親権者変更における面会交流の許容性
民法766条1項は「面会交流」を挙げているところ、法的性質については議論が分かれているところといえる。しかし、子の利益の観点から面会交流が認められるとしても、父母の利益のために面会交流が認められることは否定できない。
本件は監護親の会わせたくないという意向と、非監護親の会いたいという欲求が激しく衝突する高葛藤事案である。子の利益のための面会交流であるにもかかわらず、子が置き去りにされたまま、その言葉が独り歩きしないようにする一方で、父母の利益との調和を図る必要がある。
鈴世さんとなるみさんは、平成19年に婚姻し、同年に緋生が生まれた。平成22年3月、鈴世は、なるみに離婚等を求める調停を申し立てた。なるみは、6月、緋生を連れて東京都内のマンションに転居し別居を開始した。鈴世となるみは、調停期日で緋生の監護を原則として1週間おきに交代して行うことに合意し交代監護を開始した。
家裁調査官によれば、甲乙つけがたい監護態勢が提供されており、離婚調停では、①当面、なるみを緋生の監護者とすること、②面会交流を毎月3回実施すること、③高知監護をとりやめることを内容とする暫定合意に至ったのである。
しかしながら、交代監護が終了後、緋生の拒絶により、面会交流ができなくなった。そこで、鈴世が親権者変更の第一事件、子の引渡しの第二事件の申立てをした。
ポイントになるのは、一回目平成25年3月の1回目の試行的面会交流は順調であったものの、2回目は緋生の強い拒絶があり審判に移行したというのである。
審判
第三 当裁判所の判断
〈編注・本誌では証拠の表示は省略ないし割愛します〉
一 一件記録によれば、以下の事実が認められる。
(1) 当事者双方の同居期間中の経緯
ア 申立人(昭和四八年○月生)及び相手方(昭和四九年○月生)は、いずれもA株式会社に勤務していたことから知り合い、平成一九年○月○日に婚姻し、同年○月にはB市内に戸建住宅を購入して転居し、同年○月○日には長男・事件本人をもうけた。
イ 事件本人の出生後、相手方は育児休暇を取得し、事件本人の世話は主として相手方が担っていたが、申立人も、ミルクを飲ませたり、おむつ交換や入浴などの点で、事件本人の監護に関わっていた。
ウ 事件本人は、平成二〇年四月にB市内の保育園に入園し、申立人は同年五月に育児休暇を終え、一日六時間の短縮勤務で職場復帰した。事件本人の監護については、主として相手方が担っていたが、申立人も、平日朝に朝食を食べさせて保育園に送ることを担当していたほか、休日の食事の世話、おむつ交換、入浴、寝かしつけなどの点で関与していた。
エ 当事者双方は、平成二一年末、東京都所在の賃貸マンション(以下「Cマンション」という。)に転居した。事件本人は、転居直後は託児所に預けられ、平成二二年四月から「D保育園」に入園した。事件本人の監護の分担については、上記ウとほぼ同様であった。
オ 申立人は、同年三月一二日、相手方に離婚等を求める調停(東京家庭裁判所平成二二年(家イ)第○○号、以下「前件離婚調停事件」という。)を申し立てた。
(2) 交替監護開始時の経緯(東京家庭裁判所平成二二年(家)第○○号(以下「前件監護者指定事件」という。))
ア 相手方は、平成二二年六月二〇日ころ、事件本人を連れて東京都所在の賃貸マンション(以下「Eマンション」という。)に転居し、申立人との別居を開始した。
イ 当事者双方は、同年七月八日の前件離婚調停事件の期日において、事件本人の監護を原則として一週間毎に交替して行うとの話となり、同月一一日より交替監護を開始した。事件本人の引き渡しは、主にD保育園の送迎を利用して行われていた。なお、送迎の際の事件本人の態度に申立人、相手方による差異はなかったことが確認されているが、相手方は、申立人が迎えに来ることを事件本人は嫌がっていると認識していた。
ウ 交替監護開始直後の同年七月一三日、相手方が申立人の監護下にある事件本人に会うためにCマンションを訪れたため、申立人が相手方と事件本人とを面会させたところ、相手方が泣き出し、それを受けて事件本人も泣き出すということがあった。
エ 相手方は、同年八月六日、申立人に対し、事件本人の監護者を相手方と指定するよう求める前件監護者指定事件及び同旨の審判前の保全処分(東京家庭裁判所平成二二年(家ロ)第○○号)の申立てをした。当事者双方は、同月二五日、監護者が指定されるまでの間、交替監護を継続する趣旨の合意書を交わした。
オ 当事者双方は、交替監護の期間中も、D保育園の運動会等の行事には必ず当事者双方がそろって参加していたほか、地域主催の子育て講座にも二人で参加し、事件本人と三人で親子のふれあい体操を習っていた。
カ 申立人の母(以下「父方祖母」という。)は、交替監護の期間中、毎月一回程度、一回当たり五~一〇日程度滞在し、申立人による事件本人の監護を支援していた。
(3) 東京家庭裁判所における監護状況調査の結果
前件監護者指定事件等に関し、平成二二年一〇月から一二月にかけて、家庭裁判所調査官(以下「調査官」という。)による監護状況調査(以下「前件監護状況調査」という。)が実施されたところ、その結果の要点は次のとおりであった。
ア 当事者双方の監護状況について、甲乙つけ難いほど、ほぼ十分な監護環境が提供されていることが確認された。家庭訪問の結果、当事者双方と事件本人との関係性はいずれも良好である様子も観察された。また、D保育園の調査結果によれば、送迎の際の事件本人の態度に申立人、相手方による差異はなく、事件本人が保育士に対してそれぞれの親との過ごし方を楽しそうに報告していたことが確認された。
しかしながら、調査官は、育児休暇の取得等により、申立人よりも相手方が事件本人の監護養育に長く関わってきたことを理由として、事件本人の監護者として相手方を指定することが相当との意見を示した。
なお、Eマンションの家庭訪問において、事件本人が、調査官を玄関で出迎えた際、いきなり「僕はママ(相手方)といたいです」と述べるところがあったが、調査官は、事件本人がこの発言の意味を真に理解していないものと考えた。
イ 相手方は、面会交流を妨げようとは全く考えておらず、月二、三回の面会交流に応じるつもりであると述べていたところ、調査官は、事件本人と会えなくなるとの申立人の不安は現実的なものと考えられるので、監護者に併せて面会交流も合意することが望ましいとの意見を示した。
