名古屋ヒラソル離婚法―子の引渡しをめぐる家事事件
名古屋ヒラソル離婚法―子の引渡しをめぐる家事事件
第1 親権と監護権
1 日本では、両親に親権がありますから別居していても共同親権行使ということになります。ただし、離婚後は、日本は諸外国では珍しく「単独親権」を立法政策として採用しています。つまり、離婚後は、一方のみが親権者となり、法理論上は、他方は親権者としての資格は一切持たないことになる立法政策です。
2 なお、現在、親権と監護権を分属することも認められていて、離婚に際して、親権者ではなくても、公正証書等で監護権を認められた者が養育費をもらいながら監護養育することも可能です。ただし、現実問題として、通帳の開設など法定代理人が非監護親とすると、監護の実情にあった財産管理ができないとして、裁判所は消極的な傾向にありますが、激しい親権争いをする場合などは、分属することで、親権は父親が持ち、監護権は母親が持つということはあり得る仲裁案ともいえると考えます。(東京高裁平成5年9月6日)
第2 手続きについて
1 子の引渡しについては、親権の帰趨を決めるものといってよいです。したがって、本人で調停などをするなどは基本的に間違っています。一刻も早くプロの離婚弁護士に依頼をしましょう。
2 父母間で監護者についての話し合いができるケースは、日本では白か黒かしかないので、話し合いがまとまらないケースが、葛藤が中間ラインでも多いといえます。そこで監護者を定めるには、監護者指定の裁判の申立てと引渡しの裁判、その仮処分を申し立てることになります。
第3 監護者指定・子の引渡しの判断基準
1 家事審判における監護者の指定・子の引渡しの判断においては、子の最善の利益を中心に検討されることになりますが、現実には、その中身は、父母子の三者の利益衡量の調和の観点から決められているとひも解いてもよいでしょう。
2 監護者の指定は、「過去の事実を認定して」法的評価を下すという通常の司法判断とは、異なり「子の健全な成長を促す親はいずれであろうか」を後見的に裁判所が判断するものです。しかし、父母の双方が証明した事実のみならず、職権証拠調べが妥当し、家庭裁判所調査官という探偵が、父母の諸事情や子の事情による調査を行い、それらを踏まえて決定されるのが通常です。
3 通説・判例は、比較考量をするものとして、様々なものを挙げています。これは、1980年代、アメリカでは母子優先の原則(テンダーイヤーズ)が妥当し、監護が著しく不適切でない限り母親が親権を得ていましたが、その後多くの州で父親のペアレンティングがあった方が子の段階的発達権が保障されるものと考えられます。共同親権主義に移行していることにより、比較考量の要素は、あまり諸外国で研究されなくなっています。そのため、日本で挙げられる要素も、継続性の原則、母子優先の原則、子の意向以外のものは、実証的根拠に乏しいものが多いように思います。一例を挙げると、監護能力、精神的・経済的家庭環境、監護意欲、居住環境、教育環境、従来の監護状況、親族の援助等が挙げられています。こどもの側としては、年齢、性別、心身の発達状況、兄弟姉妹との関係、従来の環境への適応状況、環境の変化への適応性が挙げられています。しかし、上記で挙げられた3つ以外は、補強証拠として使われる程度であり、それらが決定的要素になることはないと思われます。なお、フレンドリーペアレントルールといって面会交流に寛容な方に親権を与えるべきという考え方もあります。
4 原則として、裁判所としては、アメリカにおいて母子優先の原則が平等原則に反し、効力を失ったことを受けて、「新しい判断基準」を見出せない中、状況定着性理論、つまり、継続性を重視する考え方が重要視されていました。(東京高裁昭和56年5月26日)
継続性の原則は、現在も最も重要な判断要素の一つですが、臨床心理的裏付けはなく、単に状況を定着させるだけで何もしないというものですし、連れ去り後の継続性の原則も好意的に評価されたことから、実力によるこどもの連れ去りを誘発することになる「奪ったもの勝ち」現象を日本の離婚法制史に刻む理由になった。もっとも、近時の最高裁は、将来に関する問題はこどもにとっても重大かつ困難な問題であることを指摘し、必ずしも一時的な監護の継続ないし監護の継続のみならず、将来的に、こどもにとって重大かつ困難な問題を解消できる親と同居するのが子の最善の利益にかなうという観点から、今後、特に連れ去り後の継続性の原則を重視するのは相当ではないのではないか、という判断枠組みとともに、過去実績があっても経済的監護態勢なども総合的に判断した日本独自の単独親権行使に適した継続性の原則を紡ぐのが望ましいように思われます。
また、最近は、母子優先の原則を「主たる監護者」と言い換えていますが、母子優先の原則が広く妥当しています(札幌高裁昭和40年11月27日)。もともと、「主たる監護者」というのは、アメリカで単独親権を父母が選択する場合に、こどもを育てるという意味のペアレンティングを主に行うものを「主たる監護者」、面会交流をしながら子育てをすることを「従たる監護者」と呼んだのが最初であり、面会交流もペアレンティングを前提としているため、100日近いものです。したがって、日本の「主たる監護者基準」というのは母子優先の原則そのものといってよいと思います。子の出生後、主に子を継続的かつ適切に監護してきた母親を「主たる監護者」として、両親が別居した場合でも、その影響を小さくするためには、子との間の情緒的な交流や精神的なつながりがある「主たる監護者」による監護を継続するのが子の成長に重要との考え方のことで、一時的に大阪の家事抗告集中部で広まった考え方です。しかし、母親による監護よりも父母による監護が子の成長に重要との考え方も支持を得るに至っており、単独親権制度との折り合いをつけるため面会交流について寛容性を重視するフレンドリーペアレントルールを採用する判決なども出てきています。このほか、子の意向も10歳以上であれば重視されるようになっています。
