復縁を求める前夫が「愛している」などの電話をかけてくる場合

離婚した夫が元妻の自宅周辺を徘徊し、毎日のように「愛している」などの電話をかけてくる場合、それをやめさせることはできるでしょうか。

 

 菊池桃子さんのストーカー問題がとりあげられましたが、学生ならともかくいい年齢の大人の場合は、刑事的処罰しか方法がないのが現状です。仮に治療を受けるとしても、「僕と仲良くしてくれない桃子さんが悪いんだ」という他罰的発想になるのです。

 配偶者や元配偶者が、別居・離婚後に復縁を求めて本人やその家族の自宅周辺を徘徊したり何度も脅迫電話をかけてくることは珍しくありません。そして、これは本人(多くの場合は妻や元妻)とその家族にとっては、大変な不安と心身への負担となります。特に、こどもの連れ去りなどの危惧が高まります。

保護命令の対象拡大

 

 DV防止法の改正により、保護命令の対象は拡大されつつありますが、保護命令が認められるのは、身体に対する暴力があった場合又は生命・身体に対して害を加える旨の脅迫があった場合に限られ、引き続きストーカー規制法によりカバーしなければならない領域があることには変わりありません。

 そこで、このような場合、ストーカー規制法の積極的な活用を考えるべきです。

 「つきまとい等」「ストーカー行為」とは?

ストーカー規制法は、「特定の者に対する恋愛感情その他の好意の感情又はそれが満たされなかったことに対する怨恨の感情を充足する目的で」、「当該特定の者又はその配偶者、直系若しくは同居の親族その他当該特定のものと社会生活において密接な関係を有する者に対し」、①つきまとい・待ち伏せ・押しかけ・見張り、②監視していると告げる、③面会・交際の要求、④粗野・乱暴な言動、⑤無言電話、連続した電話・ファクシミリ、若しくは電子メールの送信、⑥汚物などの送付、⑦名誉を傷つける、⑧性的羞恥心を侵害する行為、を「つきまとい等」としています。

 そして、これら「つきまとい等」の行為を同じ相手に対し反復して行った場合、それは「ストーカー行為」とされます。ただし、上記の①から④の行為については、身体の安全、住居等の平穏若しくは名誉が害され、又は行動の事由が著しく害される不安を覚えさせるような方法により行われる場合に限られます。なお、同一類型の「つきまとい等」を反復した場合に限らず、上記①から⑧のうちの複数の号を繰り返す「号またぎ」の場合にも、反復して行った場合にあたると判断した裁判例があります。

 ストーカー規制法3条は、何人も、つきまとい等の行為により、相手方に身体の安全、住居等の平穏若しくは名誉が害され、又は行動の事由が著しく害される不安を覚えさせてはならないとしています。「何人も」という以上、当然、配偶者・元配偶者の「つきまとい等」の行為も、ストーカー規制法による規制の対象となります。

 ストーカー規制法をどう活用するか

 配偶者・元配偶者の「つきまとい等」の行為に対しては、ストーカー規制法に基づく以下のような対応が可能です。

  • 「警告」(ストーカー規制法4条)を求める申出

 被害者が、警察につきまとい等の行為があったことを申告し、警告を求めます。警察からの警告により、まずは相手の自覚を促し、自発的につきまとい等の自粛を求めるのです。

 平成25年の法改正により、警告を発する警察が被害者の住所地に加え、加害者の住所地、つきまとい行為等が行われた地を管轄するものにも拡大され、より申出がしやすくなりました。

 さらに、警察は、被害者から警告を求める旨の申出を受けた場合、①警告をしたときは、速やかに当該警告の内容及び日時を申出者に通知し、②警告をしなかったときは、速やかにその旨及びその理由を申出者に対して書面により通知しなければならないと規定され、つきまとい行為等を受けた被害者の関与が強化されました。

