も公表されました。
東京高裁平成31年1月29日では、妻の標準住居費は、3万2000円でしたが、住宅ローンの割合的控除を認め7万円まで控除を認めており注目されます。詳しい事情は分かりませんが、地方の裁判所で影響力を持つ松本元大阪高裁部総括判事の見解である「控除する額は権利者の収入に見合う標準的住居関係費である」とするものと、東京高等裁判所の家事抗告の立場から、「標準的住居関係費の位置づけは、あくまで、権利者が免れた住居関係費の認定基準と考えるべき」とする見解から差異が生じていること、住宅ローンの支払額が月35万円と多額であることが考慮されているのではないかと考えられます。

このほか、東京高裁令和元年5月14日によると、夫が医師であること、妻が居住しているのがタワマンであること、住宅ローン額が28万円であると多額であること、現実に妻はタワマンの居住の利益を得ていること、婚姻費用が理論値で66万円にも上ることなどを指摘して、標準住居費3万円のところ、7万円を認定して控除したという事例がありました。

6.住宅ローン支払額の一定割合を控除する方法について

一般的には、標準的な住居関係費を控除する以上の調整はあまり行われていないのが実情のように思われます。しかしながら、既に東京高裁の2つの裁判例を紹介したように、①住宅ローンの支払額が少なくとも20万円以上である場合、②妻の収入が低額であり標準住居費が2万円から3万円程度であること、③同じ物件の賃貸物件との乖離が目立つような場合には、標準住居費を越えて、住宅ローンの一定割合を控除する方法が採られることが公平であると考えられることがあります。
これは、近時、いくつか裁判例が見られるようになったものであり、数が多いというわけではないように思います。

もっとも、上記で挙げた2つの東京高裁の判例も、3万円程度の住居関係費をおよそ2倍の7万円程度まで控除を認めたものに過ぎず、多額の控除を認めた先例は見られないことには注意が必要です。

これら裁判例では、もともと算定表での婚姻費用が多額であり、7万円を控除しても酷ではないという事情も考慮されています。

なお、住宅ローンが、夫が支払いをしつつも連帯債務の場合で登記名義が夫婦それぞれ2分の1名義になっている場合、住居関係費の控除を認めなかったものがありました。これは、妻の居住利益の清算についてみると、婚姻費用分担による調整ではなく、共有者の一人による目的物単独使用の場合の居住利益の調整や、事後連帯債務であるため求償を受ける可能性があるおとは財産分与で処理されれば良いとされたものです。

7.婚姻費用分担調停や審判の法律相談は、弁護士まで

婚姻費用分担調停・審判についても、一定の知識が必要となりますので、ノウハウの整っている弁護士に相談するのが妥当です。名古屋駅ヒラソル法律事務所も、このように判例を研究して日々研鑽を重ねております。

お気軽に、名古屋駅ヒラソル法律事務所の弁護士にご相談ください。
以上

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