最判令和8年6月5日の判例批評―離婚届等を見せられた場合の不貞慰謝料の破綻の過失の認定―
最判令和8年6月5日の判例批評―離婚届等を見せられた場合の不貞慰謝料の破綻の過失の認定―
~尾島裁判官補足意見への反論も含めて~
2026年6月7日脱稿
服部勇人(法務博士(立命館大学)、弁護士(日本家族社会学会所属))
https://www.courts.go.jp/hanrei/96060/detail2/index.html
一 事実の概要
被上告人(以下「X」という)とAは、平成19年7月に婚姻の届出をし、長男・二男・長女の3人の子をもうけた。Aは令和4年秋頃から、上告人(以下「Y」という)が代表者を務める飲食店に勤務した。Yは令和5年3月に自己の配偶者と離婚済みであり、当該飲食店に隣接する建物(以下「Y宅」という)を事務所兼住居として使用していた。
XとAの夫婦関係は、Xの自己破産及び子らの養育への不関与等を原因として悪化し、令和5年6月頃には、同居しながらも会話はほぼ皆無となり、専ら電子メールにより用件を伝え合う状態となった。
Xは同月、Aに対し離婚を考えている旨を告げ、Aはこれに異論なく了承した。Xは同年7月、養育費等について弁護士に相談する旨をAに伝えた。
Yは令和5年6月頃、AからXとの離婚を考えている旨を告げられ、以降、離婚に関する相談を受けるようになった。Aは同年8月頃、Xから家計別管理及びプライバシー不干渉を提案する電子メールを受けてこれに同意し、「離婚したも同然の状況」と考えた。Aは離婚届用紙を入手して自己の欄を記入し保管した(以下「本件離婚届」という)。
Aはこの頃Yに好意を抱くようになり、令和5年8月頃、Yに対して本件離婚届を示しつつ離婚の意思を伝えるとともに、家計別管理・プライバシー不干渉提案に係るXとAの間の電子メールのやり取りをYに見せた。YはAの好意に応え、Y宅での食事や会話を通じて関係を深めた。Aは令和5年10月9日深夜及び同月15日深夜にY宅に滞在した(肉体関係の存否は原審と第一審で認定が分かれた)。
Aは同月、Xに本件離婚届を渡して離婚の決断を促し、XとAは令和5年11月14日、協議離婚した。Xは、Yに対し不法行為に基づく慰謝料等の支払を求めて本件訴訟を提起した。
二 判旨(要旨)
原審(高松高等裁判所)は、YとAとの間に令和5年8月頃から肉体関係があったと推認しつつ、YがAの既婚を知りながら肉体関係を持ったと認めるには足りないとして故意を否定したものの、「離婚したとか婚姻関係が破綻しているなどと虚言を弄して不貞行為に及ぶ者が多いことは世上よく知られているところであって、これを鵜呑みにするのは注意が足りない」として、YがAの「離婚した」との報告を信ずるについての相当の理由がないとして過失を認定し、Xの請求を一部認容した。
最高裁は、以下の理由により原判決を破棄し、高松高裁に差し戻した。YはもともとAが既婚者であることを認識していたが、肉体関係を持つまでに、AからA自身の離婚の強固な意思を示す本件離婚届を見せられ、Xが家計別管理を提案したとの告知を受け、プライバシー不干渉提案に係るXとAの間の電子メールのやり取りを見せられていた。かかる事実関係の下では、YがXとAとの婚姻関係が既に破綻していると信じ、かつそう信ずるについて相当の理由があったとみる余地がある。
したがって、「Aが離婚したと信ずるについての相当の理由がない」という一事のみをもって、婚姻関係が破綻していたと信ずる相当の理由の有無を検討することなく直ちに過失ありとした原審の判断には、「過失に関する法令の解釈適用を誤った違法がある」。
(尾島裁判官補足意見の要旨)
第一に、不貞慰謝料と離婚慰謝料は訴訟物を異にする。不貞慰謝料は、配偶者の婚姻共同生活の平和の維持という権利利益の侵害を根拠とするものであり(平成8年判例)、離婚慰謝料は、第三者が単に不貞行為に及ぶにとどまらず、夫婦を離婚させることを意図して婚姻関係に不当な干渉をして離婚のやむなきに至らしめたという特段の事情を要するものである(平成31年判例)。本件訴訟物は不貞慰謝料と理解するのが自然であるが、第一審・原審とも「離婚を余儀なくされた」という離婚慰謝料的記載をしており、訴訟物が曖昧な場合には裁判所は釈明権を行使して明瞭な審理をすべきである。
第二に、不貞慰謝料請求の審理においては、以下の順序による審理が必要である。まず、肉体関係の存否を確認し、認められない場合は請求棄却。次に、婚姻関係が客観的に破綻していたか否か及びその時期を審理し、肉体関係に先行して破綻していた場合は、第三者の認識のいかんを問わず請求棄却。客観的破綻が認定されない場合には、第三者が婚姻関係の破綻を信じ、かつそう信ずるについて相当の理由があったか否かを審理し、相当の理由があれば過失なしとして請求棄却、認められない場合に初めて請求認容の余地が生じる。