「禁止命令」の発令(ストーカー規制法5条)の申出

 配偶者・元配偶者が警告に違反し、さらに反復してつきまとい等の行為をするおそれがあるときは、公安委員会は、被害者の申出又は職務で、聴聞を行ったうえで、禁止命令を発令します。もし禁止命令に違反すれば、最高で1年以下の懲役又は100万円以下の罰金という刑罰の対象となります。

 平成25年の法改正により、警告と同様に禁止命令を発令できる公安委員会の管轄が拡大されました。また、被害者の申出があった場合の処分の有無については警告と同様の方法で通知されます。

告訴(ストーカー規制法13条1・2項)

ストーカー行為は、それ自体が犯罪行為です。ですから、配偶者・元配偶者のつきまとい等の行為が繰り返され、「ストーカー行為」と認定される程度になった場合には、警告や禁止命令を待つ必要はなく、直ちに告訴することも可能です。

 なお、告訴においては、警察に迅速に対応してもらえるよう、できれば写真・録音テープ・目撃者など、ストーカー行為の証拠を確保しておくことが望ましいでしょう。

  • 仮の命令(ストーカー規制法6条)警告を求める旨の申出を受けた警察本部長等は、つきまとい等の加害行為のうち、つきまとい・まちぶせ・押しかけ・見張りの行為があり、反復のおそれが認められるとともに、申出者の身体の安全、住居の平穏等の平穏若しくは名誉が害され、又は行動の事由が著しく害されることを防止するために緊急の必要があると認めるときは、聴聞又は弁解の機会を付与せずに、反復して当該行為をしてはならない旨の仮の命令を発することができます。

 DV防止法とストーカー規制法

 以上のとおり、DV防止法の保護命令の対象となる「暴力」にあたらない配偶者の行為について、ストーカー規制法に定食すれば同法によって処罰されます。

 このように、ストーカー規制法がDV防止法を補う形で、DV被害者の十分な保護が図られることが期待されています。最近は静岡地裁で同性パートナーにも認めた例があります。

