違法に子を奪取して監護を開始した場合
調停委員からの事前の警告に反して、父親が周到な計画に基づいて母親のもとにいた子を奪取して、監護を開始した事例においてえ、父親を監護権者と定めた原審判を取消し、母親を取り消した事例
東京高裁平成17年6月28日家月58巻4号105頁
7歳の少年について、監護の継続性について、違法に子を奪取した場合にも適用されるか、また、違法に子を奪取して監護を開始することが許される場合はあるのか。
パースペクティブ
妻は夫との間で7歳の男の子の養育の主たる監護者であったが、子連れ別居をした。夫は離婚調停で争っていたが、どうして事実認定の基礎になったか不明であるが、「調停委員の自力救済を禁止する指示を受けていた」ものの、幼稚園から連れ出したもの。
判断
事件本人の監護者を抗告人と定めるかそれとも相手方と定めるかについては,いずれに指定するのが事件本人の福祉により適合するかどうかという観点から決定されるべきである。
そこで,この観点に立って本件について検討するに,事件本人は現在7歳とまだ幼少の年齢であり,出生以来主に実母である抗告人によって監護養育されてきたものであって,本件別居により抗告人の実家に移ったが,相手方らによる事件本人の本件奪取時までの抗告人側の事件本人に対する監護養育状況に特に問題があったことをうかがわせる証拠はない
(原審判は,抗告人が職業を有しているから,その勤務の都合上,日常的に事件本人に対し母性を発揮できる状況にないと判示しているが,何ら合理的根拠を有するものではない。また,原審判は,抗告人が審問の際,「事件本人が生まれたのは,脅されて関係を持ったからです。」と供述していることを挙げて,抗告人が果たして事件本人に対し母性を発揮することができるか疑わしいと判示しているが,これは相手方に対する思いから出た発言にすぎないとみられ,抗告人が事件本人に対し不当な扱いをしたり,監護養育を軽視している等同人の福祉を害する行為をしているとの事実をうかがわせる証拠はまったくないから,かかる判示も合理的根拠を欠くものといわざるを得ない。)。
また,抗告人による本件別居を明らかに不当とするまでの事情は見当たらないから,事件本人の年齢やそれまでの監護状況に照らせば,抗告人が別居とともに事件本人を同行することはやむを得ないものであり,これを違法又は不当とする合理的根拠はないといわざるを得ない。
そうすると,このような経緯で事件本人の監護養育状況が抗告人側にゆだねられることになったことが事件本人の福祉を害するということはできない。ところが,その後にされた相手方及び同人の実父母による事件本人の実力による奪取行為は,調停委員等からの事前の警告に反して周到な計画の下に行われた極めて違法性の高い行為であるといわざるを得ず,この実行行為により事件本人に強い衝撃を与え,同人の心に傷をもたらしたものであることは推認するに難くない。相手方は,前記奪取行為に出た理由について,抗告人が事件本人との面会を求める相手方の申し出を拒否し続け,面会を実現する見込みの立たない状況の下でいわば自力救済的に行われた旨を主張しているものと解せられるが,前記奪取行為がされた時点においては,相手方から抗告人との夫婦関係の調整を求める調停が申し立てられていたのみならず,事件本人の監護者を相手方に定める審判の申立て及び審判前の保全処分の申立てがされており,これらの事件についての調停が続けられていたのであるから,その中で相手方と事件本人との面接交渉についての話合いや検討が可能である。
それを待たずに強引に事件本人に衝撃を与える態様で同人を奪取する行為に出たことには何らの正当性も見い出すことはできない(原審判は,前記奪取行為が違法であることを認めながら,子の福祉を判断する上で必要な諸事情の中の一要素として考慮すべきであると判示するが,それまでの抗告人による監護養育状況に特段の問題が見当たらない状況の下で,これを違法に変更する前記奪取行為がされた場合は,この事実を重視すべきは当然のことであり,諸事情の中の単なる一要素とみるのは相当ではない。)。そうすると,このような状況の下で事件本人の監護者を相手方と定めることは,前記明らかな違法行為をあたかも追認することになるのであるから,そのようなことが許される場合は,特にそれをしなければ事件本人の福祉が害されることが明らかといえるような特段の状況が認められる場合(たとえば,抗告人に事件本人の監護をゆだねたときには,同人を虐待するがい然性が高いとか,抗告人が事件本人の監護養育を放棄する事態が容易に想定される場合であるとか,抗告人の監護養育環境が相手方のそれと比較して著しく劣悪であるような場合)に限られるというべきである。しかるに,本件においては,このような特段の事情を認めるに足りる証拠はない。
