親権者変更における面会交流の寛容性―フレンドリーペアレントルール

 女性が親権が取得できない事例でも、面会交流をさせない場合は親権者変更事由になる場合がある、と指摘されることがあります。現行法から悩みぬいたという印象を受ける審判です。また、面会交流債務は緩和され両方に花を持たせる内容になっていますが、裁判官の熱意が伝わってきます。(福岡家庭裁判所平成26年12月4日)

事案の概要

シュシュ:なんか離婚後紛争の面会交流に諍いが生じて、親権者変更が申し立てられたという感じだね。

弁護士:はい。本件は、監護親の会わせたくないという意向と、非監護親(父)の会いたいという欲求が激しく衝突する高葛藤事案です。

シュシュ:ま、家裁にいく事例はみんな「高葛藤事案」だけどね。

弁護士:はい。事案の概要ですが、江藤鈴世さんと市橋なるみさんは、平成19年に婚姻、22年3月に別居、めずらしいのは22年7月に1週間おきに交代監護をするということで、東京家裁ではいろいろ柔軟なやりかたがあるんだなあと感心しました。

 そして、調査官の調査でも鈴世さんもなるみさんも、お子さん(緋生くん)に対するケアは十分できていました。ただ、次のステップとして、①なるみさんを監護者として指定すること、②面会交流を毎月3回行う代わりに交代監護を取りやめること―を合意しました。

シュシュ:こどもに対する負担は重いと思うんだけど、こどもにとっては、パパともママともアクセスできて、交代監護と月3回の面会交流は良かったような気がしますね。親権者変更が結論において財産管理権のみ認められているのはこうした鈴世さんの実績があるからではないでしょうか。

弁護士:うん、それまでは良かったのだけど・・・なるみさんは、無断で福岡の実家に緋生くんと転居し面会交流も交互監護もできなくなってしまいました。その後、①離婚、②親権者をなるみさん、③面会交流を月1回という「相場観」で離婚を成立させました。ところが、なるみさんの意向で引渡しができなくなってしまい、鈴世さんはエフピックの利用や履行勧告の申立てをしましたが奏功しませんでした。いろいろあるのですが、試行的面会交流のこぎつけたのは緋生くんが審判当時7歳になっていました。第1回目の試行的面会交流は良好に行われたのですが、第2回目は、突然円滑な交流ができず、緋生くんの強い拒絶が生じましたが、そのことがなるみさんの悪性の吹込みであることがその後の裁判所の事実の調査で分かっています。

親権者変更

 本件では、父に財産管理権、母に監護権と分属させることにしました。鈴世さんは東京に住んでおり、緋生くんは福岡に住んでいるのですから、監護の安定性の観点からも裁判官も相当悩んだのではないでしょうか。