判例

1 事案の概要等
 本件は,被告人が,別居中の妻A(以下,「A」ともいう。)及びその交際相手B(以下,「B」ともいう。)に対し,ストーカー行為をしたとされるストーカー行為等の規制等に関する法律(ただし,平成28年法律第102号附則2条により同法律による改正前のものを前提とし,以下,「ストーカー規制法」ともいう。)違反の事案であり(以下,本件公訴事実である平成28年3月31日付訴因及び罰条変更請求書による変更後の公訴事実の11の事実を,順に事実1,事実2などと略記する。),本件公訴事実を大別すると,①AとBが使用する各自動車に全地球測位システム(略称GPS)機能付きの電子機器(以下,「GPS機器」ともいう。)を取り付けたり,両名の住居等付近にビデオカメラを設置・録画したり,A方付近でA方の様子を窺ったりして見張りをしたとされるもの(事実1ないし4,8及び11),②Aに対し,同人が使用する自動車に貼り紙をしたり,メールを送信したりした際の記載内容から,行動を監視していると思わせるような事項を告げたとされるもの(事実5,7及び9),③Bに対し,同人が使用する自動車に貼り紙をした際の記載内容から,行動を監視していると思わせるような事項を告げ(事実6),また,義務のないことを要求したとされるもの(事実10)がある。
 原判決は,被告人が,事実1ないし11の外形的行為を行ったことは認定しつつ,上記②及び③のみを有罪認定し,①は有罪認定しなかった。すなわち,原判決は,ストーカー規制法2条1項にいう「特定の者に対する恋愛感情その他の好意の感情又はそれが満たされなかったことに対する怨恨の感情を充足する目的」(以下,「2条の目的」ともいう。)について,被告人とAとの関係を踏まえると,被告人にとっては,不貞行為の調査は許された行為であり,その調査には恋愛や怨恨の感情を伴わないものは想定し難いところ,調査対象の住居等の平穏を害さず,又は,行動の自由を著しく害される不安を覚えさせずに行うことはほとんど不可能であるから,不貞調査に恋愛や怨恨の感情を伴うことをもって,2条の目的があるとするのは相当でないとして,不貞調査として目的の範囲内の行為については,恋愛や怨恨の感情を伴っていても,2条の目的は認められないと解すべきとした。
 2 控訴の趣意
 (1) 検察官の控訴趣意
 検察官の控訴の趣意は,検察官大久保仁視作成の控訴趣意書記載のとおりであるから,これを引用する。論旨は,要するに,本件公訴事実の一部について,2条の目的がないとし,ストーカー行為に該当しないとした原判決には,法令適用の誤りないし事実誤認があり,被告人には,本件公訴事実全部について,ストーカー規制法違反が成立する,というものである。
 これに対する弁護人の答弁は,主任弁護人中松洋樹及び弁護人平田秀規連名作成の答弁書記載のとおりであり,論旨は,要するに,検察官の控訴には理由がない,というものである。
 (2) 弁護人の控訴趣意
 弁護人の控訴の趣意は,主任弁護人中松洋樹及び弁護人平田秀規連名作成の控訴趣意書記載のとおりであるから,これを引用する。論旨は,要するに,本件公訴事実の一部について,有罪認定をした原判決には,理由齟齬及び明らかな事実誤認があり,被告人は無罪である,というものである。
 これに対する検察官の答弁は,検察官古崎孝司作成の答弁書記載のとおりであり,論旨は,要するに,被告人の控訴には理由がない,というものである。
 3 当裁判所の判断
 (1) 弁護人の理由齟齬の論旨について
 弁護人は,原判決の理由中には,2条の目的を認定する判断基準について,不貞調査の場面では,不明確な基準は不適切であるとして,明確な基準を用いる一方で,不貞関係解消や慰謝料受領に向けた働きかけの場面では,先に不適切としたような不明確な基準を用いており,整合しないものであるから,理由齟齬(刑訴法378条4号)に該当するという。
 しかし,理由齟齬は,理由不備の一種であって,判決の理由が全く又は重要部分で欠如している場合と同程度の重大なものに限られるのであり,弁護人が指摘する点は,理由齟齬には該当しない。
 (2) 検察官の法令適用の誤りないし事実誤認の論旨について