そうすると,事件本人の監護者は抗告人と定めるのが相当であり,したがって,その監護者を相手方と定める申立ては理由がない。しかるに,甲事件について事件本人の監護者を相手方と定め,乙事件について事件本人の監護者を抗告人と定める抗告人の本件申立てを却下した原審判は不当であり,取消しを免れない。
パースペクティブ
シュシュ:子の監護権者指定の決定基準の中でも、こどもの心理的安定という配慮から、監護の継続性維持の基準を重視し、現状どおり監護権者を指定する裁判例は多いんだよね。
弁護士:この点については、現実に違法に子を奪取して、子の監護を開始し、現状に至っている場合は、複数の関係があります。
シュシュ:監護の安定性を重視したものとしては、子を奪取した後の用一句監護の継続とそれにより形成された良好な親子関係を重視したものもあります。
弁護士:一定期間経過後に子を元の監護権者に返すことは、逆に子の福祉に反することになります。
シュシュ:現状尊重が重視されれば当然、監護愛氏の違法性が結論に与える影響は相対的に低く、なるといえる。
弁護士:最近の裁判例の中には、監護開始の違法性を重視しているものもあります。自力救済を選択することによって、かえって有利な地位を獲得することを有すことにより、違法行為を助長する結果を招くという指摘もあります。
違法な子の奪取があっても、監護権者と指定される場合
シュシュ:子の奪取という違法行為が許される場合、すなわち、違法な子の奪取があっても、監護権者として指定される場合として特にそれをしなければ子の福祉が害されることが明らかといえるような特段の事情が認められる場合に限られるというものです。本件については、特段の事情がないとされたものです。
弁護士:男性が親権をとるテクニックとしては、母親が子を虐待する蓋然性が高いとか、母親が子の監護養育を放棄する事態が容易に想定される場合であるとか、母親の監護養育環境が父親のそれと比較して著しく劣悪であることが示されており、参考になるところでもある。違法な奪取がある場合は、今後は、「特段の事情」の有無の主張立証が重要となります。
東京高裁平成20年12月18日
別居中の夫婦の間における子の連れ去りに対処するための法的手段としては,審判前の保全処分として未成年者の仮の引渡しを求める方法と人身保護請求による方法とが存するところ,最高裁平成11年4月26日第一小法廷判決・判例タイムズ1004号107頁は,離婚等の調停の進行過程における夫婦間の合意に基づく幼児との面接の機会に夫婦の一方がその幼児を連れ去ったという事案について,同幼児が現に良好な養育環境の下にあるとしても,その拘束には人身保護法2条1項,人身保護規則4条に規定する顕著な違法性があるとして,幼児の引渡請求を認めている。また,最高裁判例は,共に親権を有する別居中の夫婦の間における監護権をめぐる紛争は,まずは,こうした問題の調査,裁判のためにふさわしい家事審判制度を担当し,また,そのための人的,物的な機構,設備を有する家庭裁判所における審判前の保全処分によるのが相当であるとの考え方に立っているものと解される(最高裁平成6年4月26日第三小法廷判決・民集48巻3号992頁は,人身保護請求の要件が充足される具体的な場合を示すについて,家庭裁判所の手続が先行することを前提としている。なお,最高裁平成5年10月19日第三小法廷判決・民集47巻8号5099頁〔特に,可部恒雄裁判官の補足意見〕参照)。