(4) 相手方を監護者と指定する暫定合意の経緯
ア 申立人は、相手方に対し、平成二三年一月一一日付申立人代理人作成の連絡文書において、離婚の条件として、親権と監護権とを分属させ、親権を申立人に帰属させることを希望するが、十分な面会交流が確保されるのであれば、親権についても相手方に譲歩するとの意向を伝えた。
イ 当事者双方は、平成二三年一月二〇日の前件離婚調停事件の期日において、①事件本人の監護者を当分の間相手方と定めること、②面会交流を毎月三回実施すること、③交替監護を同月二六日をもって取りやめることを主な内容とする暫定的な合意(以下「前件暫定合意」という。)に至った。
ウ 相手方は、前件暫定合意により、審判前の保全処分申立事件を取り下げた。また、子の監護者指定申立事件については調停に付され、前件離婚調停事件と同時に進行することとなった。
(5) 前件調停の成立に至るまでの経緯
ア 平成二三年三月一一日に東日本大震災が発生し、相手方は、申立人の同意を得た上、同月一六日に事件本人を連れて実家のある福岡に避難したが、同月二二日には事件本人を連れて東京に戻った。
イ 相手方は、東日本大震災の影響から東京での生活に不安を感じ、退職について上司に相談し、その内諾を得たため、A株式会社を退職して福岡に転居することを決め、同年四月中旬に事件本人を連れて転居した。相手方が申立人に相談することなく退職及び転居を決めたため、暫定合意に含まれていた毎月三回の面会交流の実施は事実上不可能となり、申立人は相手方に対して強い不信感を抱いた。
ウ 当事者双方は、同年七月一二日の前件離婚調停事件の期日において、別紙調停条項の内容で合意し、前件調停が成立したところ、それまでの双方の代理人間での調整過程において、次のやりとりがあった。
(ア) 申立人は、面会交流実施のために相手方が効果的な協力を行うことを担保するため、面会交流が実現できなかった月に養育費の支払を免除することを求め、相手方はこれに応じた(調停条項四項参照)。
(イ) 申立人は、相手方が事件本人を自宅外で引き渡すことにより、事件本人に対して面会交流を肯定することが重要と考え、F駅での引き渡しを求め、相手方はこれに応じた(調停条項七項(4)参照)。
(6) 交替監護終了後の東京における面会交流の状況等
前件暫定合意に基づき、平成二三年一月三〇日、二月六日、同月一一~一二日、同月二六日、三月五日、同月二五~二六日、四月八日及び同月九~一〇日に面会交流が実施されたところ、その際に次のやりとり等があった。
ア 同年一月三〇日、申立人が事件本人を迎えにEマンションを訪れると、事件本人は、「来ないで」などと述べて、申立人について行こうとしなかった。相手方は、申立人に対し、面会が終わった後はEマンションに戻れることを事件本人に説明するよう求めていた。
イ 同年二月一一日、申立人が事件本人を迎えにEマンションを訪れると、事件本人は申立人について行こうとせず、部屋の奥にいる相手方の様子を窺っていた。相手方も出てこなかったため、申立人は一旦Eマンションを後にし、相手方の連絡を受けて再び事件本人を迎えに行った。
ウ 同月一二日、申立人は事件本人を抱いてEマンションに向かっていたが、事件本人は、Eマンションが近づくと、申立人に抱っこされると相手方が怒ると述べて急に降りようとした。
エ 同月二六日、当事者双方及び事件本人の三名でパイプオルガンの演奏会に行ったところ、事件本人は、相手方に隠れるようにして、申立人を避けるような態度を取っていた。
オ 同年四月八日、申立人は事件本人を迎えにEマンションを訪れたが、事件本人は泣き叫んで抵抗した。相手方も部屋の奥から出てこようとしなかったため、申立人は一旦Eマンションを後にし、改めて父方祖父母とともにEマンションを訪れた。事件本人は、おもちゃを取りに来るよう誘われると泣きやみ、引き渡しはうまくいった。
カ 同月九日、申立人は父方祖父母とともに事件本人を迎えにEマンションを訪れた。事件本人は、再び泣き叫んで抵抗したが、おもちゃを買いに行こうなどと誘われると泣きやみ、引き渡しはうまくいった。
(7) 福岡における面会交流の状況等
ア 相手方及び事件本人が福岡に転居した後は、F駅を引渡場所として、平成二三年五月一四~一六日及び同年六月三~五日に宿泊付面会交流が実施された。事件本人は、引き渡しの際、申立人に噛みつくなど抵抗していたが、おもちゃを買いに行こうなどと誘われると、最終的には申立人について行った。五月の面会交流において、事件本人は、G市内の申立人の実家に行き、父方祖父母とも楽しく過ごしたが、相手方宅に戻ってくると、申立人に対する怒りの気持ちなどを述べていた。
イ 同年七月及び八月に予定された面会交流は、事件本人の拒否により引き渡しが失敗した。同年九月に予定された面会交流は、面会交流支援機関(FPIC)を利用することとなり、FPIC職員が三人がかりで相手方から事件本人を引き離そうとしたものの、事件本人の抵抗により分離に失敗し、面会は成立しなかった。そこで、申立人は、同年一〇月及び一一月の面会は見送ることとした。
ウ 相手方は、同年七月八日の引き渡しの際、同月一二日に予定されていた前件離婚調停事件の期日に申立人との離婚が成立しないのは困ると考え、事件本人に対し、申立人と離婚するために面会に応じてほしいと頼んだが、事件本人は泣いてしまい、結局、引き渡しはうまくいかなかった。なお、相手方は、事件本人に対し、過去にも同じような方法で面会に応じるよう頼んでおり、そのときは事件本人も面会に応じていた。
エ 事件本人は、従来は、申立人のことを「パパ」と呼んでいたが、前件調停の成立後しばらくたったころから、「Xさん」と呼ぶようになった。
(8) 履行勧告の経緯等(東京家庭裁判所平成二三年(家ロ)第○○号(以下「第一回履行勧告」という。))
ア 申立人は、平成二三年一二月一五日、相手方が前件調停の調停条項七項に違反していることを理由に第一回履行勧告を申し立てた。
イ 同月及び平成二四年一月に予定された面会交流についても、事件本人の拒否により引き渡しが失敗した。なお、申立人は、平成二三年一二月二〇日、相手方に対し、大阪家庭裁判所が発行している面会交流のしおりを送付し、事件本人の引き渡し時には笑顔で対応するよう求めたが、相手方は、申立人を前にして笑顔にはなれないなどとして、その要求を拒絶していた。