第三に、本件では以下の事実が婚姻関係の破綻をうかがわせる事実として主張立証されていた。①夫婦間の会話がほとんどなくなり電子メールで用件を伝え合うのみとなった、②被上告人の離婚提案にAが了承した、③AがYに離婚の相談をした、④被上告人が養育費について弁護士に相談に行く旨をAに伝えた、⑤被上告人がAに家計別管理・プライバシー不干渉を提案しAが同意した、⑥AがすぐにでもXと離婚できるよう離婚届を用意し自己の欄を記入した、⑦AがYに離婚届を見せ離婚意思を伝えた、⑧AがYに家計別管理合意及びプライバシー不干渉提案の電子メールを見せた、⑨Aが被上告人に離婚届を渡して決断を促し程なくして協議離婚が成立した。これらの事情に照らせば、客観的破綻の有無・時期又は上告人が破綻を信ずるについての相当の理由について審理判断する契機は十分にあった。
第四に、裁判所及び当事者は、「安易で紋切り型の判断に陥らないよう」平成8年判例及び平成31年判例の趣旨を十分踏まえた審理・訴訟活動を行わなければならない。
三 評 釈
1 故意・過失の要件と本件における問題の所在
不貞行為に基づく慰謝料請求は民法709条の不法行為を根拠とし、その成立には加害者の故意又は過失が要件となる。故意とは「自己の行為により一定の結果が発生すべきことを認識しながら、その結果発生を認容して、その行為をあえてするという心理状態」をいい、過失とは「自己の行為により一定の結果が発生すべきことを認識すべきであるのに、不注意のためその結果の発生を認識しないでその行為をするという心理状態」をいう。故意と過失は段階的に理解され、いずれかが存在すれば足りる過失責任の原則が民法上採用される。なお、古風な用語では「人妻と通ずる事件を起こすこと」を過失と呼んだこともあったとされるが、ここでいう故意・過失は民法上の法的概念にほかならない。
最判昭和54年3月30日は、配偶者がある者と親密な異性関係をもち、その配偶者に精神的な損害を与えることについて故意又は過失があった者は、その配偶者に対し損害賠償責任を負う旨を判示しており、不貞行為に基づく不法行為の成立を認めた先例として位置づけられる。
不貞行為における故意・過失の対象については、①不貞行為時において相手に配偶者がいること(婚姻関係の存在)の認識で足りるとする見解と、②婚姻関係の存在のみならず、その婚姻関係が破綻していないことの認識までを要するとする見解の2つがある。裁判例にはいずれの立場もみられ、何についての認識が問題となっているかを整理する必要がある(林田敏幸「不貞慰謝料請求事件における過失の認定について」判タ1452号(2018年)参照(4))。体系的には、配偶者の権利の侵害を絶対権侵害と捉える立場もあるが、むしろ故意による公序良俗違反の行為態様に限り不法行為の成立を認める解釈論も有力であり、この場合、過失で足りるとする要件論についてはあらためて再考の余地が生ずる。実務上は過失で足りることを前提として事件処理が行われており、本稿もこれを前提とする。
また、不貞行為に至るまでの経緯における配偶者本人の関与が、慰謝料額の算定において考慮される場合がある。東京地判平成28年5月9日(平26(ワ)30524)は、不貞相手に対する慰謝料請求につき、不貞相手については夫の離婚を安易に信じた過失が認められるとしながら、その主要な責任は虚偽の説明をした夫にあるとして慰謝料額を算定した。本件においても、被上告人自身が離婚に向けた準備を主導していたことは、差戻し審における損害額算定の一考慮事情となり得る。
以上を踏まえ、本件において問題となるのは、実務において「不貞行為=過失あり」という単純図式が横行し、故意・過失の審査が形式化しているという点である。最判平成8年3月26日(1)(以下「平成8年判例」という)が要請する判断枠組みが省略ないし形骸化される傾向は、少なくない下級審判例においてみられる。
本判決は、この問題を最高裁として正面から捉え、「過失に関する法令の解釈適用の誤り」として原審を破棄した点において先例的意義が大きい。本件が呈示する核心的問題は、(ⅰ)「Aが離婚したと信じた」こと、(ⅱ)「婚姻関係が破綻していたと信じた」こと、(ⅲ)「婚姻関係が客観的に破綻していた」こと——この三命題の関係を整理しないまま過失を認定した原審の誤りにあり、本判決の意義はこれら三者を明確に区別し段階的な審査を要請した点にある。
2 故意・過失の判断構造――三段階の審査枠組み
(1)平成8年判例の意義の再確認
平成8年判例は、配偶者の不貞相手が他方配偶者に対して不法行為責任を負う根拠を「婚姻共同生活の平和の維持という権利又は法的保護に値する利益」の侵害に求め、婚姻関係が既に破綻していた場合には「特段の事情のない限り」第三者は責任を負わないと判示した。この判示は、客観的破綻が認められる局面では、第三者が破綻を認識していたか否かを問わず、原則として不法行為が成立しないことを意味する。婚姻関係が既に破綻している以上、「婚姻共同生活の平和」という保護法益そのものが存在せず、第三者が侵害できる権利客体がないためである。