 ア 検察官は,①原判決は,不貞調査としての目的の範囲内の行為を一律に規制対象から除外するが,ストーカー規制法は,社会的相当性を欠く法益侵害が重大な行為類型のみを処罰対象としており,不当な解釈である,②本件各行為の目的が単なる調査目的にとどまるとは到底認め難いし,その行為態様等から正当な行為とはいえない,とりわけ,本件のGPS機器では,事後的にではあるが,設置された自動車の無差別かつ網羅的な行動把握が可能であり,相手方のプライバシーを相当程度侵害することは明らかで,ビデオカメラの設置・撮影も,GPS機器と同様であり,かかる手法での不貞調査は社会的に是認できない,被告人の一連の行動から,本件各行為は,見張りを通じて得た情報を用いてA及びBに対する嫌がらせをするものとして,2条の目的があったと認められる,という。
 イ そこで検討するに,原審で取り調べられた関係各証拠によれば,以下の事実が認められる。
 (ア) 被告人とAは,平成18年に婚姻し,2人の子をもうけたが,平成25年10月から別居しており,その後,被告人は,面会交流時の子の言動から,Aが男性と交際していることを疑った。
 (イ) 被告人は,平成27年10月23日頃から同年12月5日頃までの間,A方駐車場で4回,後記△△駐車場で1回の前後5回にわたり,Aが使用する自動車にGPS機器を取り付けては回収することを行い(事実1,以下,公訴事実との対応関係を示す。原判決で有罪認定された事実はその旨も併記する。),その過程で,AとBが熊本市南区(以下略)所在のアパート「△△」で会っていることを把握し,同月6日頃から同月28日までの間,△△の駐車場にビデオカメラを設置しては回収することを前後8回にわたり行い(事実2はそのうちの4回),また,同月6日頃,Bが使用する自動車にGPS機器を取り付けて,同月19日頃回収し,Bの勤務先や自宅の概ねの場所を把握した(事実3)。
 (ウ) 被告人は,同月22日,Bの勤務先付近にビデオカメラを設置して回収し,記録された映像を確認し(事実4),Bの勤務先を把握し,同月28日,△△駐車場で,Aが使用する自動車のドアガラスに「告 今度から職場迄の通勤距離は丁度30kmになりますね 調査オリジナルデータは会社と友人宅にも分けて保管してますので私のPCを破壊しても無駄です 夫」という紙片を貼付して,了知させ(事実5,原判示第1の1),Bが使用する自動車のドアガラスに「告 C勤務お疲れ様です Aさんとはもうお別れですから責任取って下さいね P.Sダイビングショップのスタッフって口が軽いよね 夫」という紙片を貼付して,了知させた(事実6,原判示第2の1)。
 (エ) 被告人は,同日午後11時頃,Aが使用する携帯電話機に「彼を見捨てるのですね。貼り紙を剥がす動画を先程見ました。親切にAさんの分まで剥がしてくれた彼を見殺しにするのですね。先月の三連休には一緒に鹿児島市◇◇に泊まった間柄なのに関係ない。ですか。先ほどの録音聞かせたら泣くだろうね。そうそう,私にすぐさま連絡入れるように伝えてください。さもないと職場に内容証明が行きます。」という電子メールを送信して,了知させた(事実7,原判示第1の2)。そして,被告人は,翌29日,A方東側路上に行き,A方の様子をうかがい(事実8),同日午後3時過ぎころ,Aが使用する携帯電話機に,A方で見た事項,すなわち「二時半に**から軽貨物が役目を終えて出ていきましたね。」という電子メールを送信して,了知させた(事実9,原判示第1の3)。
 (オ) そして,被告人は,平成28年1月4日,B方北側駐車場において,同所に駐車中のBが使用する自動車に「家族や職場に知られず穏便に済ませたいなら連絡下さい。○○○-○○○○-○○○○」と記載した紙片を貼付して,了知させ(事実10,原判示第2の2),また,B方付近にビデオカメラを設置して回収し,記録された映像を確認した(事実11)。
 ウ 2条の目的について
 ストーカー行為は,対象者に不安を覚えさせるとともに,行為がエスカレートして凶悪犯罪に発展し,対象者の身体,自由又は名誉に危害を与える恐れがある行為であり,ストーカー規制法の目的は,こうした凶悪犯罪等を未然に防止し,国民が安全で平穏に暮らせる状態を確保することにある。別居中の配偶者間においては,不貞調査の際の行為に,事実上,2条の目的が認定できる例が多いといえるにしても,ストーカー行為に該当するか否かは,ストーカー規制法違反の罪の他の成立要件によって絞りをかけられているのであるから,不貞調査目的の行為であるか否か,その目的の範囲内の行為であるか否かを,殊更に考慮する必要はないといえる。