別居が12年7カ月に及んでいても、話合いがないので破綻が否定された事例

今後、判示事項は、単純に3年たてば信義に反しても離婚できると考えてはいけないというように警鐘を鳴らす判決といえます。

 

東京高裁平成30年12月5日判決

1 X(夫)からの離婚請求である。Y(妻)は婚姻の継続を求めている。第1審判決は離婚請求を認容したが,控訴審判決は離婚請求を棄却した。
 2 事実関係の概要(控訴審判決の認定による)は,次のとおりである。
 (1) 東京都内のマンションで,Xの実父(老齢のため介護が必要),X,Y,長女(平成9年2月生),二女(同15年2月生)の5人で同居していた。東日本大震災後にXの勤務先がサマータイムを開始して始業に間に合わないことが理由で,平成23年6月に夏季だけの予定でXが都内の別の場所に単身赴任を開始した。
 (2) 単身赴任開始後まもない同年7月にXは突然Yに離婚話を切り出し,要介護の実父の世話をYに任せたまま,Yとの接触を拒絶するようになった。離婚の理由や離婚後のXの実父,Y,娘2人の生活設計に関する話し合いが全く行われないまま,別居期間7年が経過している。
 (3) Xの委任した弁護士は,「別居が一定期間継続すれば裁判所は離婚を認める」などと記載した文書をYに送付した(控訴審判決第3の1(6)参照)。Xは,Xの実父にもYにも娘らにも一切会わずに弁護士を通じてのみ連絡を取り,婚姻費用は送金するという方針を貫いた。Xは,平成25年に九州に転勤し,その後も転勤があったが,転勤の事実も転勤先の住所・連絡先もXの実父にもYにも知らせなかった。
 (4) Yは,Xの実父の世話と娘の養育をしながらXが家庭に戻るのを待った。Xの実父も,Xが家庭に戻ることを願い,Xと連絡を取ろうとしたが無視された。このようなことから,Xの実父は,Xの了解を得ないまま,Yに金銭を贈与し,Yと養子縁組し,生命保険金受取人をXから娘2人に変更した後,平成28年に死亡した。
 3 第1審判決は,別居期間が7年近くに及び,Xの離婚の意思が強固であり,婚姻を継続し難い重大な事由があると判断した。YがXに無断でXの実父と養子縁組をしたり,Xの実父から金銭の贈与を受けたり,Xの実父の生命保険の受取人をXから娘らに変更したことから,Xの離婚意思が強固になってもやむを得ないと判断した。
 4 控訴審判決は,婚姻関係維持の努力や別居中の相手方配偶者(家事専業)及び同居家族(実父及び娘2人)への配慮が皆無であるという本件の事実関係の下においては,別居が7年継続し,Xの離婚の意思が強固であっても,婚姻を継続し難い重大な事由があるとはいえないと判断した。
 また,控訴審判決は,予備的に,婚姻を継続し難い重大な事由があると仮定しても,信義則に照らして本件離婚請求は許されないと判断した。控訴審判決は,有責配偶者の主張がない場合においても,離婚請求が信義則に照らしても容認されるかどうかを検討すべきであり,その場合の考慮要素として,最大判昭62.9.2判タ642号73頁が掲げる5要素(①離婚原因発生についての寄与の有無,態様,程度,②相手方配偶者の婚姻継続意思等,③離婚を認めた場合の相手方配偶者の精神的,経済的,社会的状態及び子の福祉,④別居後に形成された生活関係,⑤時の経過がこれらに与える影響)を挙げた。その上で,離婚原因の発生原因が専らXにあり,Yは強い婚姻継続意思を持ち,離婚を認めることによりYと二女が経済的精神的苦境に陥り,時の経過がこれらの状況を軽減・解消するような状況はみられないとして,本件離婚請求は信義則に反し許されないと判断した。
 控訴審判決の引用する5要素は,最高裁民事判例集が最大判昭62.9.2の判決要旨として掲げる事項を判示した部分の直前部分にある判決文であるが,信義則適用の考慮要素として重要であると理解される部分である。また,いわゆる有責配偶者の抗弁も,法理論的には信義則適用の一場面であることは,最大判昭62.9.2から明らかである。
 本件においては,Yが本人訴訟であることもあって,法律上の主張として信義則違反や有責配偶者の抗弁が明示的に主張されているわけではない。しかしながら,法律上の主張として信義則違反や有責配偶者の抗弁の主張がない場合であっても,信義則違反を基礎付ける事実関係の主張があるときには,裁判所が信義則を適用して結論を出すことは弁論主義に違反しないと一般に理解されている。
 5 婚姻を継続し難い重大な事由がないと判断された事例及び有責配偶者の抗弁の主張がない場合において離婚請求が信義則に反すると判断された。

