面会交流妨害の間接強制金100万円から30万円にした事例
Step1.面会交流拒否の制裁・間接強制金の額
面会交流拒否の間接強制における強制金の額は、債務不履行により債権者が受ける不利益及び債務者が受ける利益を考慮し、履行を確保するための相当額が決められることになる。従前は、養育費や婚姻費用を参考に決められてきたが、子の福祉のために、養育費の7割程度にするもの、20万円程度にするもの、など当事者の社会的地位や利益衡量を総合判断しているものと思われる。
また、支払予告命令の内容が履行を確保するために過大であることは執行抗告の理由になる。しかしながら、債務者=本件では夫が監護者だったのであるが、債務を履行することで支払債務の発生を阻止すべきであるから、その過大の程度が著しい場合にしか原決定が違法になることはない。その意味で、紹介する東京高裁平成29年2月8日は、面会交流を確保するために1回100万円という「英断」を下した原決定をその過大の程度が著しいとして主文を変更したものである。
ところで、東京家裁平成28年10月4日の主文は以下のとおりである。
「一 東京高等裁判所平成二八年(ラ)第一四二号面会交流審判に対する抗告事件(原審:東京家庭裁判所平成二六年(家)第一〇一五二号面会交流申立事件)の執行力ある決定正本に基づき、債務者は、債権者に対し、別紙のとおり、未成年者と面会交流をさせなければならない。
二 債務者が、本決定の送達日以降、前項の義務を履行しないときは、債務者は、債権者に対し、不履行一回につき100万円の割合による金員を支払え。」
では、原決定は、監護親が報道機関に語った「非常識」なのだろうか。
Step2.強制金の決定の考慮要素
一般的に面会交流は金銭債務と異なり強制執行が不代替的作為義務というものであり、直接強制もできないという問題点がある。金銭の受領によって満足が得られるのか、債務者の行為の実現が必要であるのかが、間接強制金を決めるポイントである。このような理論的視座からすると、債務者の行為が必要な面会交流の間接強制金は少なくとも養育費や婚姻費用よりは高額に設定するのが相当である。
そして、不履行によって債権者が受ける損害、債務者の不履行の態様、履行の難易、不履行継続による債務者の利益、不履行の社会的影響が考慮されるといえる。
本件では、母親との面会交流ができなくなっているという事例であり、愛着関係の形成からも、速やかな実施を「狙った」裁判といえる。特に、各報道機関の情報によると、東京家裁の決定を受けて父親は、不履行の態様が極めて悪質であり、履行が容易であるのに不履行を継続して本案の審判を無視し、本案の蒸し返しをしようとしているとすると、相当高額でなければ面会交流の実現は不可能であるとして、東京高裁に是認されることを恐れて、当該決定後、直ちに母親との面会交流をようやく実施したものである。
論旨は要するに、「債務者が間接強制について述べる点は、未成年者の年齢及びその意思(面会の拒否)並びにそれを前提とする監護親の限界をいうものであるが、年齢については、要は、債務者が確定決定に従わず、面会交流に応じない間にも、未成年者は成長を続けているということであり、《証拠略》記載の未成年者の面会の拒否についても、前記確定決定が当時提出された未成年者の手紙によって意思を認定し得ないとした事情が改められたとは認められず、債務者の主張は採用し難い。
また、債務者が面会交流をさせられない事情として主張する点は、前記のほか、既に確定決定で退けられたことの繰り返しであり、理由がない。
三 そうすると、債務者は債権者に対し、速やかに未成年者との面会を認めるべき義務があることは明らかであるところ、本件の経緯等にかんがみると、もはや任意の履行を期待することは困難な状況にあることから、間接強制の方法によって実現を図る必要及び理由があり、債務者の資力その他を考慮し、民事執行法一七二条一項により、間接強制の方法として主文のとおり定めるのが相当である。」とするもので、原決定を基準時とすると、面会交流の不履行の態様は悪質であり、相当なものであるといえる。今回紹介する東京高裁は続審制における事情の変更による変更にすぎないと解するのが相当であろう。
Step3.強制金の決定の考慮要素
間接強制は、強制金支払いという心理的強制をもって、義務の履行を促す制度といえるから、債務者に心理的圧迫を与えるものでなければ無意味である。かような観点で養育費や婚姻費用の7割程度とするのはむしろ疑問があるというべきである。
この点、債務者の収入額は、強制金の額を決定するのに、大きな因子となる。年収400万円の場合に養育費10万円を加えると監護親の年収が500万円ほどになるから、間接強制金を2万円に設定したといえる。(東京高裁平成26年3月13日)