不貞調査の目的の有無や,その範囲内の行為とみるか否かを検討し,その結果が2条の目的の存否を当然に左右するかのような理解は誤りであり,行為態様等から2条の目的が否定される場合や,その他のストーカー規制法所定のいずれかの要件を欠く場合には,ストーカー規制法違反の罪に該当しないとすれば足りる。このことは,対象者が,行為者に対して不貞行為を理由に損害賠償義務を負う立場であるか否かによって変わるものではなく,行為者が,対象者に対して,ストーカー規制法に該当する態様で,不貞行為の調査をしたり,不貞関係解消を働きかけたり,慰謝料請求をしたりする行動に出た場合,行為者は,正当行為として違法性が阻却されるような特殊な事情がある場合は格別,ストーカー規制法による処罰を免れないというべきである。不貞調査として目的の範囲内の行為については,恋愛や怨恨の感情を伴っていても,2条の目的は認められないとする原判決の判断は,是認できない。
 そこで,更に検討するに,前記認定事実からすると,被告人は,Aの交際相手の存在を疑い,その事実を確認しようとし,AとBの交際を知った後は,その交際の解消を求めたり,Bに対する慰謝料請求を行ったりする目的があったことは認められるが,それらの目的と,2条の目的とは両立し得る。そして,別居中の妻やその交際相手に対してであっても,事実1及び3にあるような,およそ対象者の自動車に勝手にGPS機器を取り付けて,その情報を得ることは,その両者の交際に関する事項とは無関係な情報も含めて,無差別かつ網羅的な対象者の行動把握であり,その行為態様からして,もっぱら不貞調査,不貞関係の解消要求又は慰謝料請求の目的にとどまる行為であることが明らかともいえないから,当然に2条の目的が否定されるべきものではない(なお,違法性が阻却されるような正当行為であるということもできない)。ストーカー規制法所定の2条の目的の行為といえるかは,当該行為の態様のみならず,前後の行動等の事情を考慮して判断するのが相当である。事実2,4及び11にあるような,対象者の住居等の付近にビデオカメラを設置して,その行動を把握することも同様である。
 本件においては,前記認定事実にある一連の事実経過からすると,被告人は,A及びBに対し,上記のGPS機器の取付け回収や,ビデオカメラの設置・録画を通じて得た情報を用いて,同人らがそれぞれ使用している自動車に貼り紙をしたり,Aにメールを送信したりして,単に不貞関係の解消を求めるのではなく,そのために必要とはいえないAの通勤距離や(事実5),Bの勤務先,同人が利用するダイビングショップを知っていること(事実6),貼り紙を剥がす動画を見たこと(事実7),A方に赴き,軽貨物車の動きを見たこと(事実9)など,監視していると思わせるような事項を告げたり,Bが使用する自動車に貼り紙をして,義務のないことを要求したりする行為(事実10)に及んでいる。
 こうした本件の事実関係のもとでは,一連の行為である上記の事実1ないし4,8及び11についても,2条の目的があると推認することができる。そして,後述するとおり,それらの行為は,ストーカー規制法2条1項1号の「見張り」行為に該当するし,行為の性質上,身体の安全,住居等の平穏若しくは名誉が害され,又は行動の自由が著しく害される不安を覚えさせるような方法(ストーカー規制法2条2項,以下,「不安方法」という。)によるものであることも優に認定できる。
 原判決が,事実1ないし4,8及び11について,有罪認定しなかった点は,不貞調査目的があり,その目的の範囲内の行為については,2条の目的があってもストーカー規制法の適用がないという法令の解釈をしたものか,あるいは,恋愛や怨恨の感情を伴っていても,それは2条の目的とは異質のものであるという事実認定をしたものか,必ずしも明確ではないが,2条の目的が認められないとした原判決の判断は,少なくとも事実を誤認しており,それが判決に影響を及ぼすことが明らかである。検察官の論旨には理由がある。
 (3) 弁護人の事実誤認の論旨及び主張について
