100万円の間接強制金の支払を命じた東京家裁のロジック
1回、100万円間接強制金事件
第1 事案の概要
松浦未希さんと夫である游さんは、平成12年に婚姻し、平成15年、こどもの立夏、朔が誕生した。しかし、平成22年ころから諍いが絶えなくなった。未希さんは平成23年5月、子連れ別居をした。
しかし、別居から約1か月後に、游は朔を小学校から連れて帰った。その後、朔は京都工業大学附属小学校に転校し、游と京都で同居することになった。
未希は、游の母校である京都工業大学の小学校を探し出し、京都府中京警察署に通報し、朔は、未希に引き渡され再度東京に戻ることになった。
未希は連れ去りを防ぐため住所を明らかにしていない。そして面会交流も行われていない。
平成24年9月、游は、未希に対して面会交流調停を起こしたが不成立になり審判に移行した。
この間、未希は子の福祉に反するとして、試行面会及び意向調査にも応じなかった。審判手続きでは、未希は游による連れ去りの恐れを強調した。
しかしながら、東京家裁、東京高裁はいずれも游の面会交流を認め、游は履行勧告の申立てをしたが未希はこれに従わなかったことから間接強制の申立てをした。
第2 東京家裁平成28年10月4日
債権者は、平成二四年九月二一日、未成年者との面会交流を求めて調停の申立てをしたが(当庁平成二四年(家イ)第七八六八号)、平成二六年一〇月二二日、不成立となり、審判に移行した。この間、債務者は、試行面会及び未成年者の調査に応じず、面会が未成年者の福祉に反するとしてこれを拒み、その理由として、債権者による育児放棄、連れ去りの危険及び未成年者による面会の拒否を主張し、間接強制になじまない旨主張した。
当庁は、平成二七年一二月一一日、債務者の前記の主張をいずれも退け、審判をしたが、当事者双方が即時抗告したところ、東京高等裁判所は、平成二八年四月一四日、債務者の前記主張をいずれも退け、別紙の面会を認める旨決定し、同決定が同月一八日確定した(以下、同決定を「確定決定」という。)。
(7) 債務者が、確定決定に従わず、その第一回面会交流に応じなかったため、債権者は、次回の面会につき履行勧告の申立てをしたが、債務者は確定決定に従わなかったため、債権者は本件申立てをした。
(8) 当裁判所が民事執行法一七二条三項により、債務者の申述を求めたところ、債務者は面会交流を拒絶する旨述べ、その理由としては、債権者によるネグレクト及び未成年者の連れ去り並びに未成年者の拒否を挙げる。また、間接強制を認めるべきでない理由として、未成年者の拒否をいい、その意思を尊重すべき旨及びそれを前提とする監護者の限界を主張する。
(9) 債務者の平成二七年の年収は給与収入合計二六四〇万円である。
二 債務者が間接強制について述べる点は、未成年者の年齢及びその意思(面会の拒否)並びにそれを前提とする監護親の限界をいうものであるが、年齢については、要は、債務者が確定決定に従わず、面会交流に応じない間にも、未成年者は成長を続けているということであり、《証拠略》記載の未成年者の面会の拒否についても、前記確定決定が当時提出された未成年者の手紙によって意思を認定し得ないとした事情が改められたとは認められず、債務者の主張は採用し難い。
また、債務者が面会交流をさせられない事情として主張する点は、前記のほか、既に確定決定で退けられたことの繰り返しであり、理由がない。
三 そうすると、債務者は債権者に対し、速やかに未成年者との面会を認めるべき義務があることは明らかであるところ、本件の経緯等にかんがみると、もはや任意の履行を期待することは困難な状況にあることから、間接強制の方法によって実現を図る必要及び理由があり、債務者の資力その他を考慮し、民事執行法一七二条一項により、間接強制の方法として主文のとおり定めるのが相当である。
別紙
(1) 月一回 第一日曜日 午前一一時から午後四時まで
(2) 債務者は、(1)の面会交流開始時間に、△△駅の改札口において、債務者又は債務者の指示を受けた第三者をして債権者に未成年者を引き渡す。
(3) 債権者は、(1)の面会交流終了時間に、△△駅の改札口において、債務者又は債務者から事前に通知を受けた債務者の指示する第三者に対し未成年者を引き渡す。
(4) 当事者や未成年者の病気や未成年者の学校行事等やむを得ない事情により、上記日程を変更する必要が生じたときは、上記事情が生じた当事者が他方当事者に対し、速やかにその理由と共にその旨を電子メールによって通知し、債権者及び債務者は、未成年者の福祉を考慮して代替日を定める。