原決定については、債務者の年収が2640万円という相当高額であることが影響している。東京家裁では、わずかな間接強制金では無視され続けて次第に間接強制金を上昇させていくのは時間の無駄であり、今後の債務の履行が困難になることを懸念した妥当な決定と思われ現実にすぐに面会交流が実現している。他方、東京高裁は、現時点では、高額な金額でも任意の履行の余地が残されているという点が判断の分かれ道である。しかしながら、一般の親であれば審判が出た場合にそれに従うであろうから、東京家裁の決定にはインパクトがあり、一部報道機関も、「間接強制の家裁決定で、棚橋哲夫裁判官は『夫は面会を認めない理由として既に退けられた主張を繰り返している。もはや任意で応じることは期待できず、間接強制で実現を図る必要がある』と判断。夫の収入なども参考に1回100万円とした。夫側はその後面会に応じ、妻と長女は5年ぶりに面会した。最高裁が2013年に面会交流拒否に対する間接強制を認めた後、同様の司法判断が広がったが、額は拒否1回につき5万~10万円程度が多く、金を払ってでも面会を拒む親もいるという。妻側代理人の棚瀬孝雄弁護士は今回の決定について「『子供のために親と会わせるべきだ』と決めたのに、無視されたことに対して裁判所が毅然(きぜん)とした態度を示した。面会が実現し、子供の福祉にかなう判断だ」と述べたなどの指摘がみられるところであり、実務家としては、原決定の判断が支持されるところと思われる。東京高裁決定は、「段階的決定」を命じたものであるが、他方、大阪高裁平成29年4月28日では、子の拒絶の意思が強固の場合は間接強制の実施は不可能としているのであって、速やかな実現のために子の発達という現実を無視した机上の空論は到底是認することはできないと思われる。
Step4.間接強制金につき「段階的措置論」を採用した東京高裁
第3 当裁判所の判断
1 認定事実
認定事実は,次のとおり訂正するほかは,原決定の「理由」欄の第2の1に記載のとおりであるから,これを引用する。
(1) 原決定2頁19行目の「したが」を「した(以下,この審判を「面会交流審判」という。)が」と改める。
(2) 原決定2頁25行目から3頁3行目までを次のとおり改める。
「(8) 原審は,平成28年■■月■日,原決定をした。
(9) 原決定の後,平成28年■■月■日,同年■■月■日及び平成29年■月■日に相手方と未成年者との面会交流が行われた。」
(3) 原決定3頁4行目の「(9)」を「(10)」と改める。
2 判断
(1) 前記1の認定事実並びに抗告人の原審及び当審における主張によれば,抗告人は,平成23年■月■■日から原決定に至るまで5年以上(相手方が未成年者との面会交流を求めて調停の申立てをしてからでも4年以上)にわたり相手方と未成年者との面会交流を認めず,その間に確定決定により別紙のとおり相手方と未成年者とが面会交流することを認めなければならない旨命じられたにもかかわらず(以下,この義務を「本件義務」という。),その後も原決定に至るまで任意の履行をせず,原決定後は履行をしたものの,原決定による間接強制の下で履行したものであって,なお抗告人が任意に履行することを期待することが困難な状況にあることが認められるから,本件義務の履行を間接強制の方法によって確実に実現させる必要がある。
そして,一件記録によれば,相手方との面会交流を拒否する未成年者の意向には抗告人の影響が相当程度及んでいることが認められるから,抗告人は自ら積極的にその言動を改善し,未成年者に適切な働き掛けを行って,相手方と未成年者との面会交流を実現すべきであるが,従前の経緯や抗告人の原審及び当審における主張からすると,抗告人に対し少額の間接強制金の支払を命ずるだけではそれが困難であると解されること,抗告人が年額2640万円の収入を得ていること,その他本件に現れた一切の事情を考慮すると,本件における間接強制金を不履行1回につき30万円と定めるのが相当である(原決定は,本件における間接強制金を不履行1回につき100万円と定めたが,相手方の原決定前の不履行の態様等に照らして,そのような判断にも理由のないものではないものの,その金額は,上記事情を考慮しても余りにも過大であり相当でない。)。
なお,そもそも抗告人は確定決定に基づき本件義務を履行しなければならないものであるし,仮に抗告人の本件義務が今後再び履行されず,その不履行が続くようであれば,民事執行法172条2項により間接強制金が増額変更される可能性があるから,抗告人は,それらのことも念頭に置いて,本件義務を履行しなければならない。
(2) ところで,抗告人は,間接強制が認められるためにはその義務が債務者の意向のみによって履行できる義務であることが必要であるところ,13歳になった未成年者が相手方との面会交流を拒絶する意思を明確に示している以上,抗告人が自己の意向のみによって本件義務を履行することは不可能であるから,本件申立ては却下されるべきであると主張する。
