障害年金は財産分与の対象になる? 判例に見る障害年金の取り扱い
障害年金は財産分与の対象になる? 判例に見る障害年金の取り扱い
財産分与とは、夫婦が共同生活のなかで形成した財産を離婚後に公平に分配することを指します。この条件にあたる財産は、単独名義であっても分与の対象です。これまでは、家裁の運用ルールでしたが、法律で、「寄与お程度が異なることが明らかでないときは、相等しいものとする」(令和8年施行民法768条3項)との規定が置かれて2分の1ルールが徹底されることになるものとみられます。
厚生年金は年金分割による分与が可能です。では、障害年金についてはどうでしょうか。
この記事では、障害年金の扱いについて判例を用いながら解説します。
基本的に障害年金は分与対象で権利は分与対象ではない
結論として婚姻期間中に受け取った障害年金は分与対象であり、離婚成立後に受け取る障害年金は分与対象ではありません。
一方、年金の受給権は他人に譲れない性質があり、どのような場合でも分与対象にはなりません。
離婚成立後に築いた財産のうち、親や親族などからの相続や贈与のように夫婦が共同で築いたものでない財産は「特有財産」と呼ばれ、財産分与の対象にはならない特徴があります。
このことから、障害年金で受け取ったお金はすべて特有財産だと考える人もいますが、これは誤りです。
障害年金は配偶者を含む家族の生活資金を含むものと考えられており、夫婦共有財産を構成する部分もあると思われます。
障害年金というのは、どのような制度でしょうか。
障害年金は、病気や怪我によって生活や仕事が制限されてしまった場合、現役世代の方も含めて受け取ることができる年金です。障害基礎年金と障害厚生年金があります。
ただし障害年金を受給する権利は個人に属するため、離婚後に受け取るお金が分与されることはありません。
一般的には、障碍者手帳の交付の要件の方が障碍者年金より緩やかですので、手帳を持っているから、障碍者年金がもらえると軽信しない方が良いでしょう。
もっとも、精神障害者健康福祉手帳の交付基準と精神の障害による障害年金の審査基準は、近しいといわれています。
したがって、近いと言われていますので、障害年金の申請をなされている方もおられるのが実情となります。障害年金には、所得制限がありますが、金370万円から408万円ですし、等級によっては就労可能であることが前提とされている等級もありますので、こうした指摘はあり得ると思います。
養育費計算時の障害年金の取り扱い
養育費を計算するときの障害年金の扱いは、どのようになるのでしょうか。
障害年金は給与所得や事業所得にはあたりませんが、養育費を計算する場合は収入の一種とみなされます。この点は、厚生年金などの取扱いと同じといえるでしょう。
養育費の計算に関わる修正要素のひとつが、「職業費」です。
総収入の15%前後は、交通費や洋服代など給与所得を得るために必要な経費、すなわち職業費としてみなされます。
したがって、一般の労働収入は職業費が織り込み済みになっているのですが、障害年金を得るために職業費はかかりません。
したがって、取得した金額を0.85で割った持ち戻した金額が、総収入として養育費の計算に用いられるのではないかと一応いうことができます。
算定表では、給与所得者の職業費の割合は概ね総収入の20パーセントから19パーセントとされており、高額所得者の方がこの割合が小さい結果になるものと思われます。したがって、職業費の調整は必要ですが、障碍年金をもらっている方の場合は、もう少し職業費が高くなる可能性もあるかもしれません。
障害年金が財産分与の対象となった事例
生活保護を受けている妻が夫に対して財産分与を求めた裁判で、さいたま家庭裁判所越谷支部令和3年10月21日婚姻費用分担審判は、次のような見解を示しました。
前述の職業費をもとにした考え方が示されています。
- 障害年金は収入にあたる
- 85で割った金額が収入とみなされる
では、その部分の説示を見てみましょう。
・障害者年金は,・・・子らのための相当額の加算もあり,受給する申立人及び子らの生活保障の一部といえるから,申立人の収入と評価するのが相当である。
・ただし,障害者年金は職業費を要しない収入であり,標準算定方式の前提となった統計数値により,全収入における職業費の平均値である15%で割り戻すのが相当である。
・そうすると,申立人の年収は,上記障害者年金130万5200円を給与収入と擬制すれば153万5529円(130万5200円÷0.85)(1円未満切捨て。以下同様)となる。
・申立人は,平成28年11月から障害者年金を受給していたということであるから,令和3年7月14日の支給決定以前についても同額をもって申立人の収入とみなす。
一方で障害年金の根拠となる症状に対する治療費は、特別な経費として考慮すべきとしています。
同時に、生活保護の給付金は収入にあたらない旨も示されました。これに対しては、実務に強い影響を持つ秋武憲一氏や松本哲泓氏の反対の執筆もあります。
・生活保護は,国が最低限度の生活を保障するとともに,その自立を助長する目的で行われているものであり,原則として世帯を単位として行い,扶養義務者の扶養等に劣後して行われるものである。
・相手方が負担すべき婚姻費用分担額算定に当たって,申立人が受給している生活保護費を申立人の収入と評価することはできない
障害年金が財産分与の対象とならなった事例
東京高判平成12年3月9日には障害年金を特有財産として評価し、財産分与の対象としなかった裁判例もあります。
東京高裁は、障害年金は、一定の障害認定を受けたことにより支給されるものであり、その個人の特性によって給付されるものであるため、原則として特有財産であるとの判断を示しました。
このように、障害年金が特有財産であり,財産分与の対象とならない可能性があるのです。
2人の子どもがいる夫婦の事例で、事故による高次脳機能障害と診断された夫が妻に対して起こした離婚裁判です。
妻が事故を理由に離婚を切り出したと訴えていますが、妻はその事実はなく夫の被害妄想であると主張。障害年金・事故の保険金・退職金の扱いが争点となっています。