 本件の特色としては、面会交流の寛容性がないことが親権者変更の理由になっていると事実上指摘していることだと思います。

福岡家裁の厳しい事実認定

(11) 一回目の試行的面会交流
 平成二五年三月二五日、当庁のプレイルームにおいて、申立人と事件本人との試行的面会交流が実施されたところ、その結果は次のとおりであった。
 ア 事件本人は、試行的面会交流の開始当初は、申立人を激しく拒否し、プレイルームから逃げだそうとした。しかし、申立人が、事件本人に無理強いしないよう配慮しながらコミュニケーションを図った結果、事件本人は次第に申立人に近づき、最終的には二人で遊ぶことができるようになった。事件本人は、最後まで申立人を「パパ」と呼ぶことはなかったものの、自ら申立人に抱き上げてもらい、会話の中では笑顔も見られた。約一時間の試行的面会交流のうち後半の約三〇分については、調査官の介入も必要なくなり、円滑な面会交流が実現した。
 イ ところが、事件本人は、相手方が迎えに来た途端に態度を一変させ、調査官が事件本人をプレイルームから出してくれなかったと責め、相手方の顔をうかがうように見たあと、調査官の手に爪を立てて強くつねるなど強い攻撃性を示した。申立人は、プレイルームを退室する際、相手方に対し、「今日はありがとう」と声をかけたが、相手方は、それに答えることはなく、事件本人を抱き上げたまま、申立人の方に顔を向けようとせず、申立人に対する拒否的な感情を抑えることができない様子であった。
 ウ 相手方は、試行的面会交流終了後、プレイルームのドアの前で、事件本人に対し、「ママ見てたよ」と述べた。
 エ 事件本人は、一回目の試行的面会交流に先立ち、同年二月一五日、相手方とともに事前面接調査を受け、事件本人の生活歴の話をしていた際、唐突に、「Xさんと面会しなきゃだめ?」と言い出し、その後母の表情を確認するなど、相手方の顔色を窺うような状況であった。
 オ 事件本人は、一回目の試行的面会交流を終えて帰宅した後、相手方に対し、「Z君は神様から作られなければよかった」と述べるなど荒れていた。
 (12) 二回目の試行的面会交流
 平成二五年五月二〇日、当庁のプレイルームにおいて、申立人と事件本人との再度の試行的面会交流が実施された。事件本人は、申立人を一貫して拒絶し、調査官の説諭に対しても強く反発し、円滑な交流は最後まで実現しなかったところ、その際、次のやりとり等があった。
 ア 事件本人は、調査官に対し、嫌と言えばプレイルームから出してもらえると相手方から聞いた旨を述べた。これに対し、調査官が、事件本人が嫌と言えばではなく、申立人が嫌なことをしたらであると繰り返し訂正したが、事件本人は相手方からそのような説明は受けていないとして、調査官の説明を受け入れようとはしなかった。
 イ 事件本人は、申立人から、プレイルームから出たい理由を問われると、突然「あっちにマジックミラー」などと述べた。
 ウ 調査官から、試行的面会交流当日の申立人の何が嫌だったかを尋ねられたのに対し、事件本人は、申立人に無理矢理G市に連れて行こうとされたことを述べて申立人を拒否した。そこで、申立人は事件本人に対して謝罪し、調査官からも当面は福岡で遊ぶことを説明し、他に嫌なことはないかを尋ねたところ、事件本人は黙っていた。
 エ 事件本人は、試行的面会交流の終盤に突然、東京にいた3歳のころ、申立人と入浴中に湯船の中で申立人に男性器を触られたこと、それは申立人のところにつれて行かれたときの出来事であったこと、そのことを相手方にも伝えたところびっくりしていたことなどを述べた。なお、一回目の試行的面会交流では、このような発言はなかった。
 オ 事件本人は、二回目の試行的面会交流を終えて帰宅した後は、一回目の試行的面会交流の後のように荒れることはなかった。

シュシュ:なんか緋生くん、みていると気の毒になってくるよね。ご飯もお小遣いももらう母親から、父親と仲良くしてはいけないと断じられて、「ママ、見てたよ」といわれたら顔色をうかがうようになるよ。しかも、7歳なのに3歳のころにパパに自分の男性器を触られたといい始めたんだ。よくある「でっちあげDV」で名古屋でも同じようなケースがあったよね。

弁護士:マジックミラーは「監視」のためではなく、本当は非監護親とこどもが仲良くしている姿をみてもらい、父子間の交流の重要性を「教育する」「親教育」にあるのですけどね・・・。

