名古屋ヒラソル離婚法9-離婚慰謝料
1 慰謝料とは
離婚慰謝料は、相手方の有責行為によりやむなく離婚するに至った精神的苦痛に対する賠償を求めるものです。理論的には、離婚原因となった有責行為による慰謝料(離婚原因慰謝料)と離婚に伴う慰謝料というのは区別されていますが、実務的には、前者のみでほぼ処理されているという実感です。
したがって、離婚慰謝料が認められるのは、相手方に不貞行為や暴力行為など有責性が顕著なケースに限られています。もっとも、調停では、訴訟事項である慰謝料請求の紛争を回避するための調整弁として、調整金的側面で紛争解決金や慰謝料が支払われることもあります。
2 慰謝料の相場、算定要素
慰謝料の相場や算定要素も、正直、裁判官の人生観や家族観に影響されるところが大きく、刑事裁判の量刑傾向ほど明確な準則化はされていないと思います。精神的苦痛は、客観的算定が大きいものですが、婚姻期間や離婚原因などによって事案の個別性も考慮して裁判官の価値観によって決められています。ただし、一般の離婚の場合に支払われている慰謝料の額は200万円から300万円程度が多いと思います。もっとも、有責配偶者が離婚したい場合などは高額な慰謝料となる場合もありますが、裁判所が判決で命じるものはなく当事者間の合意でそのような金額になるケースがないわけではありません。しかし、あまりにも高額な慰謝料の場合、男性側は離婚それ自体を止めて婚姻費用を支払う方が良いと考え、結局、女性側も離婚を望みながら欲張りすぎたために離婚できなかった事案も見ています。余りに高額な慰謝料を取れます、という弁護士は頼もしい反面、デッドロックに陥っても責任はとってくれないことにも注意しましょう。
算定の要素ですが、正直にいって、裁判官によって、算定要素も異なるので、意味があるのは不貞行為、DVであるか否か、婚姻期間とこどもの有無、年齢程度ではないかと思います。不貞と暴力以外に判決で慰謝料が認められるのは、性交渉の拒否が代表的ですが、嫁いびりからの保護義務違反も挙げられています。性交渉の拒否というのは、夫婦というのは、必ずしもこどもはマストではないはずですが、性交能力がないのにあると装ったり、正直に申告しないと高額な慰謝料が認められる可能性があります。最近テレビでも取り上げられるテーマですが、意外と争いになるとお高額な慰謝料が認められる可能性があることにも注意しましょう。今後は、不妊治療などがどのように、慰謝料等に評価されるかも将来の残された課題といえます。
3 不貞相手に慰謝料を請求する場合
離婚に至らせた第三者にも慰謝料を請求することができます。同じく離婚訴訟を起こす場合、共同被告とすることも考えられますが、地方裁判所で争うのが通常ですので弁護士とよく協議をしましょう。判例では、不貞の相手方への慰謝料請求について、相手方に故意又は過失がある限り、性交渉があれば請求を認めるのが原則です。例外的には、不貞行為の相手方が配偶者が既婚者と知らなかったこと、もしくは、過失により知らなかったという要件を満たす必要があります。不貞行為の相手方の慰謝料は、上記離婚慰謝料と不真正連帯債務の関係にあると考えて構いませんが、算定のポイントは、不貞行為によって夫婦関係が破綻に至ったか、不貞の回数、不貞の継続期間が算定の要素になっているように思われます。
4 破綻の抗弁
不貞行為が違法になるのは、夫婦共同生活の平和の維持が乱されたからです。したがって、既に婚姻関係が破綻していた場合は、夫婦共同生活の平和の維持という法的に保護される利益はありません。したがって、性交渉は破綻より前に存在していることの証明が必要になってくるのです。
5 別居の有無
破綻との関係で重要な意味を占めるのは別居の有無です。夫婦が同居を継続していた場合か、既に別居しているのかという事実は、必須の要件とはいえないのですが、そもそも、関係が悪化して別居に至るわけですから別居は破綻の重要なメルクマールになるといわれています。別居の期間は、強制離婚における「破綻」とは概念が異なり、そこまで長期間でなくともよいと考えている裁判官が多く、近時は別居以降は、破綻の抗弁が成り立ちやすい状況にあるといえます。
少し前の古い文献には、「半年や1年の別居では破綻を認めていない裁判例が多い」とされていますが、上記のように強制離婚の破綻と不貞の慰謝料請求の抗弁としての破綻は意味が異なると考える裁判官が多いように思われます。
なお、いったん別居しても後日同居を再開する夫婦もいますが、このような場合は破綻が否定されやすいといえると考えられます。
6 離婚話が進んでいること、離婚調停申し立ての有無
実質的に婚姻関係が破綻しているのに、法律婚が続いていると「不倫」と騒がれてしまいますが、婚姻破綻を客観的に裏付けて別の人との交際を可能にするため、弁護士に委任し、離婚調停など離婚の手続をきっちり進めることも破綻の抗弁を成り立たせるメルクマールになります。