 弁護人は,①被告人は,Aの不貞行為を疑い始める前までは,本件公訴事実に類するような行為はしていないし,平成28年1月5日,夫婦関係調整調停を申し立て,翌日,Bに対する慰謝料請求に関する交渉について弁護人に委任し,それ以降,AやBに対して特に働きかけを実行していないことから,原判決が有罪認定した行為は,いずれも不貞を調査する行為,不貞行為を認めさせて解消を働きかける行為,又は,慰謝料受領目的の行為にとどまり,2条の目的の行為とはいえない,②不安方法について,不貞調査並びに不貞関係解消及び慰謝料受領に向けた働きかけを受ける不安,不貞関係の現場の平穏であって,保護するに値しないものであるなどとして,不安方法の要件を欠くという。また,弁護人は,答弁書において,③事実1ないし4及び11のGPS機器の取り付けや,ビデオカメラの設置・撮影は,ストーカー規制法所定の「見張り」には該当しないともいう。
 ア ①について
 被告人が不貞を調査し,不貞関係解消を働きかけ,又は,慰謝料受領の目的を有していたにしても,2条の目的とは併存可能で,その目的が認定できることは,先に説示したとおりである。被告人が,平成28年1月6日以降に,A及びBに特段の接触を図っていないという前提に立っても(なお,被告人は,平成28年1月23日の子との面会交流の際に,子らと一緒にあえて△△を訪れてBと顔を合わせる状況を作出している),弁護士に委任するよりも前の一連の行為から,2条の目的は認定できるし,被告人がAの不貞行為を疑い始めて以降,自己の恋愛感情その他の好意の感情が満たされないことを強く認識し,2条の目的のもと,本件各公訴事実のストーカー行為に及んだとみて何ら不合理ではなく,それ以前に,特に本件公訴事実と類似する行為に及んでいないからといって,本件各公訴事実について,2条の目的を否定すべきともいえない。
 イ ②について
 事実5ないし7及び9は,被告人による告知内容からして,それぞれの対象者にとって,被告人から監視されているかもしれないと認識させ,身体の安全,住居等の平穏若しくは名誉が害され,又は行動の自由が著しく害される不安を覚えさせるに十分であるし,事実10も,被告人の要求に応じなければ,Bの家族や職場に知らせるなどするかのような内容であり,同様に不安方法に該当するし,密かに行われた事実1ないし4,8及び11も,これらを対象者が認識すれば,同様の不安を抱くことは,各行為の性質上,明らかであって,不安方法に該当することは,優に認定できる。仮に,AとBが,不貞行為を理由に被告人に対して損害賠償義務を負う立場であったとしても,不相当な態様での権利行使が許されるわけではなく,ストーカー規制法によって保護されるべき利益がないなどということはできない。
 ウ ③について
 弁護人は,事実1ないし4及び11については,機器を用いた監視行為として,同法2条1項1号の「見張り」に該当しないという。
 しかし,ストーカー規制法は,2条1項2号で「監視していると思わせるような」行為をも処罰対象にしていることからすると,電子機器を用いた「監視」といえれば,直ちに同項1号の「見張り」に該当しないという解釈が適切であるとはいえない。「見張り」は,構成要件上,対象者の住居,勤務先,学校その他その通常所在する場所(以下,「住居等」という。)付近で行われることが予定されており,必ずしもそれが要素とはならない「監視」と完全に重なり合うものではないが,監視のための電子機器等の取り付け又は設置が,対象者の住居等付近において行われれば時間的には短い場合が多いものの,文字どおり見張りをしたと解されるし,また,構成要件上,被害者が「見張り」行為の対象に置かれていることを直接,同時的に知る必要はないというべきであるから,本件で用いられたGPS機器及びビデオカメラは,得られた情報を後の時点で認識するという特徴があるものの,それが「見張り」に該当しないとの解釈は採り得ない。
 エ その他弁護人が主張する点を逐一検討しても,当裁判所の前記認定を左右しない。弁護人の論旨及び主張には理由がない。
 4 破棄自判
 そこで,刑訴法397条1項,382条により原判決を破棄し,同法400条ただし書を適用して,被告事件について更に次のとおり判決する。
(罪となるべき事実)
 被告人は,妻Aと平成25年10月頃から別居していたところ,Aが他の男性と交際していることを疑い,Aの行動等を調査し,その結果,AとBが交際していることを知り,AとBの行動等を更に調査するなどしていたが,その一連の過程で,Aに対する好意の感情又はそれが満たされなかったことに対する怨恨の感情を充足する目的で,
 第1 A(当時31歳)に対し,