ウ 当事者双方は、調査官を通じてやりとりをした結果、平成二四年五月までは間接的な交流のみにとどめ、しばらく事件本人の様子を見ることに合意した。そのため、第一回履行勧告の手続は同年二月一日に終了した。
(9) 父方祖父の余命宣告後の経緯等
ア 平成二四年七月三一日に父方祖父が倒れ、手術を受けたものの大腸がんの転移により根治が不可能であり、余命が一~三か月程度である旨の告知があった。父方祖父は事件本人をかわいがっていたので、申立人は、同年八月三日、相手方に対し、事件本人を父方祖父に会わせるためにG市に連れて来てもらいたいとのメールを送信した。
イ 相手方は、同月五日、申立人に対し、次の趣旨のメールを返信した。
(ア) 相手方にとって、申立人との高葛藤の原因は、前件離婚調停事件の財産分与において、①戸建住宅の頭金二〇〇万円、②家計ボックスに残っていた現金、③相手方のクレジットカードから支出された申立人の生活費等及び④別居中の未払婚姻費用などが考慮されなかったことにある。
(イ) これら約三〇〇万円のお金を返してもらえない限り、申立人に対する相手方の感情が変わることはない。
ウ 申立人は、相手方に対し、交通費として用意していた三万円を三〇〇万円の一部として送金し、同月六日にその旨をメールで連絡した。
エ 相手方は、同月九日、申立人に対し、交通費とは別に三〇〇万円を借入れしてでも用意してもらいたいこと、その振込が完了するまでは、事件本人を父方祖父に会わせるつもりがないことなどを内容とするメールを送信した。
オ 申立人は、同月二二日、相手方に対し、三〇〇万円の支払要求は不当であり応じられないこと、父方祖父と事件本人との面会を速やかに実現させてほしいことを求める手紙を送付した。
カ 相手方は、同月二四日、申立人に対し、次の趣旨のメールを送信した。
(ア) 事件本人は、申立人や父方祖父母と会いたくないと言っている。
(イ) 申立人は三〇〇万円の支払に応じず、相手方との関係改善の意思がないと理解されるので、相手方には事件本人を説得する材料がない。
(10) 本件申立て後の経緯等(当庁平成二四年(家ロ)第一〇二五号、同第一〇二六号(以下「本件保全事件」という。)、東京家庭裁判所平成二四年(家ロ)第○○号(以下「第二回履行勧告」という。)、同第(家ロ)第○○号(以下「第三回履行勧告」という。))
ア 申立人は、平成二四年九月七日、本件保全事件とともに第一、二事件を申し立てた。
イ 相手方は、同月一二日、申立人に対し、事件本人を父方祖父の入院先に連れて行く方向で説得していることなどを内容とするメールを送信した。
ウ 相手方は、同月一五日、事件本人を連れて父方祖父の入院先を訪問し、事件本人と父方祖父とを面会させた。なお、相手方の求めに応じ、申立人は同席しなかったが、事件本人は父方祖父母に対しても拒否的な反応を示していた。
エ 申立人は、同年一〇月九日、相手方が前件調停の調停条項七項、八項及び一八項に違反していることを理由に第二回履行勧告を申し立てた。同年一一月六日、履行勧告手続における調整が困難であることを理由に上記履行勧告の手続は終了した。
オ 相手方は、同月三〇日、第三事件を申し立て、当裁判所は、同年一一月六日、第三事件を調停(当庁平成二四年(家イ)第○○号)に付した。
カ 当裁判所は、本件保全事件について、当事者双方を審問するなどした結果、第三回期日までに保全の必要性は認められないと暫定的に判断し、同月一二日、第一、二事件をいずれも調停(当庁平成二四年(家イ)第○○号、同第○○号、上記オの調停事件と併せて「本件調停事件」という。)に付した。
キ 申立人は、同年一二月四日、相手方が前件調停の調停条項七項、一八項及び一九項に違反していることを理由に第三回履行勧告を申し立てた。同月二一日、履行勧告手続における調整が困難であることを理由に上記履行勧告の手続は終了した。
(11) 一回目の試行的面会交流
平成二五年三月二五日、当庁のプレイルームにおいて、申立人と事件本人との試行的面会交流が実施されたところ、その結果は次のとおりであった。
ア 事件本人は、試行的面会交流の開始当初は、申立人を激しく拒否し、プレイルームから逃げだそうとした。しかし、申立人が、事件本人に無理強いしないよう配慮しながらコミュニケーションを図った結果、事件本人は次第に申立人に近づき、最終的には二人で遊ぶことができるようになった。事件本人は、最後まで申立人を「パパ」と呼ぶことはなかったものの、自ら申立人に抱き上げてもらい、会話の中では笑顔も見られた。約一時間の試行的面会交流のうち後半の約三〇分については、調査官の介入も必要なくなり、円滑な面会交流が実現した。
イ ところが、事件本人は、相手方が迎えに来た途端に態度を一変させ、調査官が事件本人をプレイルームから出してくれなかったと責め、相手方の顔をうかがうように見たあと、調査官の手に爪を立てて強くつねるなど強い攻撃性を示した。申立人は、プレイルームを退室する際、相手方に対し、「今日はありがとう」と声をかけたが、相手方は、それに答えることはなく、事件本人を抱き上げたまま、申立人の方に顔を向けようとせず、申立人に対する拒否的な感情を抑えることができない様子であった。
ウ 相手方は、試行的面会交流終了後、プレイルームのドアの前で、事件本人に対し、「ママ見てたよ」と述べた。
エ 事件本人は、一回目の試行的面会交流に先立ち、同年二月一五日、相手方とともに事前面接調査を受け、事件本人の生活歴の話をしていた際、唐突に、「Xさんと面会しなきゃだめ?」と言い出し、その後母の表情を確認するなど、相手方の顔色を窺うような状況であった。
オ 事件本人は、一回目の試行的面会交流を終えて帰宅した後、相手方に対し、「Z君は神様から作られなければよかった」と述べるなど荒れていた。
(12) 二回目の試行的面会交流
平成二五年五月二〇日、当庁のプレイルームにおいて、申立人と事件本人との再度の試行的面会交流が実施された。事件本人は、申立人を一貫して拒絶し、調査官の説諭に対しても強く反発し、円滑な交流は最後まで実現しなかったところ、その際、次のやりとり等があった。
ア 事件本人は、調査官に対し、嫌と言えばプレイルームから出してもらえると相手方から聞いた旨を述べた。これに対し、調査官が、事件本人が嫌と言えばではなく、申立人が嫌なことをしたらであると繰り返し訂正したが、事件本人は相手方からそのような説明は受けていないとして、調査官の説明を受け入れようとはしなかった。