(2)本判決から読み取られる三段階の審査枠組み
本判決及び尾島裁判官補足意見から帰納される審査構造は、以下の通りである。
第一段階は、不貞行為(肉体関係)の存否の確認である。不貞行為が認められなければ請求は棄却となり、以降の審理は不要である。
第二段階は、婚姻関係の客観的破綻の有無及び時期の審理である。婚姻関係が肉体関係の時点で既に客観的に破綻していたと認められれば、第三者の主観的認識の有無を問わず請求は棄却となる(平成8年判例)。破綻の時期と肉体関係の時期との先後関係が重要であり、この判断は第三段階の審理とは独立した問いである。
第三段階は、第三者の主観的破綻認識の審理である。第二段階において客観的破綻が認定されない場合、第三者が主観的に「婚姻関係が破綻していた」と信じ、かつそう信ずるについての相当の理由があったか否かを審理する。相当の理由が認められれば過失なしとして請求は棄却。相当の理由が認められない場合に初めて請求認容の余地が生じる。
この三段階の順序を誤り、第三段階の一部(「離婚したと信じた」か否か)のみを検討して審理を終えることは、法令解釈の誤りとなる。これが原審の犯した誤りであり、本判決の核心的判示である。
(3)「離婚した」と「婚姻関係が破綻した」の区別
本判決が明示した重要な論点は、「配偶者と離婚したと信ずるについての相当の理由」と「婚姻関係が破綻していたと信ずるについての相当の理由」が別個の問いであるという点である。第三者が「配偶者はすでに離婚した」と信じ、かつそう信ずるについての相当の理由があれば、独身者と交際したのと同様であり故意・過失は認められない。
しかし、「離婚したと信ずるについての相当の理由がない」という判断は、故意・過失の否定根拠のひとつが否定されたにすぎない。そこから直ちに「過失あり」に至ることは論理的誤りである。
すなわち、改めて「婚姻関係が破綻していたと信ずるについての相当の理由があるか」という別個の問いを立てなければならないという点が令和8年判例の意義となる。原審はまさにこの飛躍を犯した。本判決はこれを正したものである。
3 主観的要件の証明責任と実務的含意
故意・過失は不法行為の要件であり、証明責任は原則として原告(被上告人)側にある。
しかし実務では、既婚者と知りながら不貞に及んだことが証明されると、事実上の過失推定が作動しがちである。
しかも、職場が一緒であるという事実があると既婚者であることを知っていたと認定する例もあり、既婚者と知りながら、という定式もかなり形骸化している裁判体も存在していた。
本件原審が援用した「虚言を弄する者が多いことは世上よく知られている」という経験則は、まさにこの推定を支える機能を果たしてきた。
本判決はこの経験則の無制限な適用に歯止めをかける。第三者が口頭での告知のみならず、実際の離婚届・家計分離合意に係る電子メールという書証相当の客観的資料を提示されていた場合には、当該経験則をもって「鵜呑みにするのは注意が足りない」と断ずることは許されず、改めて「相当の理由があったか否か」を正面から審査しなければならない。
この文脈で重要なのは、不法行為法の行為責任主義との関係である。行為者の主観的認識を問わず婚姻関係の存在のみをもって過失ありとするならば、それは事実上の結果責任であって、民法709条の故意・過失要件を骨抜きにするものに等しい。「既婚者と知った以上は調査義務が生じる」という実務傾向が内包するこの問題は、学説が長年にわたって指摘してきたところであった。本判決はかかる批判と軌を一にするものとして評価できる。
4 尾島裁判官補足意見の意義
本判決における尾島裁判官補足意見は、法廷意見を補足する以上の内容を含んでおり、実務的に特段の重要性を有する。ただし、尾島裁判官補足意見は、いささか多くの下級審の潮流と見解を異にすると思われるものであって、法廷意見そのものと見るのは相当ではないであろう。とりわけ尾島裁判官補足意見の誤謬はそもそも平成8年判例の現代的評価を誤っている点にあるように思われる。
第一に、不貞慰謝料と離婚慰謝料の訴訟物の区別を明確にした点である。補足意見は最判平成31年2月19日(2)(以下「平成31年判例」という)を参照した上で、本件の訴訟物を不貞慰謝料と理解するのが自然であると整理した。その上で、訴訟物が曖昧な場合には裁判所は釈明権を適切に行使して明瞭な審理をすべきであると説く。
この点は、いまだ弁護士でも訴訟物の違いを認識しておらず、不貞相手に離婚慰謝料を請求していると思われる訴状を提出しているものもみられるので注意を要することは尾島裁判官補足意見指摘のとおりである。
離婚を余儀なくされたとの記載は離婚慰謝料的定式として読まれやすいが、平成31年判例の「特段の事情」を充たさない以上、離婚慰謝料請求として構成する実益はない。不貞慰謝料と離婚慰謝料の区別は訴訟戦略上も重要であり、両者の混同は適切な法的救済の障害となりうる。特に平成31年判例を知らない弁護士は混乱している例が散見される。