しかしながら,子の面会交流に係る審判または審判に代わる決定(以下「審判等」という。)は子の心情等を踏まえた上でされているから,監護親に対し非監護親が子と面会交流をすることを許さなければならないと命ずる審判等がされた場合,子が非監護親との面会交流を拒絶する意思を示していることは,これをもって,上記審判等がされた時とは異なる状況が生じたといえるときは上記審判等に係る面会交流を禁止し,または面会交流についての新たな条項を定めるための調停や審判を申し立てる理由となり得ることなどは格別,上記審判等に基づく間接強制決定をすることを妨げる理由となるものではないところ(最高裁平成24年(許)第48号同25年3月28日第一小法廷決定・民集67巻3号864頁参照),本件において,確定決定時と異なる状況が生じていることを認めるに足りる資料はない。そして,一件記録によれば,面会交流審判も確定決定も,抗告人に対して作為義務を課すのが相当か否かが問題とされた中で,未成年者の意向を踏まえつつも抗告人に対して作為義務を課したことが認められるのであって,抗告人の上記主張は,結局は面会交流審判及び確定決定の結論を論難するものにすぎず,その主張する事情は本件申立てを却下すべき事情に当たるとは認められない。
したがって,抗告人の上記主張は採用することができない。
(3) また,抗告人は,①平成28年■■月■日に行われた面会交流の際,相手方は未成年者の引渡場所に不貞相手と疑われる男性を同行したが,そのような行為は未成年者の福祉に反するし,上記面会交流の際,相手方は少なくとも3人程度の第三者が居住している相手方の肩書住所地の自宅で面会交流を行ったが,面会交流に抗告人の全く知らない第三者が関与することは,相手方が従前連れ去り等を敢行した事実を考え合わせると許されるべきではないから,間接強制は認められるべきではない,②原決定後に行われた相手方との面会交流により未成年者に体調不良等の悪影響が出ているから,間接強制は認められるべきではないと主張する。
しかしながら,上記①については,相手方が未成年者の引渡場所に同行した男性が相手方の不貞相手であることを認めるに足りる資料はないし,そのことが直ちに未成年者の福祉に反するということもできず,第三者が住む相手方の自宅で面会交流をしたからといって,相手方による未成年者の連れ去りのおそれがあるということもできない。上記②についても,原決定後に行われた相手方との面会交流により未成年者に体調不良等の悪影響が出たことを認めるに足りる的確な資料はない。また,そもそも,未成年者の福祉に反するような新たな事情が生じたというのであれば,抗告人は面会交流を禁止しまたは面会交流についての新たな条項を定めるための調停や審判を申し立てることによって対応するべきであるから,抗告人が主張する上記事情は本件申立てを却下すべき事情に当たるとは認められない。
したがって,抗告人の上記各主張は採用することができない。
(4) 他方,相手方は,原決定が不履行1回につき100万円の間接強制金を定めたからこそ相手方と未成年者との面会交流が実現したのであり,原決定がなければ面会交流は実現しなかったから,上記間接強制金は相当であり,原決定は維持されるべきであると主張するが,上記間接強制金が余りにも過大であり相当でないことは前記説示のとおりであり,不履行1回につき30万円の間接強制金では抗告人による本件義務の履行が期待できないと直ちに認めるべき事情はないから,抗告人の上記主張は採用することができない。
3 以上によれば,抗告人に対し,相手方に対し別紙記載のとおり未成年者と面会交流させなければならないこと,抗告人が原決定の送達日以降本件義務を履行しないときは,相手方に対し不履行1回につき30万円の割合による金員を支払うことを命ずるのが相当であるので,これと一部結論を異にする原決定を上記のとおり変更することとして,主文のとおり決定する。
平成29年2月8日
東京高等裁判所第17民事部
裁判長裁判官 川神 裕
裁判官 伊藤 繁
裁判官 森 剛
(別紙)
1 月1回 第1日曜日 午前11時から午後4時まで
2 抗告人は,1の面会交流開始時間に,■■■駅の改札口において,抗告人または抗告人の指示を受けた第三者をして相手方に未成年者を引き渡す。
3 相手方は,1の面会交流終了時間に,■■■駅の改札口において,抗告人または抗告人から事前に通知を受けた抗告人の指示する第三者に対し未成年者を引き渡す。
4 当事者や未成年者の病気や未成年者の学校行事等やむを得ない事情により,上記日程を変更する必要が生じたときは,上記事情が生じた当事者が他方当事者に対し,速やかにその理由と共にその旨を電子メールによって通知し,相手方及び抗告人は,未成年者の福祉を考慮して代替日を決める。
Step5.子の拒絶が強固だと間接強制が却下されることも
【判決日付】 | 平成29年4月28日 |
【判示事項】 | 相手方(債権者)が,抗告人(債務者)らに対し,相手方を未成年者(平成13年生まれ)と面会交流させる義務を履行しなかったとして,間接強制の申立てをした事案の抗告審。裁判所は,本件の未成年者は,平成29年(当時満15歳3か月)に行われた家庭裁判所調査官による意向調査において,相手方との面会交流を拒否する意思を明確に表明し,その拒否の程度も強固で,未成年者自身の体験に基づいて形成された素直な心情の吐露と認められるから,その意思は尊重すべきとし,抗告人らにおいて未成年者に相手方との面会交流を強いることは未成年者の判断能力ひいてはその人格を否定することになり,却って未成年者の福祉に反するとし,本件債務は債務者らの意思のみによって履行することはできず履行不能などとして原決定を取り消し申立てを却下した事例 |