夫と籍を入れずに内縁関係を続けている場合、夫が死亡したら内縁の妻は「死亡退職金」を受け取れるのでしょうか?
内縁の妻が「死亡退職金」を受け取れるケース・戸籍上の妻がいる場合も解説
夫と籍を入れずに内縁関係を続けている場合、夫が死亡したら内縁の妻は「死亡退職金」を受け取れるのでしょうか?
実は行政通達でも判例によっても、内縁の妻に死亡退職金の受給権が認められるケースが多くなっています。ただし夫に「戸籍上の妻」がいる場合、戸籍上の妻が優先される可能性があるので注意が必要です。
今回は内縁の妻に死亡退職金を受け取る権利が認められるのか、弁護士が解説します。
1.死亡退職金とは
死亡退職金とは、従業員や役員が死亡したときに勤務先の会社から遺族へ支払われる退職金です。
一般的に「退職金」というと従業員本人に対して支払われるものと考えるでしょう。ただ死亡退職金の場合、本人は死亡しているので「遺族」へと支払われます。
死亡退職金制度の目的は、残された遺族への生活保障です。突然一家の大黒柱が死亡して遺族が生活に困らないように、会社が退職金規程を作って遺族へと死亡退職金を支給します。
死亡退職金が支給される「遺族」の範囲や順序は会社が個々に退職金規程によって定めるので、必ずしも「法定相続人」とは一致しません。実際には多くの企業において、「配偶者」へ優先的に支払われます。配偶者がいなければ親や子どもなどの親族へ支給されるのが通常です。
2.内縁の妻に死亡退職金を受け取る権利が認められる
籍を入れていない内縁の配偶者でも「遺族」として死亡退職金を受け取れるのでしょうか?
この点については、行政解釈においても判例でも肯定的にとらえられています。つまり内縁の妻でも死亡退職金を受け取れるのが原則です。
2-1.行政解釈における内縁の配偶者の取扱い
まず行政解釈において内縁の妻がどのように扱われるのか、みてみましょう。
通達では以下のように規定されています(昭和25年7月7日 基収1786号)。
- 死亡退職金の支給先については、必ずしも民法の遺産相続の順序に従う必要はない。労働協約や就業規則等により、労基法施行規則に従って給付できる
そして労基法施行規則42条では、「配偶者がいる場合、死亡退職金は配偶者に支払われるべきである。配偶者には内縁の配偶者も含まれる」と規定されています。
よって行政解釈によると、労働協約、就業規則や退職金規程によって定められていれば、内縁の配偶者も戸籍上の配偶者と同様、優先して死亡退職金を受け取れます。
2-2.判例の取扱い
判例では、退職金規程がある場合だけではなく、退職金規程がない場合にも内縁の配偶者へ死亡退職金の受給権を認められる傾向があります。
退職金規程がある場合
まず退職金規程で「配偶者へ死亡退職金を支給する」と定められているケースをみてみましょう。
かつて裁判で、死亡退職金が「相続財産」になるかどうかが争われたケースがあります。内縁の配偶者には相続権が認められないので、もしも死亡退職金が相続財産になるなら、内縁の配偶者には受給件が認められなくなってしまいます。
このケースにおいて最高裁は「死亡退職金」はそもそも相続財産ではないと判断しました(最一小判昭和55年11月27日)。
つまり死亡退職金は相続財産ではないので、内縁の配偶者が「相続人」でないとしても、死亡退職金を受け取る際の障害にはなりません。会社が退職金規程で「配偶者へ死亡退職金を支給する」と定めていれば、規定通りに内縁の配偶者が死亡退職金を受け取れます。
退職金規程がない場合
退職金規程がない場合には、行政通達によっても内縁の配偶者が当然に死亡退職金を受け取れません。
判例はどのように理解しているのでしょうか?
実は裁判所は、退職金規程がない場合にも死亡退職金の受給権を「配偶者」に認める傾向があります。死亡退職金は、「死亡した人によって現に扶養されていた遺族の生活保障金」としての性質が強いからです。すると同居していない無関係な「相続人」ではなく「現に扶養されていた配偶者」が受け取るべきと結論づけられます。
実際に、夫が死亡して妻と子どもが相続人となった事案において、死亡退職金の受給権を夫に扶養されていた「妻」に認め、子どもからの相続分に従った請求を退けた判例もあります(最三小判昭和62年3月3日)。
裁判所は、退職金規程がなくても死亡退職金は相続財産ではなく「遺族固有の権利」であると解釈しているのです。
この判例からすると、退職金規程に「配偶者へ優先的に支給する」と書かれていなくても、配偶者が優先して受け取れる結論となるでしょう。
3.すでに退職金が支給済である場合
退職金が被相続人の生前にすでに支給されており、預金や不動産、株式などの財産として残っている場合には注意が必要です。
この場合、退職金が形を変えた預金などの財産が「相続財産」となるからです。
相続財産である以上、遺産相続権のない内縁の配偶者は一切受け取れません。
死亡した配偶者に子どもなどの相続人がいたら、退職金が振り込まれた預金などはすべて子どもに相続されてしまいます。
すでに支給された退職金を内縁の配偶者が受け取るためには、遺言や生前贈与による対策が必須となるでしょう。
4.戸籍上の妻がいる場合
「戸籍上の妻」と「内縁の妻」の両方がいるケースではさらに重大な問題が発生します。
会社に退職金規程がある場合でも、通常、支給先は「配偶者(内縁の妻を含む)」とだけ規定されているものです。上記で紹介した判例でも「配偶者へ優先的に死亡退職金を支給すべき」と判断されているだけで、戸籍上の妻と内縁の妻のどちらを優先すべきかまでは明らかになっていません。
戸籍上の妻と内縁の妻がいたら、遺産相続権などと同様に、戸籍上の妻が優先されてしまうのでしょうか?
裁判例によると、以下のように理解されています(東京地裁昭和53年2月13日参照)。
- 原則としては法律上の妻が優先される
- 法律上の妻との関係が破綻して形骸化しており、事実上の離婚と同様の状態であれば例外的に内縁の妻が優先される
つまり、原則としては法律上の妻が優先されるので、戸籍上の妻がいる場合には基本的に内縁の妻は死亡退職金を受け取れません。
ただし法律上の妻と長期にわたって別居しており、お互いに生活費の送金をしておらず、コミュニケーションを一切とっていないなど「離婚」と同様の状態になっていれば、内縁の妻に死亡退職金の受給権が認められます。
まとめ
死亡退職金が支給される場合、内縁の妻に受給権が認められる可能性があります。籍が入っていなくても受け取れるケースが多いので、あきらめずに会社へ請求してみましょう。ただし戸籍上の妻がいる場合には受け取れない可能性もあるので個別的な判断が必要です。
内縁の夫が死亡したときに備えて妻の権利を守るには、生前に遺言書を作成しておく必要があります。内縁関係に適用される法律や制度がわからなくてお困りであれば、お気軽に弁護士までご相談ください。