第二に、本件事実関係を踏まえた「婚姻関係破綻をうかがわせる事実」の具体的列挙である。補足意見は①から⑨にわたる事実(夫婦間の会話の欠如・電子メールによる離婚了承・弁護士相談の告知・家計別管理合意・離婚届の用意とYへの提示等)を摘示し、「婚姻関係の破綻の有無や時期又はその破綻を上告人が信ずるについての相当の理由について審理判断する契機は十分にあった」と断じた。これは差戻し審に対する実質的な審理指針として機能する。
第三に、下級審実務への警鐘である。「安易で紋切り型の判断に陥らないよう」求め、平成8年判例及び平成31年判例の趣旨を踏まえた必要かつ適切な訴訟活動を当事者・裁判所の双方に要請した。たしかに、不貞慰謝料訴訟が件数が多い割に裁判所側の研究はほとんどなく、裁判官の思い込みや人生観ないし貞操感によって大分進行が異なる。他方で、主観的要素に関する証拠は原告側では入手が難しい下級審の工夫と見ることもできる。
この限度で、「安易で紋切り型の判断に陥らないよう」求める裁判長裁判官による補足意見という形式は、最高裁が下級審実務に対して強い警告を発する手法として機能するものであり、その重みは相当程度に認識されなければならない。しかし、立証の負担を重たくするなどは簡易迅速の解決とは真逆の要請であり、低額化が進む不貞慰謝料につき、むしろ、弁護士費用も訴訟追行のみならず事実の調査のために必要であると考え、多めに認めるなどの配慮も本来必要ではないか。
5 本判決の射程と残された課題
(1)「相当の理由」の認定基準
本判決は「相当の理由があったとみる余地がある」として差し戻したにとどまり、相当の理由の具体的認定基準を直接示してはいないため、この令和8年判例の評価は事例判例であるのか、意見が分かれるところであろう。
本件の特殊性は、第三者が離婚届の現物及び電子メールという客観的資料を提示されていた点にある。より弱い事情——口頭のみの「離婚する」との告知、一時的な別居の事実——が相当の理由に足るかは、差戻し審及び今後の下級審の展開に委ねられた問題として残る。
相当の理由の認定が依然として厳格に運用されるならば、第三者に事実上不可能な調査義務を課す構造は温存される。住民票の閲覧も配偶者の家族への確認も現実的な対応ではない以上、口頭告知が「相当の理由」として扱われる余地がなければ、行為責任主義の空洞化は解消しない。
本判決が客観的資料の提示を有力な根拠として位置づけた点は賛否両論あるであろうが、これらが客観的資料のメルクマールといえるのか、その適切さは残課題である。
(2)客観的破綻認定との関係
差戻し審においては、まず客観的破綻の有無・時期を確定した上で、これが認められる場合は主観的審査に至ることなく結論が定まる。
この審査手順は意外と不貞慰謝料実務を変貌させるかもしれない。なぜなら、一般的には、不貞慰謝料は、要件事実論では、故意・過失は請求原因事実であり、婚姻破綻の抗弁は、その名の通り抗弁に位置づけられるからである。そうすると、一般的に、従来の裁判例は、故意・過失から審査していたが、尾島裁判官補足意見によると、まず客観的破綻の有無・時期を確定する必要に迫られることになる。
そして、客観的な婚姻関係の破綻が認められない場合にはじめてYの主観的破綻認識と相当の理由の審査に移行するという順序の厳守が求められることになりそうである。
しかしながら、これは、一般的な要件事実論からの論理的帰結とは矛盾するものであり、尾島裁判官補足意見がどの程度、定着するかは今後の実務運用を見ていく必要があるように思われる。
この二段階の峻別が本判決の要諦であり、差戻し審に対する最大の課題でもある。
(3)実務への影響
本判決を踏まえた被告(第三者)の防御は次のように整理できる。まず、客観的破綻の抗弁(平成8年判例)を主張立証する。これが認定されない場合に備え、主観的破綻認識と相当の理由を主張立証する。後者においては、本件のような書証相当の客観的資料(離婚届・電子メール等)が有力な証拠となる。原告側においても、訴訟物の特定を冒頭から明確にし、離婚慰謝料として請求する場合には平成31年判例の「特段の事情」の主張立証を意識することが不可欠である。
6 判例評釈
以下、本判決の射程に関する筆者の見解を付記する。判例評論の趣旨は、法廷意見が、「離婚したとの誤信」と「婚姻関係破綻の誤信」を区別した点には賛成できるし、これまでの実務上、理論的にはそのように整理されてきたと考えられ、特段目新しい議論ではないように思われる。しかし、原審・高松高裁が、「離婚状態的」であるという叙述をしたのは、そのような主張や証拠が被告から多く出されていたからであるともうかがえ、破棄差戻す必要まであったか疑問である。
本件のように同居が継続し、ましてや未成年の子どもが存在し、離婚調停・ADR等の公的手続も開始されておらず、離婚届も一方配偶者が一方的に記入したというにとどまるといった事実関係の下において、破綻誤信の相当理由を審理すべきとして差し戻した点には若干の疑問がある。