裁判所の試行的面会交流がうまくいかなかった結論

結論:母親の言動にある。

三 事件本人が申立人を強く拒絶している原因について
 (1) 前件監護状況調査の結果によれば、申立人と事件本人の関係が良好であったことは明らかであるところ、交替監護が終了した平成二三年一月末以降、事件本人の拒絶により、面会交流開始時の事件本人の引き渡しが次第に難航するようになり、同年七月以降は全く引き渡しが実現していない。また、平成二五年三月に実施された一回目の試行的面会交流ではある程度円滑な交流が実現したものの、同年五月に実施された二回目の試行的面会交流では最後まで円滑な交流が実現せず、その後も事件本人の強い拒絶により、申立人と事件本人との面会交流を実施することが事実上困難な事態に陥っている。
 親権者変更及び面会交流の条件変更の申立てを検討するに当たり、これらの拒絶の原因をどのように理解するかが重要となるため、以下で検討する。
 (2) 交替監護終了後の事件本人の拒絶の原因について
 ア この点、①交替監護開始直後の平成二二年七月一三日、相手方が申立人の監護下にある事件本人にあうためにCマンションを訪れ、申立人が相手方と事件本人とを面会させたところ、相手方が泣き出したこと、②平成二三年一月三〇日の引き渡しにおいて、相手方は、申立人に対し、面会が終わった後にEマンションに戻れることを事件本人に説明するよう求めていたこと、③同年二月一一日や四月八日に、申立人がEマンションに事件本人を迎えに行っても、相手方は部屋の奥から出てこようとしなかったこと、④相手方は、同年七月八日及びそれ以前に、事件本人に対し、申立人と離婚するために面会に応じてもらいたいと頼んでいたこと、⑤相手方は、面会交流の引き渡しの際に、事件本人を笑顔で送り出すことを拒否しており、本件の期日においても、申立人と会っておいでと明るく振る舞うのはかえって事件本人に不審に思われるなどと述べていること、⑥相手方は、平成二四年夏に父方祖父が倒れた際の申立人とのやりとりにおいて、申立人との高葛藤の原因は前件調停における財産分与の処理に関する不満が原因であり、そのことを理由に事件本人に面会を促すことができないとの趣旨のメールを送信していたことなどによれば、相手方は、事件本人の前でも、申立人自身への否定的感情や面会交流を快く思っていないとの気持ちを隠すことができず、事件本人が申立人との面会を楽しむことに罪悪感を覚えさせるような言動を取り続けていたと推認するのが合理的である。
 イ また、①前件監護状況調査におけるEマンションの家庭訪問の際、事件本人は、調査官を玄関で出迎え、いきなり「僕はママ(相手方)といたいです」と述べたこと、②D保育園の送迎の際の事件本人の態度に申立人、相手方による差異はなかったことが確認されているが、相手方は、申立人が迎えに来ることを事件本人は嫌がっていると認識していたこと、③平成二三年二月一二日、申立人は事件本人を抱いてEマンションに向かっていたが、事件本人は、Eマンションが近づくと、申立人に抱っこされると相手方が怒ると述べて急に降りようとしたこと、④事件本人は、同月二六日のパイプオルガンの演奏会において、相手方に隠れるようにして、申立人を避けるような態度を取っていたこと、⑤事件本人は、同年五月一四~一六日の面会交流を楽しんだにもかかわらず、相手方宅に戻ると、申立人に対する怒りの気持ちなどを述べていたことなどによれば、事件本人は、上記アのような相手方の態度により、相手方への忠誠心を示すように強く動機付けられ、相手方の前では申立人との良好な関係を隠そうとしていたものであるが、相手方の単独監護下での生活が長くなるにつれて、申立人を拒絶する傾向を強めていったと推認するのが合理的である。
 (3) 二回目の試行的面会交流が失敗した原因について
 この点、①事件本人は、一回目の試行的面会交流では、開始当初はプレイルームから逃げだそうとしたものの、次第に申立人と二人で遊ぶことができるようになったのに対し、二回目の試行的面会交流では、嫌と言えばプレイルームから出してもらえると相手方から聞いたと述べて、最後まで申立人との交流に応じようとしなかったこと、②事件本人は、一回目の試行的面会交流の終了後、相手方が迎えに来た途端に態度を一変させ、調査官が事件本人をプレイルームから出してくれなかったと責め、相手方の顔をうかがうように見たあと、調査官の手に爪を立てて強くつねるなど強い攻撃性を示したこと、③申立人は、プレイルームを退室する際、相手方に対し、「今日はありがとう」と声をかけたが、相手方は、それに答えることはなく、事件本人を抱き上げたまま、申立人の方に顔を向けようとせず、申立人に対する拒否的な感情を抑えることができない様子であったこと、④相手方によれば、事件本人はプレイルームにマジックミラーが設置されていることを認識していたにもかかわらず、相手方は、一回目の試行的面会交流の後、事件本人に対し、「ママ見てたよ」と述べたところ、事件本人は、二回目の試行的面会交流において、申立人から、プレイルームから出たい理由を問われると、「あっちにマジックミラー」などと述べ、面会交流が相手方に見られていることを意識したと思われる発言をしたこと、⑤事件本人は、同年二月一五日、相手方とともに事前面接調査を受けたところ、その際、申立人について自ら語ることはあまりせず、相手方の顔色を窺うような状況であったこと、⑥事件本人は一回目の試行的面会交流を終えて帰宅した後、相手方に対し、「Z君は神様から作られなければよかった」と述べるなど荒れていたが、二回目の試行的面会交流を終えて帰宅した後に荒れることはなかったこと、⑦一回目と二回目の試行的面会交流の間には、申立人と事件本人とが接触する機会は全くなかったことからすると、二回目の試行的面会交流が失敗した原因は、上記③及び④を含む相手方の言動により、事件本人が、一回目の試行的面会交流において、申立人と円滑な交流をしたことに強い罪悪感を抱き、相手方に対する忠誠心を示すために申立人に対する拒否感を一層強めたためと推認するのが合理的である。
 (4) まとめ
 以上の次第で、事件本人が、申立人を強く拒絶するに至った主な原因は相手方の言動にあると認められる。
 (5) 相手方の主張について
 ア これに対し、相手方は、事件本人が申立人との面会を拒否するようになったのは、面会交流の引き渡しの際に相手方が事件本人の目を盗んで立ち去るなどしたために、事件本人の分離不安が高まったことや、申立人が事件本人に約束したおもちゃを持ってこないなどの出来事により、事件本人の申立人に対する不信感が高まったことが原因であり、相手方は、事件本人に対し、面会交流に向けた働きかけをしてきたなどと主張する。
 イ しかしながら、相手方が、事件本人を面会交流の引渡場所に連れてきたり、事件本人に対し、面会交流に応じるよう話をしていたとしても、それと矛盾する言動をとり続けていたことは前記のとおりである。
 また、平成二三年一月までは交替監護が実施され、申立人と事件本人との関係も良好だったのであるし、D保育園の送迎の際の事件本人の態度に申立人、相手方による差異がないことも確認されているから、交替監護終了後の申立人との面会により、事件本人が相手方との分離不安を強めたとは考えにくい。面会交流の引き渡しの際に相手方が事件本人の目を盗んで立ち去るなどの行為が必要になったのも、相手方の言動により事件本人が申立人に対する拒否感を強めたことが原因と理解される。
 そして、申立人と事件本人との従前の良好な関係に照らせば、申立人が事件本人に対して約束したおもちゃを持ってこなかったことなど相手方の指摘する些細な出来事が、面会交流を拒むほどの理由とは考えがたい。
 なお、子が親を拒絶する要因については、「小澤真嗣『家庭裁判所調査官による子の福祉に関する調査-司法心理学の視点から-』家庭裁判月報六一巻一一号一頁」の四二頁及び「小澤真嗣『子どもを巡る紛争の解決に向けたアメリカの研究と実践-紛争性の高い事例を中心に』ケース研究二七二号一四九頁」(以下「小澤ケース研究論文」という。)の一五四頁において、監護親、非監護親、子の要因等が複合的に作用するとの一般論も紹介されているが、本件においては、一回目の試行的面会交流後の当事者双方の対応などを見る限り、円滑な面会を実施できない主たる原因が相手方の言動にあることは明らかであり、相手方の言動以外に事件本人が申立人を拒否するに至った主要な要因はないと考える。
 ウ したがって、相手方の上記主張は採用することができず、一件記録をみても、事件本人が申立人を強く拒絶するに至った主たる原因は相手方の言動にあるとの上記認定を左右すべき証拠は見あたらない。

