引き渡し・連れ去り

最決平成29年12月21日ハーグ条約返還決定が変更された事例

ハーグ条約実施法に基づき子の返還を命じた終局決定が、117条1項の規定により変更された事例

事案の概要

 本件は、ハーグ条約に基づく父の申立てにより子の返還を命じた大阪高裁の終局決定について、母がその確定後の事情変更を理由に、実施法117条1項により終局決定を変更し父の申立てを却下することを求めた事案である。

 父母、年長の双子と年少の双子の6名は、アメリカで同居をしていたが、母は子4名を連れて日本に帰国し、母の両親宅に居住していた。入国当時年長は11歳で年少は6歳である。当初は、父母間に意見の対立はなかったが、子らが日本のインターナショナルスクールに進学し、母がアメリカへの帰国に否定的となったことから、父がハーグ条約実施法に基づき子の返還の申立てをしたものである。

 家裁調査官の調査では年長2名はアメリカへの帰国を拒絶し、年少2名も否定的な意見を述べた。しかしながら、調査によれば、母には子らを適切に養育するための経済的基盤を有しておらず、その監護養育について親族から継続的な支援を受けることも見込まれない状況にあったとされた。これを受けて終局決定である大阪高裁は、平成28年1月、年長2名については実施法28条1項5号の返還拒否事由があるとしながらも、アメリカに変換することが子の利益にかなうとして、同項但書を適用して、年少2名には返還拒否事由はないとの終局判断を行った。

 ところが、平成28年2月、アメリカにおいて父が子らを居住していたアメリカの自宅が競売され、8月ころ明渡し、父は友人宅に身を寄せていた。本件はこれを受けて実施法117条1項に基づいて終局判断の変更を求める申立てといえる。いわば監護者変更の審判の申立てのハーグ条約版といえる。

 大阪家裁は、上記事情変更について、今度は5号の拒否事由があると判断し終局決定を取り消し、申立てを却下し、大阪高裁もこれを支持したことから、父が最高裁に許可抗告の申立てがなされたのが本件である。

決定

抗告人(父)は,本件子らを適切に監護するための経済的基盤を欠いており,その監護養育について親族等から継続的な支援を受けることも見込まれない状況にあったところ,変更前決定の確定後,居住していた自宅を明け渡し,それ以降,本件子らのために安定した住居を確保することができなくなった結果,本件子らが米国に返還された場合の抗告人による監護養育態勢が看過し得ない程度に悪化したという事情の変更が生じたというべきである。

 そうすると,米国に返還されることを一貫して拒絶している長男及び二男について,実施法28条1項5号の返還拒否事由が認められるにもかかわらず米国に返還することは,もはや子の利益に資するものとは認められないから,(大阪高裁が例外的に適用した)同項ただし書の規定により返還を命ずることはできない。また,長女及び三男については,両名のみを米国に返還すると密接な関係にある兄弟姉妹である本件子らを日本と米国とに分離する結果を生ずることなど本件に現れた一切の事情を考慮すれば,米国に返還することによって子を耐え難い状況に置くこととなる重大な危険があるというべきであるから,同項4号の返還拒否事由があると認めるのが相当である。」

小池裕裁判官補足意見

 1 国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約(以下「本件条約」という。)は,子の監護に関する事項において子の利益が最も重要であるとし,子の利益のためには子の監護に関する紛争を子の常居所地国において解決することが望ましいという前提の下に,不法に連れ去られた子の迅速な返還を確保すること等を目的としている。本件条約を受け,実施法27条は,同条に掲げる返還事由が存する場合には子の返還を命じなければならないという原則を定めており,裁判所としては,子の利益を図るという観点から,この原則を強く尊重して迅速に対処しなければならない。また,実施法28条は,この原則を踏まえた上で子の返還を拒否すべき事由を定めているが,この例外的事由もまた,返還が子に及ぼす影響,子の自律的な意思等を考慮して,子の利益を図る趣旨で定められたものである。
 2 長男及び二男については,一貫して米国への返還を拒絶する意思を示しており,実施法28条1項5号に該当する事由が存する。兄弟姉妹(きょうだい)との分離を避けることは子の利益の観点から重要であるが,抗告人の監護養育態勢の不備等に照らすと,長男及び二男について,その意思に反しても長女及び三男と共に米国へ返還することが「子の利益」に資するとして,同項ただし書の規定により返還を命じた変更前決定は,一審と結論を異にしていることに照らしても,判断の分かれ得る限界的な事案についての裁量的な判断であったといえる。変更前決定の確定後に抗告人が自宅を明け渡し,安定した住居の確保ができなくなったことは,従前からの経済状態に起因する面もあるが,監護養育態勢に大きな影響を与える事象が生じたものであって,長男及び二男の米国への返還が「子の利益」に資するか否かの判断において考慮すべき事情に変更が生じたというべきである。そして,このような事情の変更があったことからすれば,一貫して返還を拒絶する意思を明らかにしていた長男及び二男について,同号の事由が存するにも関わらず米国に返還することは,もはや「子の利益」に資するものとは認められないといわざるを得ない。もとより確定した終局決定を変更する実施法117条の適用には慎重でなければならないが,本件における上記事情の変更に照らすと,同条を適用すべき場合に当たると考える。
 上記のとおり長男及び二男は米国に返還されるべきものではないところ,同人らと密接な関係にある長女及び三男について,両名を長男及び二男から分離して米国に返還することは,両名に耐え難い生活環境を強いる結果を招き,その他本件に現れた一切の事情を考慮すれば子の利益に反することが明らかであって,実施法28条1項4号の事由があると認められる。
 3 本件は,子の返還拒絶の意思,監護養育態勢の評価と変化,兄弟姉妹の分離の当否等の事情を考慮しつつ,本件条約の趣旨に沿って判断することを要する困難な事案であったこともあり,各裁判所の判断が異なったものと思われる。本件条約に関わる事例が次第に蓄積されつつあるが,裁判所としては,合目的的な裁量により後見的な作用を行うという非訟事件の性質を踏まえ,本件条約の趣旨,実施法の規定の趣旨と構造を十分に考慮して,事案に即した法の適用や,事実の調査の在り方等について工夫を図るなどして,適切な判断を迅速に示すよう努めていく必要があると考える。