(1)本判決の法令解釈への評価――大筋同調
筆者は本判決の法令解釈に大筋同調する。「Aが離婚したと信ずるについての相当の理由がない」という一事から直ちに過失を認定した原審の論理的飛躍を是正し、「婚姻関係が破綻していたと信ずるについての相当の理由の有無」を別個に審査すべき旨を明示した点は、平成8年判例の趣旨に適合するものとして評価できる。やはり、「配偶者がいることの認識」や「離婚していることの認識」のみでは不十分であり、平成8年に照らした過失が要求されると解すべきである。ただし、高松高裁がいいたかったのは、単に「破綻状態」を「離婚状態」とワーディングしたに過ぎないのではないかとも思われ、いささか「戻り判決」が過ぎるようにも思われる。
また、尾島補足意見が不貞慰謝料と離婚慰謝料の訴訟物の区別を強調した点にも共感する。平成31年判例が訴訟物というレベルで提示した整理は、下級審に未だ十分浸透しているとはいえず、実務への啓発として意義深い。
(2)差戻し不要・自判すべき――筆者の反対意見
しかしながら、仮に原審の措辞に多少不適切な点があるとしても、本件事実関係に照らせば、上告を棄却すべきであった。尾島補足意見が縷々指摘する事情を考慮しても、本件において同居しており、未成年の子どもがおり、離婚調停ないし離婚ADRを提起していたなどの特段の事情がなければ客観的婚姻破綻事由は認められず、婚姻関係が破綻していると信ずるについての相当の理由もまた認められないからである。
(3)婚姻破綻のメルクマールと同居の意義
一般に、婚姻破綻の主要なメルクマールは「別居」である。同居を継続しながら婚姻が破綻していると認定されるのは、実務上、離婚調停が提起されている時に限られるといっても過言ではない。家庭内離婚・家庭内別居といった概念が客観的破綻の根拠として機能する余地はほとんどない。
平成8年判例の田中調査官解説(最高裁判所判例解説民事篇平成8年度)において様々な破綻類型論が示されており、この時期に当時は「家庭内離婚状態」又は「家庭内別居」という破綻事由もカテゴライズされたが、この類型論は下級審実務にはほぼ定着することなく今日に至っている。
そして、平成8年判例の事案自体が別居前提の判例であることには注意を要する。すなわち、平成8年の判例は、別居後凡そ2か月を経た時点で婚姻破綻を認定した事例であることは看過できない。したがって、地方裁判所では、客観的な婚姻破綻は別居後2か月程度がメルクマールとされているのであって、平成8年の判例は「家庭内別居」や「家庭内離婚」について判断した判例ではない。
家庭裁判所の実務(離婚訴訟・調停)では、別居の事実をもって婚姻破綻と見る傾向が強い。
しかし、上記で述べたように、地方裁判所が審理する不貞慰謝料訴訟において、平成8年判例の破綻抗弁が認められるためには、少なくとも別居から2か月程度の期間が経過することが実務上の相場観であり、裁判官によっては別居から6カ月から10カ月程度を求める場合もある。
したがって、地裁と家裁では判断基準が経験上異なり、別居直後に直ちに破綻が認定されるわけではないのであって、地裁では婚姻破綻の抗弁が認められることはほとんどないと評価されるゆえんでもある。
本件において別居はなく、調停・ADR等の公的手続も一切履践されておらず、客観的破綻の認定は困難である。
(4)本件具体的な主観的事情の評価
本件においてYに提示された「本件離婚届」は、AがA自身の欄を記入したにすぎず、Xのサインはない。Xが署名した離婚届であれば評価は別論であるが、本件はそのような事情ではない。
Aの一方的な記入は、Aの一方的な離婚意思の証拠にはなり得ても、夫婦双方が離婚に合意した証拠とはならない。
また、電子メールに示された家計別管理・プライバシー不干渉の提案は、一例を挙げれば、こどもがいない共稼ぎカップルを中心にあり得ることであり、直ちに、夫婦関係の悪化を示す一事情となるのかすら疑問である。特に、同居をしている場合、水道光熱費など多くの経費を共同しており、家計別管理という前提自体に合理的な疑いを指し挟む余地がある。また、こどもがおり同居している場合のプライバシー不干渉というのも、こどもの最善の利益と不貞の利益を天秤にかけることになりかねず、事例に即して社会的相当性があるか疑問である。
それゆえ、婚姻破綻を信じるにつき相当な理由を基礎づけるには足らない。「もう間もなく離婚する」ないし「破綻している」という甘言は既婚者との不貞交際に際してしばしば用いられる常套句であり、これを軽々と信じたことに「相当の理由」を付与するには根拠が脆弱である。
(5)尾島補足意見が招くリスク――①〜⑨の全事情を検討する