イ 事件本人は、申立人から、プレイルームから出たい理由を問われると、突然「あっちにマジックミラー」などと述べた。
ウ 調査官から、試行的面会交流当日の申立人の何が嫌だったかを尋ねられたのに対し、事件本人は、申立人に無理矢理G市に連れて行こうとされたことを述べて申立人を拒否した。そこで、申立人は事件本人に対して謝罪し、調査官からも当面は福岡で遊ぶことを説明し、他に嫌なことはないかを尋ねたところ、事件本人は黙っていた。
エ 事件本人は、試行的面会交流の終盤に突然、東京にいた三歳のころ、申立人と入浴中に湯船の中で申立人に男性器を触られたこと、それは申立人のところにつれて行かれたときの出来事であったこと、そのことを相手方にも伝えたところびっくりしていたことなどを述べた。なお、一回目の試行的面会交流では、このような発言はなかった。
オ 事件本人は、二回目の試行的面会交流を終えて帰宅した後は、一回目の試行的面会交流の後のように荒れることはなかった。
(13) 本件調停事件が不成立となった経緯等
ア 申立人は、平成二五年一〇月七日の本件調停事件の期日において、相手方に対し、次の手順により段階的に面会交流を再開するよう求めた。
(ア) 相手方が相手方代理人に事件本人を円滑に受け渡せるようにする。
(イ) 相手方代理人が、事件本人に対して、申立人との関係回復を促す。
(ウ) 相手方代理人立会いの下で、二時間程度の面会交流を実施する。
(エ) 仲介者を相手方代理人から第三者に移行し、面会時間を段階的に長くして、最終的には前件調停どおりの面会交流を実施する。
イ 上記アの要望を受けて、相手方は、相手方代理人の自宅で開催されるパーティに事件本人を参加させることを予定したが、事件本人をそのパーティに参加させることができなかった。そのため、平成二五年一二月九日、本件調停事件はいずれも不成立となり、審判手続(本件)に移行した。申立人は、同月二七日、本件保全事件の申立てをいずれも取り下げた。
(14) 相手方の監護状況
相手方は、事件本人及び相手方自身の祖母と三人で暮らしており、面会交流を実施できない点を除けば、その監護状況に特段の問題は見あたらない。なお、事件本人は、平成二六年四月、H小学校に入学している。
(15) 申立人の監護態勢
ア 申立人は、事件本人を引き取ることとなった場合、G市内の申立人の実家において、父方祖母の支援も受けながら事件本人の監護を行うことを予定している。最初は、申立人も一か月程度の休暇を取って事件本人と一緒に過ごし、事件本人が新たな環境に適応できるよう努める予定である。
イ 申立人は、A株式会社の東京本社に勤務しているが、家庭の事情によるI支社への転勤を希望することは可能であり、実際に、平成二四年夏に父方祖父が倒れたときにも、同年八月一杯休暇を取得した上、同年九月から異動が実現し、同年一〇月下旬に東京本社に戻るまでI支社で勤務した。申立人は、直属の上司には相談し、事件本人を引き取ることとなった場合にはI支社への異動を希望する旨を伝えており、そのままI支社に残留することができると見込んでいる。
ウ 家庭裁判所調査官は、調査の結果、申立人の監護態勢に特段の問題は認められず、事件本人の引き渡しがうまくいけば、事件本人は申立人及び父方祖母から愛情をもって監護されることが期待できるとの意見を示した。
二 性的虐待の疑いについて
(1) 事件本人は、二回目の試行的面会交流において、東京にいた三歳のころ、申立人と入浴中に湯船の中で申立人に男性器を触られたこと、それは申立人のところにつれて行かれたときの出来事であったこと、そのことを相手方にも伝えたところびっくりしていたことなどを述べた(以下「本件発言」という。)。これに関連し、相手方は、平成二三年四月及び六月の面会交流の後、事件本人から申立人の男性器を触ったとの話を聞いたとして、それを裏付けるメールを提出する。
そして、相手方は、文献を引用した上、上記メールの時点で、事件本人から速やかに適切な聴取りなどの対応がされなかった以上、申立人による性的虐待の疑いを否定することはできないと指摘し、事件本人の親権者を申立人に変更すべきではなく、事件本人を申立人に引き渡すべきではなく、当分の間面会交流を認めるべきではなく、当分の間を過ぎたとしても、面会の頻度は一か月に一回というわけにはいかないし、宿泊を伴う面会は絶対に避けるべきであるなどと主張する。
(2) この点、相手方は、申立人の男性器を申立人に触らされたのか、事件本人が自ら触ったのかの確認はしていないと述べているし、上記メールの直後の平成二三年七月には、申立人に宿泊付きの面会交流を認める内容を含む前件調停に合意しているから、上記メールの当時には、申立人が事件本人に対して性的虐待と評価される行為に及んだことを窺わせる根拠は全くなかったと考えるほかない。上記メールの時点での事件本人の発言は、性的虐待を具体的に疑わせる内容ではない以上、相手方の引用する文献の指摘は当たらない。
また、事件本人の年齢は、上記メールの時点では三歳、二回目の試行的面会交流の時点では五歳に過ぎず、その発言を直ちに信用することはできない上、上記メールの時点では、事件本人が申立人の男性器を触ったという話であったものが、本件発言では、申立人が事件本人の男性器を触ったという話に変遷している。これらに加え、相手方も、事件本人又は申立人が他方の男性器を触って嫌な思いをしたという話を事件本人から聞いたのは、交替監護終了後の平成二三年四月が初めてであったと述べていること、一回目の試行的面会交流の際には、本件発言のような話は出ておらず、本件発言も、二回目の試行的面会交流の終盤に突然出されたことを踏まえると、本件発言に基づき、申立人が事件本人に対して性的虐待と評価される行為に及んだと認めることもできない。
むしろ、本件発言は、二回目の試行的面会交流の際、申立人との面会交流を拒否する理由に窮した事件本人が、申立人の男性器を触った話をした際の相手方の消極的な反応を思い出し、面会交流を拒否する理由として、その話を持ち出そうとしたものと理解するのが自然である。
以上に加え、申立人は、事件本人の体を洗う際に男性器を触ったことや、事件本人がふざけて申立人の男性器を触ってきたことはあるが、性的虐待と評価される行為は一切していないと主張し、それに沿う陳述をしているところ、この陳述内容は自然であり信用できるから、申立人は、性的虐待と評価される行為は一切していないと認められる。