親権者変更

シュシュ:僕は、現行法の限界からという意見も述べたけど、現在日本で議論が進んでいる共同親権の先駆けともいえるのではないかな、と思って感心を持ちます。財産管理権なら東京でも承諾できるし、緋生くんの福岡の様子も推測がつくからね。これに面会交流が加われば、日本が想定している「共同親権」そのものなのではないかな、と思ってしまいます。

弁護士:うん。この審判も母親の監護は認めているのですが面会交流の重要性を説いて、母親の態度変化を促し、緋生くんの鈴世さんに対する拒否的感情を取り除くことも親権者変更の一つの因子にしています。そして、親権者の指定につき、なるみさんに鈴世さんが同意したのは約束通りの面会交流が行われることが主たる理由であったにもかかわらず、かえってなるみさんの言動によって緋生くんが面会交流に応じない事態となっており、なるみさんを親権者として指定した前提が崩壊していると指摘しました。

そして、ここがポイントなんですが、なるみさんに、面会交流再開のモチベーションを持ってもらうには、親権者変更以外に手段がないと結論付けています。制度的な変更で当事者に変化を促すというのも難しいことですが、それに期待しようということですね。

親権と監護権の分属

シュシュ:親権と監護権者を分属させるなんて前代未聞だよね。

裁判所:僕が福岡家裁が素晴らしいと思うのは、監護親が全く相手にしなくなっても、面会交流は子の最善の福祉に沿うから、なんとしても面会交流を実現しようという熱意ですね。鈴世さんの立場からは、いい裁判官にあたったんだなあと思います。