第3 東京高裁29年2月8日
前記1の認定事実並びに抗告人の原審及び当審における主張によれば,抗告人は,平成23年■月■■日から原決定に至るまで5年以上(相手方が未成年者との面会交流を求めて調停の申立てをしてからでも4年以上)にわたり相手方と未成年者との面会交流を認めず,その間に確定決定により別紙のとおり相手方と未成年者とが面会交流することを認めなければならない旨命じられたにもかかわらず(以下,この義務を「本件義務」という。),その後も原決定に至るまで任意の履行をせず,原決定後は履行をしたものの,原決定による間接強制の下で履行したものであって,なお抗告人が任意に履行することを期待することが困難な状況にあることが認められるから,本件義務の履行を間接強制の方法によって確実に実現させる必要がある。
そして,一件記録によれば,相手方との面会交流を拒否する未成年者の意向には抗告人の影響が相当程度及んでいることが認められるから,抗告人は自ら積極的にその言動を改善し,未成年者に適切な働き掛けを行って,相手方と未成年者との面会交流を実現すべきであるが,従前の経緯や抗告人の原審及び当審における主張からすると,抗告人に対し少額の間接強制金の支払を命ずるだけではそれが困難であると解されること,抗告人が年額2640万円の収入を得ていること,その他本件に現れた一切の事情を考慮すると,本件における間接強制金を不履行1回につき30万円と定めるのが相当である(原決定は,本件における間接強制金を不履行1回につき100万円と定めたが,相手方の原決定前の不履行の態様等に照らして,そのような判断にも理由のないものではないものの,その金額は,上記事情を考慮しても余りにも過大であり相当でない。)。
なお,そもそも抗告人は確定決定に基づき本件義務を履行しなければならないものであるし,仮に抗告人の本件義務が今後再び履行されず,その不履行が続くようであれば,民事執行法172条2項により間接強制金が増額変更される可能性があるから,抗告人は,それらのことも念頭に置いて,本件義務を履行しなければならない。
抗告人は,間接強制が認められるためにはその義務が債務者の意向のみによって履行できる義務であることが必要であるところ,13歳になった未成年者が相手方との面会交流を拒絶する意思を明確に示している以上,抗告人が自己の意向のみによって本件義務を履行することは不可能であるから,本件申立ては却下されるべきであると主張する。
しかしながら,子の面会交流に係る審判または審判に代わる決定(以下「審判等」という。)は子の心情等を踏まえた上でされているから,監護親に対し非監護親が子と面会交流をすることを許さなければならないと命ずる審判等がされた場合,子が非監護親との面会交流を拒絶する意思を示していることは,これをもって,上記審判等がされた時とは異なる状況が生じたといえるときは上記審判等に係る面会交流を禁止し,または面会交流についての新たな条項を定めるための調停や審判を申し立てる理由となり得ることなどは格別,上記審判等に基づく間接強制決定をすることを妨げる理由となるものではないところ(最高裁平成24年(許)第48号同25年3月28日第一小法廷決定・民集67巻3号864頁参照),本件において,確定決定時と異なる状況が生じていることを認めるに足りる資料はない。そして,一件記録によれば,面会交流審判も確定決定も,抗告人に対して作為義務を課すのが相当か否かが問題とされた中で,未成年者の意向を踏まえつつも抗告人に対して作為義務を課したことが認められるのであって,抗告人の上記主張は,結局は面会交流審判及び確定決定の結論を論難するものにすぎず,その主張する事情は本件申立てを却下すべき事情に当たるとは認められない。
したがって,抗告人の上記主張は採用することができない。
他方,相手方は,原決定が不履行1回につき100万円の間接強制金を定めたからこそ相手方と未成年者との面会交流が実現したのであり,原決定がなければ面会交流は実現しなかったから,上記間接強制金は相当であり,原決定は維持されるべきであると主張するが,上記間接強制金が余りにも過大であり相当でないことは前記説示のとおりであり,不履行1回につき30万円の間接強制金では抗告人による本件義務の履行が期待できないと直ちに認めるべき事情はないから,抗告人の上記主張は採用することができない。
間接強制はできるの?