尾島補足意見が「婚姻関係の破綻をうかがわせる事実」として列挙するのは以下の①〜⑨である。①夫婦間の会話がほとんどなくなり電子メールで用件を伝え合うのみとなった、②被上告人の離婚提案にAが了承した、③AがYに離婚の相談をした、④被上告人が養育費について弁護士に相談に行く旨をAに伝えた、⑤被上告人がAに家計別管理・プライバシー不干渉を提案しAが同意した、⑥AがすぐにでもXと離婚できるよう離婚届を用意し自己の欄を記入した、⑦AがYに本件離婚届を見せ離婚意思を伝えた、⑧AがYに家計別管理合意及びプライバシー不干渉提案の電子メールを見せた、⑨AがXに離婚届を渡して決断を促し、程なくして協議離婚が成立した。
しかしながら、これら①〜⑨の全事情を考慮しても、私見は客観的破綻の認定は困難であるうえ、進んで、客観的破綻と主観的破綻の要素は大きく異なることはない。これは刑法の事実の錯誤論からいっても裏付けられる。
それゆえ、尾島裁判官補足意見がいう、①~⑨は、主観的破綻の認定要素の一事情又は損害額の減額要素になるかもしれないことは否定できない。しかしながら、客観的破綻事由の事実の錯誤がなければ、Yにおいて、婚姻関係の破綻を信ずるについての相当の理由も認められないのではないか、と解する。
なぜなら、①(会話がない)は、夫婦間の会話の断絶という関係悪化の一事情にすぎず、家庭内不和があっても同居がある以上、通常、破綻を基礎づけない。②(離婚提案を了承した)は、Aが離婚提案を「了承」したことを示すが、了承の真摯さを問うべきであり、例えば、LINE上のやり取りであるとか、売り言葉に買い言葉といった場合の際は、了承が真摯になされたものとはいえず、離婚が身分関係に関するものである以上、メールやLINEでの了承があるとのアピールをもって、むしろ、そのような甘言こそ不貞の際にしばしば行われるものではないか。これらと例えば離婚調停などにおける離婚合意の確定は別であり、翻意の余地は残る。
③(不貞相手への離婚相談)のAからの離婚相談は、むしろ、一般的に、配偶者の悪口ないし愚痴を不貞相手に述べるなどして、結果同居中に不貞に至るケースがしばしば存在するところであって、不貞相手に同居中に悩み相談をして、ひいては「離婚したい旨申し向ける」などが、不貞行為に至る王道のケースであり、何ら、客観的破綻要素の事実の錯誤はなく、主観的破綻要素ではない。
④(弁護士相談)は被上告人が弁護士相談をする旨の告知であるが、弁護士に対する相談は、一般的にカルテのような開示も得られず相談内容もあるうえ、離婚に至らない夫婦でも離婚相談をすることは稀ではないのであって、これをもって、主観的破綻要素とするのは相当ではなく、むしろ弁護士相談が不倫の口実に使われかねないというべきものである。
⑤(家計が別)の家計別管理・プライバシー不干渉の合意は、家族や夫婦の多様化が進む中、婚姻初期ではむしろ家計別管理をするのが普通であるし、殊更に、趣味などのプライバシーに干渉しないようになっている夫婦も見られることであり、他方、こどもも含めた同居状態が続いている場合、婚姻共同生活の平和という平成8年の判例からみても、やはり、主観的破綻要素と見るのは相当に無理がある。(例外的なのは、事実上二世帯住宅のようにして生活スペースを分け、物理的に鍵をかけているケースなどである。)
これらは、円満な同居を前提として、家庭裁判所で、なお、家庭内調整としても想定できるものであり、別居や調停提起とは全く性質を異にする。
尾島裁判官補足意見は、AがYに離婚届を見せたことやメールを見せたことなどについて、⑥〜⑧でAの主観及び行動からYの主観的破綻要素が影響を与える点を説く。
しかし、社会通念上、本件離婚届はAが自己の欄を記入したものにすぎずXの署名を欠く以上法的に無意味なものである。これを「離婚の合意の証拠」と評価することはできないし、こうした偽造とはいえなくても、簡単に作出できるうその離婚届を用意して不貞相手に示すことができる以上、これをもって相当な理由があると評することはできないというべきであろう。
⑨の協議離婚の成立は、肉体関係が生じた後の事情であり、むしろ不貞行為の因果で離婚が成立したと評価する方が社会通念に沿っており、事後的に遡って破綻を基礎づけるものではない。
結局、①〜⑨のいずれも、同居継続中の夫婦において円満夫婦でも、離婚を意識した段階の夫婦でもしばしばみられる事情に過ぎず、これらを「婚姻破綻の相当の理由」の根拠とすることは、前述の家庭内離婚論・家庭内別居論の轍を踏むものである。
そもそも、家庭内離婚論・家庭内別居論は、平成8年判例前後の時期に学説・実務の一部で提唱され一時流行をみて主に裁判官側からの論文が出たが、地方裁判所に続くものが見られず、下級審の裁判例でも家庭内別居で婚姻破綻を認めている例はないと思われる。
そうすると、その後の下級審実務において全く定着することがなかった議論を引用して縷々主張する尾島裁判官補足意見は法廷意見を補足するものというよりも、むしろ「意見」と位置付けるものではないかと思われる。
平成8年の田中豊調査官解説がかかる類型論を示したにもかかわらず定着しなかったことは、実務がこの概念(家庭内離婚状態)の有用性を否定してきた証左でもある。