三 事件本人が申立人を強く拒絶している原因について
(1) 前件監護状況調査の結果によれば、申立人と事件本人の関係が良好であったことは明らかであるところ、交替監護が終了した平成二三年一月末以降、事件本人の拒絶により、面会交流開始時の事件本人の引き渡しが次第に難航するようになり、同年七月以降は全く引き渡しが実現していない。また、平成二五年三月に実施された一回目の試行的面会交流ではある程度円滑な交流が実現したものの、同年五月に実施された二回目の試行的面会交流では最後まで円滑な交流が実現せず、その後も事件本人の強い拒絶により、申立人と事件本人との面会交流を実施することが事実上困難な事態に陥っている。
親権者変更及び面会交流の条件変更の申立てを検討するに当たり、これらの拒絶の原因をどのように理解するかが重要となるため、以下で検討する。
(2) 交替監護終了後の事件本人の拒絶の原因について
ア この点、①交替監護開始直後の平成二二年七月一三日、相手方が申立人の監護下にある事件本人にあうためにCマンションを訪れ、申立人が相手方と事件本人とを面会させたところ、相手方が泣き出したこと、②平成二三年一月三〇日の引き渡しにおいて、相手方は、申立人に対し、面会が終わった後にEマンションに戻れることを事件本人に説明するよう求めていたこと、③同年二月一一日や四月八日に、申立人がEマンションに事件本人を迎えに行っても、相手方は部屋の奥から出てこようとしなかったこと、④相手方は、同年七月八日及びそれ以前に、事件本人に対し、申立人と離婚するために面会に応じてもらいたいと頼んでいたこと、⑤相手方は、面会交流の引き渡しの際に、事件本人を笑顔で送り出すことを拒否しており、本件の期日においても、申立人と会っておいでと明るく振る舞うのはかえって事件本人に不審に思われるなどと述べていること、⑥相手方は、平成二四年夏に父方祖父が倒れた際の申立人とのやりとりにおいて、申立人との高葛藤の原因は前件調停における財産分与の処理に関する不満が原因であり、そのことを理由に事件本人に面会を促すことができないとの趣旨のメールを送信していたことなどによれば、相手方は、事件本人の前でも、申立人自身への否定的感情や面会交流を快く思っていないとの気持ちを隠すことができず、事件本人が申立人との面会を楽しむことに罪悪感を覚えさせるような言動を取り続けていたと推認するのが合理的である。
イ また、①前件監護状況調査におけるEマンションの家庭訪問の際、事件本人は、調査官を玄関で出迎え、いきなり「僕はママ(相手方)といたいです」と述べたこと、②D保育園の送迎の際の事件本人の態度に申立人、相手方による差異はなかったことが確認されているが、相手方は、申立人が迎えに来ることを事件本人は嫌がっていると認識していたこと、③平成二三年二月一二日、申立人は事件本人を抱いてEマンションに向かっていたが、事件本人は、Eマンションが近づくと、申立人に抱っこされると相手方が怒ると述べて急に降りようとしたこと、④事件本人は、同月二六日のパイプオルガンの演奏会において、相手方に隠れるようにして、申立人を避けるような態度を取っていたこと、⑤事件本人は、同年五月一四~一六日の面会交流を楽しんだにもかかわらず、相手方宅に戻ると、申立人に対する怒りの気持ちなどを述べていたことなどによれば、事件本人は、上記アのような相手方の態度により、相手方への忠誠心を示すように強く動機付けられ、相手方の前では申立人との良好な関係を隠そうとしていたものであるが、相手方の単独監護下での生活が長くなるにつれて、申立人を拒絶する傾向を強めていったと推認するのが合理的である。
(3) 二回目の試行的面会交流が失敗した原因について
この点、①事件本人は、一回目の試行的面会交流では、開始当初はプレイルームから逃げだそうとしたものの、次第に申立人と二人で遊ぶことができるようになったのに対し、二回目の試行的面会交流では、嫌と言えばプレイルームから出してもらえると相手方から聞いたと述べて、最後まで申立人との交流に応じようとしなかったこと、②事件本人は、一回目の試行的面会交流の終了後、相手方が迎えに来た途端に態度を一変させ、調査官が事件本人をプレイルームから出してくれなかったと責め、相手方の顔をうかがうように見たあと、調査官の手に爪を立てて強くつねるなど強い攻撃性を示したこと、③申立人は、プレイルームを退室する際、相手方に対し、「今日はありがとう」と声をかけたが、相手方は、それに答えることはなく、事件本人を抱き上げたまま、申立人の方に顔を向けようとせず、申立人に対する拒否的な感情を抑えることができない様子であったこと、④相手方によれば、事件本人はプレイルームにマジックミラーが設置されていることを認識していたにもかかわらず、相手方は、一回目の試行的面会交流の後、事件本人に対し、「ママ見てたよ」と述べたところ、事件本人は、二回目の試行的面会交流において、申立人から、プレイルームから出たい理由を問われると、「あっちにマジックミラー」などと述べ、面会交流が相手方に見られていることを意識したと思われる発言をしたこと、⑤事件本人は、同年二月一五日、相手方とともに事前面接調査を受けたところ、その際、申立人について自ら語ることはあまりせず、相手方の顔色を窺うような状況であったこと、⑥事件本人は一回目の試行的面会交流を終えて帰宅した後、相手方に対し、「Z君は神様から作られなければよかった」と述べるなど荒れていたが、二回目の試行的面会交流を終えて帰宅した後に荒れることはなかったこと、⑦一回目と二回目の試行的面会交流の間には、申立人と事件本人とが接触する機会は全くなかったことからすると、二回目の試行的面会交流が失敗した原因は、上記③及び④を含む相手方の言動により、事件本人が、一回目の試行的面会交流において、申立人と円滑な交流をしたことに強い罪悪感を抱き、相手方に対する忠誠心を示すために申立人に対する拒否感を一層強めたためと推認するのが合理的である。
(4) まとめ
以上の次第で、事件本人が、申立人を強く拒絶するに至った主な原因は相手方の言動にあると認められる。
(5) 相手方の主張について