7 夫婦仲が冷え切っていること
裁判所は実質的な破綻を「夫婦仲が冷え切っていること」と考えているフシはあります。しかし、これらは証拠によって証明することができないことから、別居や離婚調停などが重視される傾向があるのです。不貞をしたとされる配偶者が、夫もしくは妻に強い嫌悪感を持っていたり、将来離婚したいと固く決意していたと認められる場合は破綻と認定されやすいですが、客観的証拠から認定することはかなり家庭内の事情で難しいといえます。
いわゆる家庭内別居の状態はさらに因数分解すると寝室を分けることに始まりますが、こうした事実を証明していくと、破綻していたと認められることになります。家庭内別居は、以前は弁護士から笑われていた立証なのですが破綻時期が早まってきた関係上、証明の重要性が高まってきました。
- 家族旅行や行事等を行っていた
- 性交渉があった
- 同じ寝室で就寝していた
- 一方が家計の管理をしていた
- 互いの生活に関心を有していた
などです。家庭内別居を主張したいのに、なぜか性交渉をしているケースなどは散見されますので、現在は、離婚するために「別居後」ではなく「家庭内別居」の重要性が高まっていることをよく認識しましょう。
8 性交渉がないと慰謝料請求は不可能か
よくご相談を受けていると、ラインで男女が親密交際をしているものなどはあるものの、肉体関係を連想させるほどではない、というものがよくあります。果たしてこういう場合は、「不倫」であり「慰謝料」を請求することはできるのでしょうか。不貞行為というのは、最高裁の定式では性交渉を持つことです。したがって、性交渉の証明に至らない場合については、原則として慰謝料は認められないと考えておいた方が良いでしょう。この点、親密交際でも慰謝料が認められた事案があるなどと紹介される裁判例がいくつかあるのは事実ですが、プラットニック不倫関係が違法になることはありません。裁判官は、結局のところ、自由心証としては、「性交渉があった」という心証を抱いたものの、証拠不備、理由齟齬などで高等裁判所で破棄されることを嫌って、相当親密であることを強調し、「事実上性交渉が推認される」程度のケースで慰謝料を認めたにすぎないということに注意しましょう。
9 時効の問題
不貞行為が発覚しても、すぐに慰謝料請求をしない場合もあります。現在改正前民法では、損害および加害者を知った時から3年となっています。施行日は決まっていませんが、新しい民法では5年に統一される見込みです。(施行後は調べてください。)私の法律事務所にも、時効の問題がありながら不貞の相談に来る方には事情があることがあります。したがいまして、裁判所としても、どうしてこれだけの証拠がありながらすぐに法的措置を講じなかったのかな、と思われてしまうと思いますので、消滅時効が完成しなければよいと考えるのではなく、適時に出訴することが重要です。
10 不貞行為が発覚しても、離婚しなかった場合
離婚ではなく、不貞の慰謝料請求のご相談をお受けする場合は離婚されない夫婦も多数おられます。不貞行為を知ってから3年経過した場合はもちろん一定時間経過すると、「宥恕」といって、損害賠償債務を免除するとみなされる場合もありますので注意してください。
11 不貞行為が原因で離婚した場合
例えば、不貞行為が発覚してもすぐには慰謝料請求をせず、3年以上経過してから離婚し、その後慰謝料請求をした場合が考えられます。このような場合、最高裁は、元配偶者の有責行為によって離婚をやむなくされ精神的苦痛を被ったことによる損害は離婚が成立して初めて評価されるものなので、離婚が成立したときに初めて元配偶者の行為が不法行為であることを知り、かつ損害の発生を確実に知ったことになる、としています(最判昭和46年7月23日)。
離婚慰謝料は離婚したときに発生するという論理を踏まえた判決と思われます。
12 不貞行為の相手方が破綻していると誤信している場合
不貞の相手方への慰謝料請求については、相手方に故意又は過失が必要です。そこで、「破綻していると信じていた」場合はどうなるかが問題となります。もっとも、「妻とはもう破綻しているんだ」というのは残念ながら常套句でもあります。それを額面通りに受け取る場合、ほどんとの裁判例は過失ありとしています。すなわち、不貞行為の相手方は、交際相手方が既婚者であると認識していた場合は、安易に交際関係に入るべきではないと考えられますし、典型的な不貞の誘い文句が「実はもう破綻しているんだ」ですから、一般的に、合理的に虚偽ではないかと疑ってかからないと問題があるというのが、多くの裁判例の分析結果です。具体的には、調査義務を課しており、婚姻破綻について、それを裏付ける資料を収集するなどしている場合で、ほとんどの事例でかかる主張は認められていません。