 1 別表1記載のとおり,平成27年10月23日頃から同年12月5日頃までの間,前後5回にわたり,熊本県宇城市(以下略)のA方駐車場ほか1か所において,同人が使用している自動車に全地球測位システム(略称GPS)機能付き電子機器を密かに取り付け,同車の位置を探索して住居等にいる同人の動静を把握する方法により,同人の見張りをし
 2 別表2記載のとおり,同月6日午前6時37分頃から同月28日午前9時33分頃までの間,前後4回にわたり,Aの交際相手であるBが賃借する熊本市南区(以下略)所在のアパート「△△」の駐車場において,ビデオカメラを密かに設置して,同所を録画し,同所にいるAの動静を把握する方法により,同人の見張りをし
 3 同月28日午前6時30分頃,前記「△△」駐車場において,同所に駐車中のAが使用している自動車の運転席ドアガラス部分に,同人の勤務先を知っており,同人の行動を調査したデータを保管している旨を記載した紙片を貼付し,同月30日頃,同人にこれを閲覧了知させ,同人の行動を監視していると思わせるような事項を告げ
 4 同日午後11時頃,熊本県内において,自己の使用する携帯電話機から,Aが使用する携帯電話機に,Bが上記第1の3記載の紙片等を剥がすところを動画で見たこと及びAがBと一緒に同年11月21日から同月23日まで鹿児島県内に旅行したことを知っていることなどを記載した電子メールを送信して,その頃,Aにこれを閲読させ,同人の行動を監視していると思わせるような事項を告げ
 5 同月29日午後2時30分頃,前記A方東側路上において,同人方の様子をうかがうなどして見張りをし
 6 同日午後3時4分頃,熊本県内において,自己の使用する携帯電話機から,Aが使用する携帯電話機に,同日午後2時30分にA方から貨物自動車が出て行ったところを見た旨を記載した電子メールを送信して,その頃,Aにこれを閲読させ,同人の行動を監視していると思わせるような事項を告げ
 もって,同人の身体の安全,住居等の平穏が害され,又は行動の自由が著しく害される不安を覚えさせるような方法によりつきまとい等を反復して行い,ストーカー行為をした
 第2 Aと社会生活において密接な関係を有するB(当時42歳)に対し,
 1 別表2記載のとおり,平成27年12月6日午前6時37分頃から同月28日午前9時33分頃までの間,前後4回にわたり,Bが賃借する前記「△△」駐車場において,ビデオカメラを密かに設置して,同所を録画し,同所にいるBの動静を把握する方法により,同人の見張りをし
 2 同月6日頃,前記「△△」駐車場において,Bが使用している自動車に全地球測位システム(略称GPS)機能付き電子機器を密かに取り付け,その頃から同月19日までの間,同車の位置を探索して住居等にいる同人の動静を把握する方法により,同人の見張りをし
 3 同月22日午前7時8分頃から同日午前7時55分頃までの間,Bの勤務先である熊本県宇土市(以下略)所在のC株式会社環境分析部出入口付近において,ビデオカメラを密かに設置して,同所を録画し,同所等にいるBの動静を把握する方法により,同人の見張りをし
 4 同月28日午前6時30分頃,前記「△△」駐車場において,同所に駐車中のBが使用している自動車の運転席ドアガラス部分に,Bがダイビングショップを利用していることを知っており,同ショップのスタッフから聞いてBの勤務先を知っている旨を記載した紙片を貼付し,同日午前7時30分頃,同人にこれを閲覧了知させ,同人の行動を監視していると思わせるような事項を告げ
 5 平成28年1月4日午前6時8分頃,熊本県宇土市(以下略)のB方北側駐車場において,同所に駐車中のBが使用している自動車の運転席ドアガラス部分に,家族や職場に知られずに穏便に済ませたいのであれば被告人に連絡するようになどと記載した紙片を貼付し,同日午前8時5分頃,同人にこれを閲覧了知させ,同人に対し,義務のないことを行うことを要求し
 6 同日午前7時41分頃から同日午前8時19分頃までの間,前記B方付近において,ビデオカメラを密かに設置して,同所を録画し,同所等にいる同人の動静を把握する方法により,同人の見張りをし
 もって,同人の身体の安全,住居等の平穏が害され,又は行動の自由が著しく害される不安を覚えさせるような方法によりつきまとい等を反復して行い,ストーカー行為をした
ものである。
(証拠の標目)各証拠書類に併記の括弧内の記号番号は検察官請求証拠の記号番号を示す。