1 現在の家裁の実務は、子を監護している親(監護親)に対し、子を監護していない親と子との面会交流を命じる審判が履行されない場合、間接強制により履行を命じることができるかが問題となる。この点、実務的には間接強制が審判直後に申し立てられることが多いこともあり、特段の事情がない限りこれを認めているように考えられる。これに対して、通説は、「子の利益に適う特別の事情がある場合」には許されるとの限定を附している。しかし、子の利益に適うか否かは本案の審判で既に審理済みといえる。
2 このような中、最高裁は、給付が特定されていれば強制執行できるという新しい視点を示した(最高裁平成25年3月28(48号)日)。
3 給付の特定とは、面会交流の日時、頻度、各回の面会交流時間の長さ、子の引渡しの方法等が具体的に定められている場合をいう。
4 最高裁は、原則として、子の意思に関する主張を間接強制決定手続で審理対象とすべきではないとの立場を明らかにしたように見えた。
5 しかし、面会交流をするには、こどもの協力が不可欠であるので、その意思に反して間接強制決定をするのは相当ではないとの決定も出ている(大阪高裁平成29年4月28日決定)
6 他方で、未成年者が面会交流を拒否していることは、間接強制決定をすることを妨げる理由となるものではないとしたものもあります(大阪高裁平成29年1月27日)。
7 上記5の大阪高裁平成29年4月28日によれば、子の意思を審理の対象とすることができるということになりますが、執行裁判所の場合、どのように時々刻々と変化するこどもの意思を把握するのかという問題がある。
8 本案で認められた裁判から事情の変更が認められるだけの証明があるかです。特段証明の方法に制限はないように思われます。
9 本件決定は、本案の抗告審を覆すに足りる証拠を母側が提出できなかったので、「事情が改められたとは認められない」との結論に至ったものと思われます。
10 ただし面会交流の認容基準については、従来ほど子の意思は、重視されなくなっているとの見解もあります。
11 これに対して、非監護親の欲求を満たすための面会交流などと批判する見解もある。(『家事法の理論・実務・判例1』167ページ)
間接強制金はいくらになるの??
本件では、不履行1回につき100万円という金額であった。
面会交流の間接強制については、心理的強制を働かせる程度の金額となり、裁判所の合理的な裁量で決められていますが養育費を何らかの目安にしているものと考えられます。
本件でポイントになっているのは、もはや任意の履行を期待することはできないと断じて、年収が2460万円であることに照らし、月額100万円と設定したものと考えられます。
以上からすると、高額の金額になるのは、
・面会交流の実現に協力した形跡がない
・大きな影響を及ぼした
・心理的強制には、経済的安定を脅す規模のものという最終手段をとった
・現実に、頑なだった母親が、本件100万円決定後3回の面会交流が実現している。
・抗告審では30万円に減額された
シュシュとのパースペクティブ
シュシュ:本件の本案の審判は養子縁組されていたんだね。
弁護士:はい。本件紛争に至る経緯は、游と未希は平成23年立夏と朔(双子当時9歳)の親権者を母と定めて協議離婚し,母は同年須王氏と再婚し,未成年者らは須王氏を養父として養子縁組をした。父である游は,平成24年未成年者との面会交流を求め,毎月1回の面会交流(別紙1)を命ずる審判を経て,平成25年面会交流の頻度を隔月に1回(別紙2)とする控訴審決定1が確定した。しかし,父は,未成年者との面会交流を拒絶されたため,間接強制を申し立て,母及び須王氏に対し,抗告審決定1の不履行1回につき10万円の支払を命ずる決定がされ,執行抗告も棄却された(確定)。これに対し,母らは,父に対し,平成26年未成年者らとの面会交流の禁止を求め,これを却下する審判がされたが,その抗告審では,平成27年抗告審決定1を変更して偶数月に1回(別紙3)の面会交流を認める決定がされ,確定した(抗告審決定2)。再婚をきっかけに面会を減らしたということが考えられます。
シュシュ:日本では、関連性はないとはいえ、養育費を支払わなくなるんだよね。
弁護士:そうですね。須王氏が第一次義務者になるので、法的解釈はともかく世間の考えとしては、再婚家庭ができた場合は一歩後退すべきだ、という価値判断はあります。しかし、朔は建築に興味をもっており、一級建築士の游との関係を大切にしていたという事情がありました。
母らは平成28年抗告審決定1に基づく強制執行を許さない旨の請求異議訴訟を提起し,認容され,確定した。本件は,抗告審決定2に基づく間接強制の申立てである。ちなみに,母らは,その後,相手方父に対し,再度,面会交流禁止の調停を申し立てているとのことです。