 

2 第1審原告の離婚請求の当否について
 (1) 婚姻も契約の一種であり,その一方的解除原因も法定されている(民法770条)が,解除原因(婚姻を継続し難い重大な事由)の存否の判断に当たっては,婚姻の特殊性を考慮しなければならない。殊に,婚姻により配偶者の一方が収入のない家事専業者となる場合には,収入を相手方配偶者に依存し,職業的経験がないまま加齢を重ねて収入獲得能力が減衰していくため,離婚が認められて相手方配偶者が婚姻費用分担義務(民法752条)を負わない状態に放り出されると,経済的苦境に陥ることが多い。

 また,未成熟の子の監護を家事専業者側が負う場合には,子も経済的窮境に陥ることが多い。一般に,夫婦の性格の不一致等により婚姻関係が危うくなった場合においても,離婚を求める配偶者は,まず,話し合いその他の方法により婚姻関係を維持するように努力すべきであるが,家事専業者側が離婚に反対し,かつ,家事専業者側に婚姻の破綻についての有責事由がない場合には,離婚を求める配偶者にはこのような努力がより一層強く求められているというべきである。

 また,離婚を求める配偶者は,離婚係争中も,家事専業者側や子を精神的苦痛に追いやったり,経済的リスクの中に放り出したりしないように配慮していくべきである。ところで,第1審原告は,さしたる離婚の原因となるべき事実もないのに(第1審原告が離婚原因として主張する事実は,いずれも証明がないか,婚姻の継続を困難にする原因とはなり得ないものにすぎない。),南品川に単身赴任中に何の前触れもなく突然電話で離婚の話を切り出し,その後は第1審被告との連絡・接触を極力避け,婚姻関係についてのまともな話し合いを一度もしていない。

 これは,弁護士のアドバイスにより,別居を長期間継続すれば必ず裁判離婚できると考えて,話し合いを一切拒否しているものと推定される。離婚請求者側が婚姻関係維持の努力や別居中の家事専業者側への配慮を怠るという本件のような場合においては,別居期間が長期化したとしても,ただちに婚姻を継続し難い重大な事由があると判断することは困難である。