ア これに対し、相手方は、事件本人が申立人との面会を拒否するようになったのは、面会交流の引き渡しの際に相手方が事件本人の目を盗んで立ち去るなどしたために、事件本人の分離不安が高まったことや、申立人が事件本人に約束したおもちゃを持ってこないなどの出来事により、事件本人の申立人に対する不信感が高まったことが原因であり、相手方は、事件本人に対し、面会交流に向けた働きかけをしてきたなどと主張する。
イ しかしながら、相手方が、事件本人を面会交流の引渡場所に連れてきたり、事件本人に対し、面会交流に応じるよう話をしていたとしても、それと矛盾する言動をとり続けていたことは前記のとおりである。
また、平成二三年一月までは交替監護が実施され、申立人と事件本人との関係も良好だったのであるし、D保育園の送迎の際の事件本人の態度に申立人、相手方による差異がないことも確認されているから、交替監護終了後の申立人との面会により、事件本人が相手方との分離不安を強めたとは考えにくい。面会交流の引き渡しの際に相手方が事件本人の目を盗んで立ち去るなどの行為が必要になったのも、相手方の言動により事件本人が申立人に対する拒否感を強めたことが原因と理解される。
そして、申立人と事件本人との従前の良好な関係に照らせば、申立人が事件本人に対して約束したおもちゃを持ってこなかったことなど相手方の指摘する些細な出来事が、面会交流を拒むほどの理由とは考えがたい。
なお、子が親を拒絶する要因については、「小澤真嗣『家庭裁判所調査官による子の福祉に関する調査-司法心理学の視点から-』家庭裁判月報六一巻一一号一頁」の四二頁及び「小澤真嗣『子どもを巡る紛争の解決に向けたアメリカの研究と実践-紛争性の高い事例を中心に』ケース研究二七二号一四九頁」(以下「小澤ケース研究論文」という。)の一五四頁において、監護親、非監護親、子の要因等が複合的に作用するとの一般論も紹介されているが、本件においては、一回目の試行的面会交流後の当事者双方の対応などを見る限り、円滑な面会を実施できない主たる原因が相手方の言動にあることは明らかであり、相手方の言動以外に事件本人が申立人を拒否するに至った主要な要因はないと考える。
ウ したがって、相手方の上記主張は採用することができず、一件記録をみても、事件本人が申立人を強く拒絶するに至った主たる原因は相手方の言動にあるとの上記認定を左右すべき証拠は見あたらない。
四 親権者変更について
(1) 当裁判所としては、事件本人の福祉の観点から、親権者を相手方から申立人に変更し、監護権者として相手方を指定すべきであると考えるところ、その理由は次のとおりである。
(2) 親権者を変更する必要性について
ア 面会交流を確保することの意義について
双方の親と愛着を形成することが子の健全な発達にとって重要であり、非監護親との面会交流は、非監護親との別離を余儀なくされた子が非監護親との関係を形成する重要な機会であるから、監護親はできるだけ子と非監護親との面会交流に応じなければならならず、面会交流を拒否・制限しうるのは、面会交流の実施自体が子の福祉を害するといえる「面会交流を禁止、制限すべき特段の事情」がある場合に限られると解されている(細矢郁ほか「面会交流が争点となる調停事件の実情及び審理の在り方-民法七六六条の改正を踏まえて」・家庭裁判月報六四巻七号七五頁参照)。
そして、本件において、かかる特段の事情が認められないことは明らかであるところ、申立人と事件本人との関係が良好であったことに照らせば、相手方の態度変化を促し、事件本人の申立人に対する拒否的な感情を取り除き、円滑な面会交流の再開にこぎ着けることが子の福祉にかなうというべきである(なお、小澤ケース研究論文の一五六頁によれば、①拒絶のプロセスに巻き込まれた子どもは、非監護親との関係が失われる結果、監護親の価値観のみを取り入れ、偏った見方をするようになる、②監護親が子どもの役割モデルとなる結果、子どもは、自分の欲求を満たすために他人を操作することを学習してしまい、他人と親密な関係を築くことに困難が生じる、③子どもは、完全な善人(監護親)の子である自分と完全な悪人(非監護親)の子である自分という二つのアイデンティティを持つことになるが、このような極端なアイデンティティを統合することは容易なことではなく、結局、自己イメージの混乱や低下につながってしまうことが多い、④成長するにつれて物事が分かってくると、監護親に対して怒りの気持ちを抱いたり、非監護親を拒絶していたことに対して罪悪感や自責の念が生じることがあり、その結果、抑うつ、退行、アイデンティティの混乱、理想化された幻の親のイメージを作り出すといった悪影響が生じるなどとされている。)。
イ 相手方が親権者と指定された前提が損なわれていること
前件暫定合意及び前件調停の内容及びそれに至る経緯に照らせば、申立人が、相手方を監護者ないし親権者と指定することに同意したのは、相手方が面会交流の確保を約束したことが主たる理由であったと認められる。また、前件監護状況調査において、調査官は、事件本人と会えなくなるという申立人の不安は現実的なものと考えられるとの意見を示していたから、相手方には、その意見を真摯に受け止め、面会交流の円滑な実施に向けて必要な配慮を行うことが強く期待されていたといえる。
しかるに、前記認定のとおり、相手方の言動により事件本人が面会交流に応じない事態となっており、相手方を親権者として指定した前提が損なわれていると評価せざるを得ない。
ウ 親権者変更以外に現状を改善する手段が見当たらないこと
申立人は、調停や履行勧告などの法的手段や、面会交流支援機関(FPIC)を利用するなどして、面会交流の再開に向けて取り得る手段を尽くしてきたことが認められる。そして、申立人は、本件調停事件においても、面会交流さえ確保できれば、親権者変更に拘らないとの態度を示してきたものであるが、前記のとおり、二回目の試行的面会交流は失敗し、その後も面会交流の再開の目途がたたなくなっている。また、相手方は、面会交流を実現するには時期を待つしかないなどと述べ、事件本人に対して面会交流を動機づける具体的な方策を持ち合わせていない。
そうすると、申立人において、親権者変更を求める以外に、面会交流が実現しない現状を改善する手段が見あたらないといえる。
エ 親権と監護権とを分属させる積極的な意義が認められること