シュシュ:それと、交互監護と月3回の面会交流があり、こどもの立場に立っていると高い評価を受けたパパという事実関係が良かったんだろうね。

弁護士:ただ、面会交流の債務は緩和され、月1回というのも取り消されてしまったので、なるみさんとしても、面会交流をしなくても、具体的な債務はないからということで即時抗告はしませんでした。ただ、このまま面会交流を拒み続けると監護者変更の申立てがなされる可能性が高いことも踏まえ、1時間程度の面会交流が翌月に行われたそうです。

審判

(1) 当裁判所としては、事件本人の福祉の観点から、親権者を相手方から申立人に変更し、監護権者として相手方を指定すべきであると考えるところ、その理由は次のとおりである。
(2) 親権者を変更する必要性について
 ア 面会交流を確保することの意義について
 双方の親と愛着を形成することが子の健全な発達にとって重要であり、非監護親との面会交流は、非監護親との別離を余儀なくされた子が非監護親との関係を形成する重要な機会であるから、監護親はできるだけ子と非監護親との面会交流に応じなければならならず、面会交流を拒否・制限しうるのは、面会交流の実施自体が子の福祉を害するといえる「面会交流を禁止、制限すべき特段の事情」がある場合に限られると解されている(細矢郁ほか「面会交流が争点となる調停事件の実情及び審理の在り方-民法七六六条の改正を踏まえて」・家庭裁判月報六四巻七号七五頁参照)。
 そして、本件において、かかる特段の事情が認められないことは明らかであるところ、申立人と事件本人との関係が良好であったことに照らせば、相手方の態度変化を促し、事件本人の申立人に対する拒否的な感情を取り除き、円滑な面会交流の再開にこぎ着けることが子の福祉にかなうというべきである(なお、小澤ケース研究論文の一五六頁によれば、①拒絶のプロセスに巻き込まれた子どもは、非監護親との関係が失われる結果、監護親の価値観のみを取り入れ、偏った見方をするようになる、②監護親が子どもの役割モデルとなる結果、子どもは、自分の欲求を満たすために他人を操作することを学習してしまい、他人と親密な関係を築くことに困難が生じる、③子どもは、完全な善人(監護親)の子である自分と完全な悪人(非監護親)の子である自分という二つのアイデンティティを持つことになるが、このような極端なアイデンティティを統合することは容易なことではなく、結局、自己イメージの混乱や低下につながってしまうことが多い、④成長するにつれて物事が分かってくると、監護親に対して怒りの気持ちを抱いたり、非監護親を拒絶していたことに対して罪悪感や自責の念が生じることがあり、その結果、抑うつ、退行、アイデンティティの混乱、理想化された幻の親のイメージを作り出すといった悪影響が生じるなどとされている。)。
 イ 相手方が親権者と指定された前提が損なわれていること
 前件暫定合意及び前件調停の内容及びそれに至る経緯に照らせば、申立人が、相手方を監護者ないし親権者と指定することに同意したのは、相手方が面会交流の確保を約束したことが主たる理由であったと認められる。また、前件監護状況調査において、調査官は、事件本人と会えなくなるという申立人の不安は現実的なものと考えられるとの意見を示していたから、相手方には、その意見を真摯に受け止め、面会交流の円滑な実施に向けて必要な配慮を行うことが強く期待されていたといえる。
 しかるに、前記認定のとおり、相手方の言動により事件本人が面会交流に応じない事態となっており、相手方を親権者として指定した前提が損なわれていると評価せざるを得ない。
 ウ 親権者変更以外に現状を改善する手段が見当たらないこと
 申立人は、調停や履行勧告などの法的手段や、面会交流支援機関(FPIC)を利用するなどして、面会交流の再開に向けて取り得る手段を尽くしてきたことが認められる。そして、申立人は、本件調停事件においても、面会交流さえ確保できれば、親権者変更に拘らないとの態度を示してきたものであるが、前記のとおり、二回目の試行的面会交流は失敗し、その後も面会交流の再開の目途がたたなくなっている。また、相手方は、面会交流を実現するには時期を待つしかないなどと述べ、事件本人に対して面会交流を動機づける具体的な方策を持ち合わせていない。
 そうすると、申立人において、親権者変更を求める以外に、面会交流が実現しない現状を改善する手段が見あたらないといえる。
 エ 親権と監護権とを分属させる積極的な意義が認められること
  (ア) 子の身上監護を行うべき親に監護権を含む親権を委ねることが子の福祉にかなう場合が多いことから、親権と監護権とを分属させないことが原則であるけれども、親権と監護権とを分属させることが子の福祉にかなうといえる特段の事情がある場合にはその限りでないと解される。