パースペクティブ

シュシュ:なんか複雑のようだけど、父が勝った確定判決を覆すリベンジマッチを母がして、最高裁も追認したということかな。

弁護士:うん。ハーグ条約実施法に基づく子の返還の終局決定も「非訟事件」であることを確認させられますね。

シュシュ:うーん、よくわからないけど、パパさんは、経済的基盤がないということでお金に困っていたみたいだね。

弁護士:うん。なので、いったん日本に妻とこどもを返したらそのままいつかれてしまって、帰ってきてくれなかったという評価ができるかと思います。ただ、約束には反しているようなので、連れ去りなのでハーグ条約が出てくるわけですね。

シュシュ:なんか一度勝ったのにリベンジマッチで負けてしまうというのは、残念、みたいにパパさんは思っているでしょうね。

弁護士:もともと、変更前決定自体が、返還拒否事由を認めた大阪家裁とこれを否定した大阪高裁の判断が割れているように、変更前決定自体が難しい判断だったんだよね。こどもたちは、母の実家で過ごしインターナショナルスクールに通っているようなので、あまり、経済的不安を感じない状況にあったようです。ただ、それでも大阪高裁が返還を命じたのは、ハーグ条約の趣旨を正解していたなあと思いまして、終局決定に間違いはなかったと思います。つまり、11歳と6歳の4名のこどもがいずれも返還を拒絶していても、うまいなあと思うのは11歳の方は返還拒否事由の存在を認めつつ、長くアメリカで暮らしたわけであるから、アメリカに返還した方が子の利益に資するとして、6歳の方については、未熟性があるから尊重する必要はなく原状回復をして、当地の裁判所で争うべきだ、というハーグ条約の趣旨に沿っていますね。

シュシュ:そもそも終局決定って変えられるんだね(実施法117条1項)。要件は事情の変更によりその決定を維持することを不当と認めるに至ったことだね。

弁護士:まあ、日本でも監護者指定の変更や親権者変更の裁判もあるので、仰々しくいわなくても立法があってもおかしくないですね。本件では4号拒否事由、つまり常居所地国に子を返還することによって、子の心身に害悪を及ぼすことその他子を耐えがたい状況に置くことになる重大な危険ですね。

シュシュ:家がなくなっちゃったことが重大な危険となるんだね。ただ、日本法の場合、あまりこどもの監護者を決めるにあたり経済的基盤を重視しておらず、例えば女性親の場合、友人や姉妹の家に間借りをしている場合でも、子の福祉に反しないとすることが多いよね。

弁護士:兄弟不分離の原則などの利益がここでは説明されていますね。つまり11歳の子については、返還拒否事由があるが、一切の事情を考慮して返還相当として、6歳の子は返還拒否事由なし、としていたわけです。ところが、父が家をなくしたことにより、11歳の子について、一切の事情を考量して変換相当とすることもできなくなったんです。そうすると、11歳の子と6歳の子がバラバラになる可能性があるので、では、5号ではなく、4号拒否事由を認めましょう、というところだったのでしょうね。おもうところ、外国の裁判例でも兄弟不分離の利益は考慮要素になるとされています。他方で、兄弟の一部のみ返還する場合は大阪高裁のように、28条1項但書を適用して、兄弟不分離を避ける手法もあるんです。

シュシュ:まとめてみると、本件のケースの解決では、①下の子だけ返還する、②下の子だけ返還すると重大な危険を生じるとして全ての子につき返還拒否、③子の異議にかかわらずすべての子を返還するという3つの選択肢があるね。

弁護士:難しいのですが、ハーグ条約の解釈上は②が一番多くなるのでは、といわれています。兄弟分離の悪影響や上の子について、たまたま下の子がいるがために自分が下の子にひっぱられるのは上の子の権利を侵害する、というこども中心の解釈がとられているからですね。

 

 

 

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