(ア) 子の身上監護を行うべき親に監護権を含む親権を委ねることが子の福祉にかなう場合が多いことから、親権と監護権とを分属させないことが原則であるけれども、親権と監護権とを分属させることが子の福祉にかなうといえる特段の事情がある場合にはその限りでないと解される。
例えば、①親権者となった一方の親の事情あるいは子の事情で、子が直ちに親権者となった親のもとで生活できず、しばらく他方の親のもとで生活させる必要がある場合や、②一般的に監護者に監護をさせながら、子の監護に重大な問題について、親権者を関与させる余地を残し、共同監護の実を挙げさせる必要がある場合などにおいて、親権と監護権とを分属させることが相当な場合がある(斎藤秀夫=菊池信男「注解家事審判法〔改訂〕」三四九頁、清水節「親権と監護権の分離・分属」、判例タイムズ一一〇〇号一四四頁参照)。
(イ) この点、相手方の態度の変化を促すことにより、円滑な面会交流の再開にこぎつけることが子の福祉にかなうことは前記のとおりであるところ、そのためには、申立人に親権を、相手方に監護権をそれぞれ帰属させ、当事者双方が事件本人の養育のために協力すべき枠組みを設定することが有益であると考える。
当事者双方が親権を有していた交替監護の継続中においては、保育園の行事に当事者双方がそろって出席するなど最低限の協力関係はあったと認められるところ、親権と監護権とを分属させることによって、少なくとも交替監護当時と同程度の協力関係を復活させることが望ましい。
申立人と相手方とが協力関係を構築することにより、事件本人を少しでも葛藤状態から解放することも、子の福祉にかなうと考える。
(ウ) また、申立人は、交替監護の開始前も可能な限り育児に関与してきたものであるし、約半年間の交替監護の期間中の当事者双方の監護状況は、甲乙つけ難いほど、ほぼ十分な監護環境が提供されていたと評されている。調査官は、申立人の現在の監護態勢に特段の問題は認められないとして、事件本人の引き渡しがうまくいけば、事件本人は申立人及び父方祖母から愛情をもって監護されることが期待できるとの意見を述べている。前件監護者指定事件において相手方が提出した陳述書によれば、申立人は、相手方と同居していたときから、事件本人の監護のために二年間で少なくとも二三日半の休暇を取得したことが認められ、少なからず事件本人の監護に関与していたことが窺える。
したがって、申立人には、親権者として事件本人の監護養育の一端を担う十分な実績と能力があると認められる。
(エ) 他方、申立人は、事件本人を引き取った場合のことについても具体的に検討しているけれども、二回目の試行的面会交流の際の事件本人の反応などによれば、事件本人の引き渡しが実現しない可能性が高いと考えざるを得ない。そして、子の引き渡しの強制執行を試みて失敗した場合の事件本人に対する精神的負担や、事件本人の申立人に対するイメージが更に悪化するリスクを軽視しえない。
また、監護者が暫定的に相手方と指定された平成二三年一月から現在まで、事件本人は相手方の単独監護下にあり、面会交流を実施できないことを除けばその監護状況に特段の問題は見あたらないこと、事件本人は平成二三年四月から福岡県内で生活し、平成二六年四月からはH小学校に入学したことを考慮すると、相手方による監護を継続させた方が事件本人の負担が少ないことも否めない。
このように、事件本人の監護を相手方から申立人に移すことを躊躇すべき事情が認められる。
(オ) したがって、本件においては、親権と監護権とを分属させ、当事者双方が事件本人の養育のために協力すべき枠組みを設定することにより、相手方の態度変化を促すとともに、子を葛藤状態から解放する必要があること、申立人には、親権者として事件本人の監護養育の一端を担う十分な実績と能力があること、事件本人の監護を相手方から申立人に移すことを躊躇すべき事情が認められることからすると、親権と監護権とを分属させることが子の福祉にかなうといえる特段の事情が認められ、親権と監護権とを分属させる積極的な意義があると評価できる。
(3) まとめ
以上のとおり、相手方が親権者と指定された前提が崩れていること、親権者変更以外に現状を改善する手段が見当たらないこと、親権と監護権とを分属させる積極的な意義が認められることを考慮すると、監護者を相手方に指定することを前提として、子の福祉の観点から、親権者を相手方から申立人に変更する必要が認められる。
他方、前記のとおり、事件本人の監護を相手方から申立人に移すことを躊躇すべき事情が認められることを踏まえると、現時点において、監護権を含む親権を直ちに申立人に帰属させる必要までは認め難い。
(4) 相手方の主張について
ア これに対し、相手方は、現在の申立人と相手方との関係では、両者の意見が対立した場合にその対立が適切に解消されることは期待できないから、親権と監護権とを分属させることは相当でないと主張し、相手方は、申立人との間で協力して事件本人を監護することが精神的にも困難であると述べている。
イ しかしながら、親権と監護権とを分属させる積極的な意義が認められることは前記のとおりであるし、急病などの緊急事態において、申立人が事件本人の利益に反する判断を行うとは考えがたい。
また、相手方は、父方祖父が倒れた際の申立人とのやりとりにおいて、財産分与の処理に関する不満が申立人との高葛藤の原因である旨のメールを送信しているのであり、一件記録をみても、相手方が申立人に協力的になれないことを正当化しうる事情は特に見当たらない。申立人代理人は、申立人と相手方との仲介をする用意があると述べており、相手方が申立人と連絡を取る上で支障があるともいえない。
ウ したがって、相手方の上記主張を採用することはできず、親権と監護権とを分属させることが相当であるとの前記判断は左右されない。
(5) 以上の次第で、事件本人の親権者を相手方から申立人に変更するとともに、事件本人の監護者を相手方と指定すべきである。
五 子の引き渡しについて
上記四のとおり、事件本人の監護者を相手方と指定すべきであるから、申立人による子の引き渡しの申立てには理由がない。
六 面会交流の条件変更について
(1) 前件調停の調停条項四項について
監護親に対し非監護親が子と面会交流をすることを許さなければならないと命ずる審判において、面会交流の日時又は頻度、各回の面会交流時間の長さ、子の引き渡しの方法等が具体的に定められているなど監護親がすべき給付の特定に欠けるところがないといえる場合は、上記審判に基づき監護親に対し間接強制決定をすることができると解される(最高裁平成二五年三月二八日第一小法廷決定・民集六七巻三号八六四頁)。