同様の趣旨の判事の評釈として、永井尚子「離婚関係が破綻した夫婦の一方と肉体関係を結んだ第三者の不法行為責任」最高裁第三小法廷平成8年3月26日判決評釈判例タイムズ996号がある。永井判事は、評釈の中で、破綻とは婚姻関係が完全に復元の見込みのない状態に立ち至っていることをいい、別居等の外形的事実は破綻を基礎づける具体的事実の一部と指摘したうえで、いわゆる家庭内別居の状態の中にも破綻を認めるべき事案があると指摘していた。
ただ、永井判事が述べるのは、夫婦間の慈しみが失われ、会話や食事等の日常的接触を避けるようになってからある程度の期間が経過し、さらに寝室や家計まで別々であれば、婚姻関係は既に破綻しているという見解であったが、ほとんどの下級審裁判例はこうした見解に追随することはなかったのである。
尾島補足意見が同居中の家庭内別居状態という概念を復活させて、過失否定の余地を導こうとする構造は、定着しなかった家庭内別居論の事実上の復活であり、30年近い実務の蓄積に反するものといわざるを得ない。尾島補足意見は、客観的破綻要素の事実の錯誤が主観的破綻要素として故意を阻却し、又は過失が否定されることになるという基本的な判断枠組みから逸脱している。
しかも、客観的には、同居中の夫婦に第三者が接触すること自体が社会通念上、婚姻共同生活の平和を害する行為であり、その後、別居・離婚に至っている事実関係の下、AがXに離婚届を渡して決断を促し、程なくして協議離婚が成立したというのは、通常は不貞の損害が大きいという要素として位置づけられるものであるのであって、尾島裁判官補足意見は評価があべこべであり賛成できない。
そして、我が国では協議離婚以外に強制離婚原因が必要であり(民法770条)、有責配偶者からの離婚請求を制限した昭和62年大法廷判決との整合性においても、婚姻破綻の認定基準を安易に緩和することには慎重であるべきである。
(6)なお——社会学的観察と実務への含意
統計的・社会学的にみると、不貞行為の多くは家庭内不和の時期や別居前の相談相手との間に生じるものであり、この知見は裁判官や家裁調査官の論文においてもしばしば指摘されるところである。この観点からは、調停提起・別居という公的デュープロセスの手続的履践を婚姻破綻認定の要件として位置づけることが、結果的に法的正義に叶うことが多い。
実際、同居中に破綻が認定されるのは離婚調停を提起したときが中心であり、離婚調停自体は戸籍謄本とチェック式の申立てで本人申立て自体も可能であるのであって、この程度の手続の履践を求めてもおかしくはないのではないかと思われる。
本判決が差し戻した趣旨を差戻し審がどのように受け止めるかは注目されるが、少なくとも容易に自己が署名をした離婚届をもって婚姻破綻の主観的破綻要素が作出され、故意がないとするのは、社会的相当性を欠くように思われる。
以上のとおり、本件の事実関係においては、上告棄却・自判が相当であったというのが筆者の意見である。
四 結 語
本判決は、不貞慰謝料訴訟における故意・過失の判断構造を正面から論じた最高裁判決として、重要な先例的価値を有するものであるが、尾島裁判官補足意見が、法廷意見と併せてどの程度、参照されるかによっても射程が異なる可能性があるように思われる。ただ、要件事実論的にも疑問が多すぎる尾島裁判官補足意見が一人歩きを始めるとは考えにくい。
平成8年判例の射程を正面から論じず、「既婚者と知った上での不貞」という一事をもって事実上の結果責任を課す実務傾向に対し、本判決は「過失に関する法令の解釈適用の誤り」として原審を破棄した。
すなわち、「Aが離婚したと信ずるについての相当の理由がない」と「婚姻関係が破綻していたと信ずるについての相当の理由がある」とは別個の問いであることを明示し、前者の否定をもって後者の審理を省略することは許されないとした点は、学説が長年にわたって提唱してきた批判と軌を一にする。
尾島裁判官補足意見は、三段階の審査枠組みを具体的に提示し、下級審に対して「安易で紋切り型の判断に陥らないよう」警鐘を鳴らした。平成8年判例及び平成31年判例の趣旨を踏まえた精緻な審理が今後の実務に求められることは言うまでもなく、差戻し審及びその後の下級審の展開が注目される。
しかし、過失にかかる主観的婚姻破綻要素(婚姻破綻を信じたことについての相当理由)である相当の理由の認定基準、客観的破綻認定の具体的メルクマール、証明責任の実務的運用等、多くの課題は、令和8年判例で解決されたものとはいえない。
中里和伸弁護士『判例による不貞慰謝料請求の実務』77頁(LABO、2023年)の著書なども踏まえた要件事実論整理と、尾島裁判官補足意見は異なり、むしろ、中里弁護士の方の見解の方が妥当と思われるところもあり、尾島裁判官補足意見は、いささか、議論が古いこと、証明責任を踏まえていないことなどの観点を下級審がどのように参照するかが注目される。