 第1審被告が話し合いを望んだが叶わなかったとして離婚を希望する場合には本件のような別居の事実は婚姻を継続し難い重大な事由になり得るが,話し合いを拒絶する第1審原告が離婚を希望する場合には本件のような別居の事実が婚姻を継続し難い重大な事由に当たるというには無理がある。したがって,婚姻を継続し難い重大な事由があるとはいえないから,第1審原告の離婚請求は理由がない。
 (2) 仮に,婚姻関係についての話し合いを一切拒絶し続ける第1審原告が離婚を請求する場合においても,別居期間が平成23年7月から7年以上に及んでいることが婚姻を継続し難い重大な事由に当たるとしても,第1審原告の離婚請求が信義誠実の原則に照らして許容されるかどうかを,検討しなければならない。
 離婚請求は,身分法をも包含する民法全体の指導理念である信義誠実の原則に照らしても容認されることが必要である。離婚請求が信義誠実の原則に反しないかどうかを判断するには,①離婚請求者の離婚原因発生についての寄与の有無,態様,程度,②相手方配偶者の婚姻継続意思及び離婚請求者に対する感情,③離婚を認めた場合の相手方配偶者の精神的,社会的,経済的状態及び夫婦間の子の監護・教育・福祉の状況,④別居後に形成された生活関係,⑤時の経過がこれらの諸事情に与える影響などを考慮すべきである(有責配偶者からの離婚請求についての最高裁昭和61年(オ)第260号同62年9月2日大法廷判決・民集41巻6号1423頁の説示は,有責配偶者の主張がない場合においても,信義誠実の原則の適用一般に通用する考え方である。)。第1審原告代理人(当時)による「別居が一定期間継続した後に行われる離婚の訴訟では(中略)日本の法律のもとでは離婚が認められてしまう」という極端な破綻主義的見解(甲5,有責配偶者からの請求でない限り,他にどのような事情があろうと,別居期間がある程度継続すれば必ず離婚請求が認容されるというもの)は,当裁判所の採用するところではない。
 本件についてこれをみるのに,婚姻を継続し難い重大な事由(話し合いを一切拒絶する第1審原告による,妻,子ら,病親を一方的に放置したままの7年以上の別居)の発生原因は,専ら第1審原告の側にあることは明らかである。他方,第1審被告は,非常に強い婚姻継続意思を有し続けており,第1審原告に対しては自宅に戻って二女と同居してほしいという感情を抱いている。

 離婚を認めた場合には,第1審原告の婚姻費用分担義務が消滅する。専業主婦として婚姻し,職業経験に乏しいまま加齢して収入獲得能力が減衰し,第1審原告の不在という環境下で亡一郎及び子2人の面倒を一人でみてきたことを原因とする肉体的精神的負担によるとみられる健康状態の悪化に直面している第1審被告は,離婚を認めた場合には,第1審原告の婚姻費用分担義務の消滅と財産分与を原因として新田のマンションという居住環境を失うことにより,精神的苦境及び経済的窮境に陥るものと認められる。

 二女もまた高校生であり,第1審原告が相応の養育費を負担したとしても,第1審被告が精神的苦境及び経済的窮境に陥ることに伴い,二女の監護・教育・福祉に悪影響が及ぶことは必至である。他方,これらの第1審被告及び二女に与える悪影響を,時の経過が軽減ないし解消するような状況は,みられない。

 第1審原告は,婚姻関係の危機を作出したという点において,有責配偶者に準ずるような立場にあるという点も考慮すべきである。そして,本件の事実関係の下においては,亡一郎と第1審被告との養子縁組の届出が第1審原告の同意を得ないまま行われたことは,第1審原告が亡一郎及び第1審被告との連絡を絶つという姿勢をとっていたことにも原因があるのであって,第1審被告側の信義誠実義務の原則に反する事情として評価することは,不適当である。

 同様に,第1審原告に知らせないまま亡一郎の生命保険金受取人が第1審原告から子らに変更されたこと及び第1審被告が亡一郎から実家不動産の売却余剰金の贈与を受けたことを,第1審被告側の信義誠実の原則に反する事情として評価することも,不適当である。

 以上の点を総合すると,本件離婚請求を認容して第1審原告を婚姻費用分担義務から解放することは正義に反するものであり,第1審原告の離婚請求は信義誠実の原則に反するものとして許されない。第1審原告は,今後も引き続き第1審被告に対する婚姻費用分担義務を負い,将来の退職金や年金の一部も婚姻費用の原資として第1審被告に給付していくべきであって,同居,協力の義務も果たしていくべきである。
 第4 結論
 以上によれば,第1審原告の本件離婚請求は理由がないから棄却すべきところ,これと異なり第1審原告の本件離婚請求を認容した原判決は失当であって,第1審被告の本件控訴は理由があるから,主文のとおり判決する。

 

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