第4 仮処分
1 子の監護者指定・引渡しには、仮処分をつけることもめずらしくありません。現在は、①本案の審判の見通しと限りなく近づけるべきとの見解があり、この見解は子が複数回の引渡しを経験しないでもすむように配慮するとの見解につながります。また、②実力行使により連れ去りがあった場合については、いったん原状回復させる見解は、子を奪取した者による監護の継続性は認めるべきではないとの考え方に結びついています。
個人的には、これまでの実務は、①に近かったように思うのですがそうなると仮処分は認めない方向性になりますが、本案と同時進行している場合は仮処分も認められやすくなる可能性が数次執行の可能性が低いためあるように思われます。
2 ①の代表的な判例は東京高裁平成24年10月18日です。次に、奪取の違法性についてですが、②については子連れ別居は違法ではありませんので、その取り戻しや面会交流中の引き揚げ案件が奪取の違法性がある案件とみられます。この場合は、原状回復をベースラインとしたうえで、そのうえで監護者指定の本案審判をするのが妥当とする見解が示されています。代表的な判例は東京高裁平成20年12月18日です。この事案では、連れ去りから2日で保全処分の申立てがなされたこともあるように、早く返してもらうという②をベースとするためには、弁護士による早い申立てが重要のように思われます。
3 もっとも、現在は、平成24年の数次執行を避けるという常識的考え方と、自力救済を認めないという鉄槌をすることにより結果的に数次執行を避ける荒療治の2つに分かれているように解されます。しかし、自力救済をしないと継続性の原則と主たる監護者基準、こどもの定着などから、いずれにせよ、執行が困難になることも予想され、明確な指針が我が国ではないといえると解されます。
第5 こどもの引渡し
1 ハーグ条約国内施行法などもあり、現在では、子の監護者指定・引き渡し、面会交流、いずれも「執行」に関心が集まっています。
2 一般的に、子の引渡しは直接強制で行われます。こどもは意思能力がないので物、つまりペットと同じと法的に構成して引渡し義務を認め、民事執行法169条を準用して、執行官が子を拘留する物の手から直接子を取り上げて引き渡す直接方法を認めるものとされています。すなわち動産執行に準じて直接強制を行うのが自然と考えられています。
3 近時は、こどもを「ペット」であるとか「動産」と法的に構成することが難しくなっているため、直接強制という言葉こそ使わないものの、様々な説明で民事執行法169条の類推適用により、直接強制をすることが許されることの説明が試みられていますが、最高裁事務総局が発行している執行官提要では子の引渡しについては直接強制ではないとされていましたが、2008年から、直接強制と間接強制の両論が併記されるようになっています。
第6 まとめ
1 父母の協議によって、アメリカでいう「主たる監護者」、つまり現実に育てていく人を置くことができない場合は、継続性の原則や母子優先の原則ではなく、子の監護者として、明らかに適格性の差異が認められる場合は、子の利益のため、子の意思も尊重しつつ、監護者を定めるべきように思われます。
2 問題は、監護者の適格性に有意な差異がない場合で、東京では共働きなどのため、監護の量、質ともに変わらない共稼ぎ家庭の離婚も増えています。この場合、非常に「微妙」な比較考量で、一方を監護者にすることになりますが、わずかな差異で子どもを引き渡すことが子の利益につながるかはわかりません。特に、我が国では、一度、監護者でなくなってしまうと、面会交流も年間10日程度できるにすぎず、刑務所での家族との面会よりも少ないと揶揄されるなど、こどもとの接触が極めて難しくなります。また、保育園、幼稚園、小学校などの情報も、非監護親は得ることができなくなり、微妙な差異が次第に大きな差異になり、結果「絶縁」など子の利益に適わない事態を生じています。特に、確かに離婚してまでこれら情報を知られたくない気持ちもあるかもしれませんが、これらは、こどものペアレンティングをする基本的な情報となり、親であればアクセスすることが保障されるべき情報のように思われます。
3 かような点については、親教育、面会交流の少なくとも50日程度までの拡大、面会交流支援などを厚生労働省などの福祉機関で実施する態勢などが必要と解されます。そもそも、家裁で扱われる事件の多くは、縁切りでもなければ、離婚しても非常に仲が良いものでもない中間的なラインがほとんどです。そして、こどもに会わせないなどの行動を一方がとると激烈な対立になるのであって、こうしたことを緩和する支援作りが喫緊の課題といえそうです。いずれにせよ、子の福祉とは、父母子の3者の利益の利益衡量なのであって、一例を挙げれば母親などの監護親の都合で別居ないし離婚しても、子への情緒的負担を減ずる方法をとるべき義務があるのではないかと解されます。
そのような意味で、フレンドリーペアレントルールは、ペアレンティングを離婚後も父母で行う余地を残すものといえ、今後、単独親権制度の我が国では、面会交流を拡大していくため、子の立場に立った立法政策が必要になるように思われます。