判示事実全部について
  Aの警察官調書(甲2,6,17ないし20。甲2は抄本。甲2,6,17ないし19は各同意部分に限る)
  Bの警察官調書抄本(甲22,27,28。甲22,28は各同意部分に限る)
  写真撮影報告書(甲8,45。甲8は謄本),捜査報告書(甲9,10,36,37,39,40,42,43,53。甲9,10は各謄本。甲39,40,42,53は各抄本)及び現場引当見分報告書(甲13,54。甲54は抄本)
  被告人の原審公判供述
  被告人の検察官調書(乙9,27)及び警察官調書(乙3ないし6)
判示第1の1及び第2の2の各事実について
  写真撮影報告書抄本(甲30)
  被告人の警察官調書(乙12ないし14)
判示第1の2,第2の1及び第2の3の各事実について
  被告人の警察官調書(乙21)
判示第1の2及び第2の1の各事実について
  Aの警察官調書(甲21)
  被告人の警察官調書(乙15ないし17,22)
判示第1の3及び第2の4の各事実について
  A(甲4)及びB(甲23,抄本)の各警察官調書
  被告人の警察官調書(乙7)
判示第1の3の事実について
  写真撮影報告書(甲46)
  被告人の警察官調書(乙24)
判示第1の4の事実について
  被告人の警察官調書(乙18,19)
判示第1の5及び6の各事実について
  Aの警察官調書(甲5)
  被告人の警察官調書(乙8)
判示第2の3の事実について
  被告人の警察官調書(乙23)
判示第2の4の事実について
  写真撮影報告書抄本(甲48)
判示第2の5の事実について
  写真撮影報告書抄本(甲49)
  被告人の警察官調書(乙25)
判示第2の6の事実について
  Bの警察官調書抄本(甲25)
  被告人の警察官調書(乙26)
(法令の適用)
 被告人の判示第1及び第2の各所為は,平成28年法律第102号附則2条により同法律による改正前のストーカー行為等の規制等に関する法律13条1項,2条2項(判示第1の1,2及び5並びに判示第2の1ないし3及び6につき同法律2条1項1号,判示第1の3,4及び6並びに判示第2の4につき同項2号,判示第2の5につき同項3号)に,それぞれ該当するので,各所定刑中いずれも懲役刑を選択し,以上は,刑法45条前段の併合罪であるから,刑法47条本文,10条により,犯情の重い判示第1の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役4月に処し,情状により刑法25条1項を適用して,この裁判確定の日から3年間その刑の執行を猶予することとする。
 罪数について補足するに,被害者ごとにストーカー行為として一罪の成立を認めるのが相当である。事実2は,1個の行為が両名に対するストーカー行為に該当することになるが,各被害者に対するストーカー行為のごく一部が重なり合っているにすぎないから,各被害者に対するストーカー行為は,観念的競合の関係になるものではない。そして,各被害者に対するストーカー行為の内容において,ストーカー規制法2条1項のある号に該当する行為と他の号に該当する行為とが混在する場合であっても,包括一罪ではなく,単純一罪とするのが相当である。
(量刑の理由)
 本件は,別居中の妻と,その交際相手の男性に対する各ストーカー行為の事案であるが,被告人は,短くない期間,Aらの行動をGPS機器やビデオカメラを用いて見張る行為に及び,そこで得た情報等をもとに,更に,Aらに対し,監視していると思わせる事項を告げるなどの行為に及んでおり,その態様が陰湿かつ執拗であることはもとより,被害者らに与えた不安感も大きい。
 被告人とAが,別居中で法律上は夫婦であったことなどの事情を考慮しても,その犯情は軽微なものとはいえず,懲役刑の選択が相当であるが,被告人には前科前歴がないことなどを考慮し,その刑の執行を猶予するのが相当であると判断した。
 よって,主文のとおり判決する。
(原審における求刑 懲役4月)
  平成29年9月22日
    福岡高等裁判所第3刑事部
        裁判長裁判官  鈴木浩美
           裁判官  岩田光生
           裁判官  岡田龍太郎

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