障害年金は障害の程度に応じて支給されるため、このケースの障害年金に生活費の意味はなく、財産分与における夫婦共有財産にあたらないと裁判所は判断しました。
なお、障害年金の加給部分については配偶者や子の存在が考慮されているため、財産分与の対象になるとしています。
したがって、財産分与の対象になる部分とならない部分がありますので注意が必要です。この点、逸失利益部分とそうでない部分では特有財産になったり、ならなかったりする見解もあると思われますので、ご理解ください。
障害年金は年金分割されるか
障害年金を分割する考え方は、厚生年金のケースとは異なります。
一般的な考え方は、年金分割の対象にはなりませんので注意してください。
障碍者年金は、障害の状態に応じて支給される公的年金です。したがって、報酬比例部分というものが観念できませんので、公的年金制度の対象外と解するのが相当であると思われます。
では、厚生年金の「報酬比例部分」についてはどうなるのでしょうか。厚生年金の分割方法が2種類ありどちらを取るかは条件によって異なるため、分割する方法を確認しておきましょう。
年金分割とは
年金分割とは婚姻期間中に納めた年金を分割する制度で、厚生年金については年金分割による財産分与が可能です。
たとえば一方が会社で働き配偶者が専業で家事をしていた場合、離婚すると家事だけをしていた側が国民年金しかもらえないのでは不公平になるためです。
年金分割は自動的には行われないため、離婚から2年以内に手続きをする必要があります。財産分与は、令和8年改正で5年に除斥期間が延びることになりましたが、年金分割ではそのような情報が本記事時点ではありません。除斥期間に気を付けましょう。
合意分割と3号分割
年金分割には、合意分割と3号分割の2種類の方法があります。
合意分割では、夫婦の合意か裁判で決まった割合で厚生年金を多くもらった方に少ない方が分割を請求できます。
3号分割とは、「3号被保険者」に適用される制度です。
3号被保険者とは専業主婦(夫)にあたる人で、2008年4月1日以降に離婚している場合、一定の条件を満たせば合意なしに厚生年金を50%ずつ分割できます。
一方、2008年3月31日以前の厚生年金については合意分割が必要でが概ね50%ずつで
分けています。
結婚20年以上の熟年離婚の場合、年金分割の金額は、分割割合や年収、国民年金の金額などによって異なります。たとえば、年収500万円の夫と年収120万円の妻が結婚20年で離婚し、分割割合が夫6割、妻4割の場合、妻の年金は月約1万8000円増える可能性があるといわれています。
例えば、婚姻年数20年の場合、夫の年金額は分割前約16万8000円から13万1000円に下がると言われています。
障害年金の年金分割
・障害基礎年金は離婚分割の対象外です。
・障害厚生年金は、離婚分割の対象となります。
・障害年金(障害厚生年金)は、合意分割については時期に関係なく夫婦間の合意があれば可能といわれていますが、ねんきん事務所に確認ください。
しかし3号分割については、2008年4月1日以降に障害認定日があれば適用できません。すなわち、障害厚生年金の受給権者が特定被保険者である場合は3号分割は認められません。
障害認定日が2008年3月31日以前であれば、合意分割と3号分割のいずれも可能です。
どちらの分割方法を利用するかは、社会保険労務士やねんきん事務所に相談して決めてください。
離婚時の障害年金に関する注意事項
離婚時の障害年金の扱いについて、その他の注意点を解説します。
具体的な手続きの方法を頭に入れておくと、スムーズに引き続き受給できるでしょう。
配偶者加給年金の金額が変わる
障害厚生年金に配偶者の加給年金額が加算されている場合、離婚後は加給年金が受けられなくなります。
離婚時には手続きが必要で、「加算額・加給年金額対象者不該当届」を年金事務所や年金相談センターに提出しなければなりません。
手続きを行わなかった場合、加給年金が不当に支給され続けることになります。後日返還を求められることになるため、手続きはすぐに行いましょう。
障害年金を受け取る金融機関に届け出る
離婚して姓が変わったときには日本年金機構に氏名変更届を提出する必要がありますが、日本年金機構にマイナンバーが登録されていればその必要はありません。マイナンバーカードを発行した自治体に、記載内容変更の申請をするのみで手続きは完了します。
一方、年金が振り込まれる口座の氏名が変更されていないと入金が正しく行われないおそれがあるため、金融機関で変更の手続きをしておきましょう。
まとめ
障害年金の財産分与について、主な内容をまとめます。
- 婚姻期間中に受け取った障害年金は分与対象
- 離婚成立後に受け取る障害年金は分与対象ではない
- 養育費計算時の障害年金は収入として扱う
- 障害基礎年金は年金分割の対象ではない。
- 障害厚生年金の年金分割は合意分割と3号分割の2通り
- 分割される人が障害厚生年金の受給権者である場合で特定期間の全部又は一部を障害厚生年金の計算の基礎としている場合、3号による標準改定請求はできません。
- 合意分割について、平成20年以降の特定期間について3号請求があったものとみなして年金記録が改定された後に、特定被保険者に障害厚生年金の受給権が発生した場合、その障害厚生年金が特定期間の全部又は一部を障害厚生年金の計算の基礎としていた場合は特定期間を除き、改めて頭書の合意分割請求時の按分割合に基づいて年金記録が改定されます。
- 障害年金受給権者が被扶養配偶者の場合、原則として3号分割改定請求は認められますが、例外として、「300月みなし」特例を受けている場合は認められません。
離婚したときには、これらの決まりを理解して財産分与の請求を行いましょう。
離婚時は財産分与だけにとどまらず、さまざまな手続きや交渉が必要です。弁護士への早めの無料相談をおすすめします。
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