 例えば、①親権者となった一方の親の事情あるいは子の事情で、子が直ちに親権者となった親のもとで生活できず、しばらく他方の親のもとで生活させる必要がある場合や、②一般的に監護者に監護をさせながら、子の監護に重大な問題について、親権者を関与させる余地を残し、共同監護の実を挙げさせる必要がある場合などにおいて、親権と監護権とを分属させることが相当な場合がある(斎藤秀夫=菊池信男「注解家事審判法〔改訂〕」三四九頁、清水節「親権と監護権の分離・分属」、判例タイムズ一一〇〇号一四四頁参照)。
  (イ) この点、相手方の態度の変化を促すことにより、円滑な面会交流の再開にこぎつけることが子の福祉にかなうことは前記のとおりであるところ、そのためには、申立人に親権を、相手方に監護権をそれぞれ帰属させ、当事者双方が事件本人の養育のために協力すべき枠組みを設定することが有益であると考える。
 当事者双方が親権を有していた交替監護の継続中においては、保育園の行事に当事者双方がそろって出席するなど最低限の協力関係はあったと認められるところ、親権と監護権とを分属させることによって、少なくとも交替監護当時と同程度の協力関係を復活させることが望ましい。
 申立人と相手方とが協力関係を構築することにより、事件本人を少しでも葛藤状態から解放することも、子の福祉にかなうと考える。
  (ウ) また、申立人は、交替監護の開始前も可能な限り育児に関与してきたものであるし、約半年間の交替監護の期間中の当事者双方の監護状況は、甲乙つけ難いほど、ほぼ十分な監護環境が提供されていたと評されている。調査官は、申立人の現在の監護態勢に特段の問題は認められないとして、事件本人の引き渡しがうまくいけば、事件本人は申立人及び父方祖母から愛情をもって監護されることが期待できるとの意見を述べている。前件監護者指定事件において相手方が提出した陳述書によれば、申立人は、相手方と同居していたときから、事件本人の監護のために二年間で少なくとも二三日半の休暇を取得したことが認められ、少なからず事件本人の監護に関与していたことが窺える。
 したがって、申立人には、親権者として事件本人の監護養育の一端を担う十分な実績と能力があると認められる。
  (エ) 他方、申立人は、事件本人を引き取った場合のことについても具体的に検討しているけれども、二回目の試行的面会交流の際の事件本人の反応などによれば、事件本人の引き渡しが実現しない可能性が高いと考えざるを得ない。そして、子の引き渡しの強制執行を試みて失敗した場合の事件本人に対する精神的負担や、事件本人の申立人に対するイメージが更に悪化するリスクを軽視しえない。
 また、監護者が暫定的に相手方と指定された平成二三年一月から現在まで、事件本人は相手方の単独監護下にあり、面会交流を実施できないことを除けばその監護状況に特段の問題は見あたらないこと、事件本人は平成二三年四月から福岡県内で生活し、平成二六年四月からはH小学校に入学したことを考慮すると、相手方による監護を継続させた方が事件本人の負担が少ないことも否めない。
 このように、事件本人の監護を相手方から申立人に移すことを躊躇すべき事情が認められる。
  (オ) したがって、本件においては、親権と監護権とを分属させ、当事者双方が事件本人の養育のために協力すべき枠組みを設定することにより、相手方の態度変化を促すとともに、子を葛藤状態から解放する必要があること、申立人には、親権者として事件本人の監護養育の一端を担う十分な実績と能力があること、事件本人の監護を相手方から申立人に移すことを躊躇すべき事情が認められることからすると、親権と監護権とを分属させることが子の福祉にかなうといえる特段の事情が認められ、親権と監護権とを分属させる積極的な意義があると評価できる。
 (3) まとめ
 以上のとおり、相手方が親権者と指定された前提が崩れていること、親権者変更以外に現状を改善する手段が見当たらないこと、親権と監護権とを分属させる積極的な意義が認められることを考慮すると、監護者を相手方に指定することを前提として、子の福祉の観点から、親権者を相手方から申立人に変更する必要が認められる。
 他方、前記のとおり、事件本人の監護を相手方から申立人に移すことを躊躇すべき事情が認められることを踏まえると、現時点において、監護権を含む親権を直ちに申立人に帰属させる必要までは認め難い。

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