そして、面会交流の実施を確保するために特に必要がある場合においては、民法七六六条一項の「その他子の監護について必要な事項」として、面会交流が実施されなかった場合に相当な範囲で金銭を支払うよう合意することも許容されると解され、前件調停の成立に至る経緯に照らせば、その調停条項四項も面会交流の実施を確保する目的で合意されたと認められる。
本件において、面会交流が実現しない主たる原因が相手方の事件本人に対する言動にあることは前記のとおりであるから、調停条項の四項の合意の趣旨を維持することが面会交流の実施を確保するために特に必要であるし、月額二万円という金額も相当な範囲内の金額といえる。
もっとも、養育費を受働債権として相殺することが禁止されていること(民法五一〇条、民事執行法一五二条一項一号)や、扶養請求権を事前に放棄することはできないと解されることに鑑みると、面会交流が実施されなかった場合に養育費の支払義務を免除するとの調停条項の定め方は相当でない。
したがって、前件調停の調停条項四項に代えて、家事審判規則五三条に基づき、相手方に対し、本審判の確定した月から事件本人が二〇歳に達する月までの毎月(別紙面会交流要領の一項ないし三項を全て満たす面会交流が実施された月を除く。)、その末日限り、二万円を申立人に支払うよう命じるのが相当である。
(2) 前件調停の調停条項七項一号ないし四号、六号、七号、九号、一〇号、一〇項について
相手方の言動により面会交流が実現していないという現状を踏まえると、毎月一回という面会交流の頻度を変更するのは相当でない。ただし、事件本人の負担を考慮すると、面会交流を再開するに当たっては、短時間の面会から徐々に時間を延長していくべきであるから、一回当たりの時間は三時間と定め、宿泊を伴う面会交流の定めはいったん取り消すのが相当である。また、面会交流の具体的日程は、面会交流の実施の可否を見極めることの可能な相手方に提案させるのが相当である。
なお、上記(1)のとおり、定められた面会交流が実施された場合には、相手方が月額二万円の支払を免れることになるから、前件調停の調停条項七項一号ないし四号、六号、七号、九号、一〇号を変更し、面会交流の日時又は頻度、各回の面会交流時間の長さ、子の引き渡しの方法等について、別紙面会交流要領のとおり具体的に定めておくことが相当である。
また、申立人が教育機関の行事に出席することなどを認める調停条項一〇項については、その具体的な実施については、事件本人に対する配慮が必要なことは当然であるけれども、調停条項自体を変更すべき理由はない。
(3) 前件調停の調停条項七項一一号ないし一三号、一一項、一二項について
面会交流の再開の目処が立っていない現時点において、面会交流の費用負担に係る定めを変更することは相当でないから、調停条項七項一一号ないし一三号、一一項、一二項の取り消しを求める申立てをいずれも却下するのが相当である。
(4) 前件調停の調停条項七項の変更に伴う付随的な変更について
上記(1)及び(2)により、七項は五号、八号、一一号ないし一四号のみが残され、その余の条項は主文第五項のとおり変更されたから、七項の柱書を削除した上、前件調停の調停条項のうち七項に関する記載がある部分について、主文第六項のとおり変更するのが相当である。
親権者の変更について
シュシュ:本件の福岡家裁平成26年12月4日は面会交流拒否を理由に監護権の変更は認めなかったが親権者変更を認めためずらしい事例だね。
弁護士:面会交流を確保することの意義を指摘し、原則実施を述べているよね。そして、鈴世さんが、なるみさんを親権者と指定することに同意したのは、なるみさんが面会交流の確保を約束してくれたことが主たる理由だったようです。ところが、約束が破られてしまったみたいですね。
シュシュ:事実認定において、面会交流再開のメドが立たなくなっている、というように、あくまで面会交流審判は「出発点」を決めるだけ、とパカーンと割り切るのではなく、なるみさんに鈴世さんとの面会交流を「動機付ける」という点がポイントだったのかもしれません。そこで動機付けのために親権者変更を認めたということになります。
弁護士:裁判所なりに悩んでくれているのが伝わってきますね。もうこれ以外方法がない、ということですね。
シュシュ:今回は試行的面会交流を2回やって、後者の方に母親の強い意思が介在したことが認定し、裁判官のなるみさんに対する心証が最悪だったということが考えられるでしょう。
弁護士:審判では、面会交流拒絶の原因は、①なるみの言動、②緋生の福祉の観点から親権者を父に変更し、監護者を母に指定したのです。実は面会交流の不履行に関して、親権者変更を認めたのみならず、親権者及び監護権者を分属した初めての公表判例です。
シュシュ:僕的には、一度目の試行的面会交流がうまくいっているのだから母親をクールダウンさせる荒療治のように思えるね。高葛藤事案というより、母親サイドで面会交流拒否制限事由がないにもかかわらず、盛り上がりすぎてしまったので、親権者変更まで命じられてしまったということです。当然評価は二分されるだろうね。
弁護士:本審判も親権者変更の必要性について、まず面会交流の確保を挙げているんだよね。そのうえで、なるみさんの態度変化を促し、緋生から父への否定的感情を取り除き再開にこぎつけるには親権者変更が良いということですね。また、裁判所としては、なるみさんが、面会交流をする動機付けとして、もはや積極的妨害までしていると事実認定されているので、親権者変更をするしかない、と他に手段がないことを指摘しています。結果的に分属の相当性が肯定されることになります。本件では、分属は原則に対する例外と指摘しつつ、もともとは共同監護をしていたくらいなのに、なぜここまで一方的に拒否しているのか、裁判所にも理解ができないということなのでしょう。そして、分属をすることにより、緋生について葛藤状態から解放することも子の利益に資するとしていることが注目されますね。おそらく、これで様子をみて、さらに変わらない場合は監護権を含めた親権者変更を認める過渡的な審判ともいえるのではないでしょうか。
シュシュ:なお、本件は即時抗告なしに確定し、面会交流がその後1時間実施したと毎日新聞が報道しています。