この点、従前、「婚姻破綻があると信じたことにつき過失なし」という否認について、下級審から、調査義務という概念を持ち出され、どの程度、調査すれば故意・過失がなくなるのであろうか、という点は平成8年の裁判例に照らし疑問に思っていた弁護士が多いと思われる。
実際、前掲中里弁護士はこれを「XA間はうまくいっていないと思っていたとのYの主張の当否」と整理し、「ほとんど認められない」(77頁)と指摘して全てYの主張を排斥した裁判例として「夫婦関係が破綻しているとのAの説明を鵜呑み」にしたとか(大阪地判平成21年3月27日)、妻との関係が破綻したとの説明をAから受けていても過失がある(東京地判平成22年4月15日)、「婚姻していたことを認識しつつ、Aの説明を鵜呑みにして、その婚姻関係についての事実関係を確認していなかった」(東京地判平成22年12月24日)、Aが「必ず別れる」「必ず離婚する」と言明しても、それは婚姻関係が破綻するおそれがあるという程度で、破綻していることを希望していたにすぎない(東京地判平成25年9月27日)、「婚姻関係にある一方当事者が、異性に対して自らの家庭が不和であることを告げても、そのことが真実であるとは限らないのであり、Yがそのような言い分を無批判に受け入れたということもにわかに信用できない」(東京地判平成25年12月17日)、さらには別居中でもあっても離婚に応じず面会交流ないし共同監護の状態にある場合は、婚姻関係破綻を信じる相当の理由があったとは認められないとしたものもある(東京地判平成25年1月28日)。
結局、尾島裁判官補足意見は、前掲永井の平成8年の判例評釈が示すように、婚姻破綻に家庭内別居も含むという一般的に否定されたテーゼを所与の前提として議論を出発させているが、そのような解釈は下級審ではほとんど採用されておらず、客観的破綻要素についての議論が嚙み合っていない以上、主観的破綻要素についての補足意見も混乱ないし前提誤認が見られるように思われる。
他方、尾島裁判官が掲げた主観的破綻要素もまた適切妥当なものとは言い難いことは明らかであって、本判決は法廷意見を中心に、不貞慰謝料訴訟の事例判例と整理しつつ、婚姻破綻があると信じたことに故意・過失がないことについての調査義務を具体的に画定していく契機となることを期待したい。他方、尾島裁判官補足意見はおそらく無自覚であろうが、配偶者間の婚姻破綻事由とは区別して、主観的破綻事由を弛緩させ、海外の立法法制を参考にした学説「不貞の慰謝料否定説」の影響を受けて、不貞相手である第三者への請求を絞る意図があるのかもしれないのではあるが、そのような意図は補足意見に叙述がなく、純粋法学理論的には疑問の多い補足意見であったことを附言しつつ、本評釈を括ることとしたい。
以上
なお、脱稿後、志賀剛一弁護士の話の日本経済新聞に対するコメントに接したが、不貞行為に及んだ第三者に慰謝料を請求する訴訟では、婚姻関係が破綻していたと信じた理由についても丁寧に検討を尽くすべきだとのメッセージが込められている。ただ、裁判例を踏まえれば一方の配偶者からの話だけを根拠に「破綻したと思った」と反論しても認められにくい。今回の最高裁判決はこうした傾向に影響を与えるものではないだろう(2026年6月5日付配信)とされているが同感である。今回の裁判例は、特に不貞の慰謝料の賠償請求の理論的整理をしただけのことであり、賠償範囲を制限する趣旨ではないと受け止める方が自然であろう。
尾島補足意見は、例えば、覚せい剤取締法違反、大麻取締法違反、アンチソドミー法(違憲とされたアメリカの同性間の性交渉を禁止する刑法)など、自分の家の中のプライバシーの暴露は良くないという価値観が乏しい。こういった価値観から下級審は、不貞の慰謝料請求は、法定証拠主義に近くなった実務を否定するものともいえる。しかし、丁寧な検討を尽くすというのは公開法廷で夫婦のプライバシーの暴露合戦を求めるという趣旨にも読めてしまうし、そうなることに尾島補足意見自体が気づいていない点で、いささか無邪気に過ぎ、他方の弊害を考えていない。
つまり、丁寧に検討を尽くすべきだというメッセージは逆に夫婦間のプライバシーの暴露合戦にも結び付きかねず、賠償の範囲を絞った平成8年の最高裁判例の趣旨とは、攻撃防御構造の実際は真逆になると言わざるを得ない。ゆえに、尾島補足意見は、いささか浅慮に過ぎる。
毎日新聞などは、同日付で「不貞行為、賠償免除の範囲が拡大 最高裁「信じる理由あれば」」と報道をしているが完全にミスリードである。この最判は、抗弁の整理レベルの技術的な話をしているにすぎず、特段賠償免除の範囲が広がったものではないし尾島補足意見にもそのような記載はない。加えて、そうした下級審の積み重ねの実体もない。
X上の弁護士のコメントの中は、請求原因、抗弁レベルの整理ができていなかったという問題に過ぎないという冷静かつ的確な渉外家事に詳しい弁護士の投稿も見られており、毎日新聞の報道は最高裁の判例を誤読するものであり失当である。