そして,本件は,相手方による未成年者の連れ去りがあった後,抗告人から直ちに申し立てられたものであるところ,このような場合,人身保護法による請求の場合における法的枠組みをも考慮して,申立ての当否を判断することが上記の最高裁判例の趣旨に沿うものと考えられる。特に,既に説示したような相手方による連れ去りの態様は,上記最高裁平成11年4月26日判決の事案と比しても違法性が顕著であるというべきところ(本件は,別居中の共同親権者の一方が他方の監護下にある幼児を連れ去った行為について未成年者略取罪の成立を認めた最高裁平成17年12月6日第二小法廷決定・刑集59巻10号1901頁の事案にも類する事案であるということができる。相手方は,平成20年×月×日から×日までの間に未成年者と会わせるという約束を抗告人が破ったなどと主張しているが,その証拠として提示するファクシミリ送付書によっても必ずしもその事実は認められない上,相手方の主張を前提としてもその行為を正当化することはできないというベきである。),申立ての根拠とする法令の選択によって裁判規範が著しく異なることとなれば,結局,人身保護請求に先んじて審判前の保全処分が活用されるべきであるとする最高裁判例の趣旨が没却されてしまうことは多言を要しない。
以上の検討によれば,本件のように共同親権者である夫婦が別居中,その一方の下で事実上監護されていた未成年者を他方が一方的に連れ去った場合において,従前未成年者を監護していた親権者が速やかに未成年者の仮の引渡しを求める審判前の保全処分を申し立てたときは,従前監護していた親権者による監護の下に戻すと未成年者の健康が著しく損なわれたり,必要な養育監護が施されなかったりするなど,未成年者の福祉に反し,親権行使の態様として容認することができない状態となることが見込まれる特段の事情がない限り,その申立てを認め,しかる後に監護者の指定等の本案の審判において,いずれの親が未成年者を監護することがその福祉にかなうかを判断することとするのが相当である(原審は,子の引渡しは未成年者の保護環境を激変させ,子の福祉に重大な影響を与えるので監護者が頻繁に変更される事態は極力避けるべきであり,保全の必要性と本案認容の蓋然性について慎重に判断すべきものとしている。この点,その必要もないのに未成年者の保護環境を変更させないよう配慮すべき要請があることはそのとおりであるとしても,審判前の保全処分が対象とする事案は様々であり,事案に応じて審理判断の在り方は異なるから,これを原審のように一律に解することは失当であるといわざるを得ない。殊に本件においては,明らかに違法な行為によって法的に保護されるべき状態が侵害されて作出された事態に関して,それが作出された直後におけるいわば原状への回復を求めることの当否が問題となっているのに,その事態を審理判断の所与の出発点であるかのように解し,原審のいうように慎重に審理判断したのでは,既に説示した最高裁判例の考え方に明らかに反し,家庭裁判所に期待された役割を放棄することになるばかりか,かえって違法行為の結果の既成事実化に手助けしたこととなってしまう。また,このことは,違法行為の結果を事実上,優先し,保護するような状況を招来するから,結果的に自力救済を容認し,違法行為者にかえって有利な地位を認めることになりかねない。そのような対応では,実力による子の奪い合いを助長し,家庭裁判所の紛争解決機能を低下させるばかりか,元来趣旨としたはずの未成年者の福祉にも反する事態へと立ち至ることが明らかであって,本件のような事案を前提とした場合,原審のような枠組みで審理判断をすることは明らかに相当性を欠くというべきである。)。
(3) これを本件についてみるに,関係記録に照らしても,抗告人の未成年者に対する監護について上記の特段の事情は認めることができない。そうすると,相手方に対し,未成年者を抗告人に仮に引き渡すとの審判前の保全処分を求める抗告人の申立ては理由があるというべきである。
他方,抗告人は,別途,自らを仮に未成年者の監護者と定める審判前の保全処分を申し立てているが,未成年者の仮の引渡しのほかに監護者の仮指定を必要とする事情は関係記録上認められないから,この申立ては却下するのが相当である。4 よって,これと異なる原審判をその範囲で変更することとして,主文のとおり決定する。