シュシュ:なんか、ドロ沼だね・・・。
弁護士:原審は,抗告審決定2では,面会交流における監護親(抗告人ら)の給付内容が特定されているから,特段の事情(例えば,不執行の合意)のない限り,間接強制も許されるとして,母らに対し,面会交流の不履行1回につき30万円の連帯支払を命ずる決定をしたんです。そして,母らが,未成年者は頑なに面会交流を拒絶しており,履行不能の状況にあると主張したのに対し,抗告審決定2は,このような未成年者の心情等を踏まえた上で決定されているから,母らに不可能を強いるものではないし,そのような事情は,抗告審決定2の面会交流を禁止し制限するための調停・審判を申し立てる理由となり得ても間接強制を妨げる事情にはならないと排斥した。
3 これに対し,抗告審は,本件では,未成年者が游との面会交流を強く拒否しており,その年齢や精神的成熟度を考慮すると,未成年者に面会交流を強いることは却って子の福祉に反することになるから,本件債務は母らの意思のみによっては履行することができない履行不能の状況に至っているとして,原決定を取り消し,相手方父の間接強制の申立てを却下した。
4 面会交流と間接強制の可否をめぐっては,最高裁平成25年3月28日決定民集67巻3号864頁が,面会交流の内容において監護親がすべき給付の特定に欠けるところがない場合,間接強制決定をすることができると判示した。そこでは,面会交流の審判は子の心情等を踏まえてされているから,子が面会交流を拒絶する意思を有していることは,これを審判時とは異なる状況が生じたといえるときは上記審判の面会交流を禁止・制限する新たな調停・審判を申し立てる理由となることは格別,上記審判に基づく間接強制を妨げる理由とはならないとされている。原審の判断はこれに沿うものである。
シュシュ:でもさあ、間接強制決定ですごーく時間かかるよね。何を審理しているの??
弁護士:間接強制決定は,債務者が債務を履行できることが前提となっているから,その手続内で債務名義で定められた債務の履行の可否を一切判断できないというのには疑問がある。
シュシュ:たしかに、一般論として,子の面会交流の拒否は,間接強制決定を妨げる事情にならないとして,債務者に間接強制金の支払を命じた上,このような事由は別途,請求異議訴訟や事情変更に基づく調停・審判を申し立てさせ,そこでしか判断できないというのでは,迂遠だよね。
弁護士:それに新たな事実の調査はできないとしても、面会交流の審判確定後の履行状況などは考慮の対象にできますから、ある程度、審判を守るつもりがあるか否かは裁判官としては分かるポジションにあるのんではないのではないかな、と思います。
シュシュ:であるし,債務者にとって苛酷な執行となる場合があろう。監護親に課せられた金銭的な負担は,生計を圧迫し,子の福祉を害する虞れもある。
弁護士:この点に関し,面会交流の間接強制決定を求める手続においてどのような事由を審理・判断し得る場合があるか等は今後に残された問題であるとの指摘もされている(最高裁判所判例解説民事篇平成25年度〔6〕167頁〔柴田義明〕)。
シュシュ:また,子の発達段階に応じた場合分けをした上,少なくとも子の判断に独立の価値が認められる場合には(概ね15歳,家事事件手続法152条2項),子に対し可能な範囲で説得(働きかけ)を行えば,債務者として期待可能なすべての行為を尽くしたことになる(実際,独立した判断能力を有する子の意思を変えることまで求めることはできない。)とされている(山本和彦「間接強制の活用と限界」法曹時報66巻10号2737頁)。
弁護士:抗告審の判断は,上記最決の事案では,子の年齢が7歳に満たないのに対し,本件の未成年者は15歳3か月の高校生であること,立夏らが,その後,父に対し,再度の面会交流禁止の調停を申し立て,家裁調査官の意向調査において,未成年者が相手方父との面会交流を明確に拒否し,その拒否の程度も強固であること,未成年者は母らの意向も踏まえ自らの意思で面会交流を拒否しており,これを本心でないとか,抗告人らの影響を受けたものとして軽視することは相当でないこと,さらに,未成年者の精神的成熟度を考慮すれば,抗告人らにおいて未成年者に游とのの面会交流を強いることはその判断能力,ひいては人格を否定することになり,却って未成年者の福祉に反することなどから,本件債務は履行不能であるとして間接強制は許されないとしているよ。
シュシュ:でも、日本で子の意思について、もともと葛藤が高いのは当然だから、あまり重視する必要がないとする見解があることは意外でした。