最判平成30年3月15日ハーグ条約と人身保護請求

第1 事案の概要

シュシュ:既に3月に最高裁のサイトで、判決文が公開されていたので、目新しくはないですが、差戻審は名古屋高裁本庁が担当し4部で引渡しの裁判が行われましたね。しかし、父親への返還が命じられたケースですが母親と一緒に逃げ出したのだそうです。よく逃げ出したよね。

弁護士:うーん。僕も拘束者代理人やったことあるけど、裁判所の職員に取り囲まれて判決まで別室でとじこめられるんですけど、本庁から逃げ出したって偶然もあったのかもしれませんね。今は名古屋地裁は、飛行場のセキュリティ・チェックと同じ仕組みが導入されているので、今は側道の出口から出ることもできないので、引渡しが失敗になったのは司法の無力さが現れていると思います。

シュシュ:判決後、母親と長男は、もともと脱出作戦を立てていて、逃げてしまったという形ですね。叔父さんはもともと最高裁は、こどもの意思能力を認める時期が遅すぎるという意見だったよね。

名古屋高裁本庁4部の引渡し命令後に母子は行方不明に

弁護士:そうですね。13歳ですので、最高裁の判断も、金沢支部の判断も両方あり得るけれども、社会通念上は、こどもは日本国籍も持っているわけだし、また、最近の家裁実務の傾向からして意思能力があるとして「拘束」を認めるのは疑問という見解もあると思います。

 15歳を超えると、さすがに、こどもの意思能力を認め拘束と認めることも難しくなりますので、今後、父親側が司法を利用してということは考えにくくなりましたね。結果的に、原審の名古屋高裁金沢支部の判断どおりの「おとしどころ」となったのですが、結果的に最高裁判決は無視され、またもやハーグ引渡しが失敗したことで、国際的な信頼関係を損なうことは間違いないでしょうね。名古屋高裁も「すわり」はともかく外交政策からみると、執行も含めた人身保護請求であるのに、拘束者が被拘束者を連れ出して逃げられてしまうというのは失態だったなあと思います。

シュシュ:さて、事案は、アメリカに居住する父親である日本人が、日本人である妻により、アメリカ国籍を持つ長男(13歳)がアメリカから日本に連れ去られ、身体の自由を拘束されているとして、人身保護法に基づいて長男の「釈放」を求めたものでした。これに先立ちハーグの引渡し命令が確定し無視されていたので人身保護請求は致し方ないところもあると思います。

原審の金沢支部の判断

 金沢支部は、主に国選弁護士の意見を尊重するような形で、①長男が日本滞在を希望している、②違法性が顕著であるとは解されず、ハーグ実施法に基づいて子の返還を命ずる終局決定は帰趨に影響しないと判示して人身保護請求を棄却しました。

弁護士:まあ、拘束にあたらないとするのは、自然でしたが、ハーグ実施法により引渡し命令が確定して法を順守しない者につき「違法性が顕著」ではないというのは、いささか非常識な誹りを免れず、私にいわせると、最高裁も、金沢支部も間違っている、というところでしょう。しかし、最高裁も、ここまで踏み込んで判断するのであれば、長男を最高裁に召喚して自ら執行すべきで名古屋高裁に押し付けてもねえという感じがします。結果、名古屋高裁本庁は失敗したわけですが。

シュシュ:叔父さんも苦労した最高裁昭和61年7月18日民集40巻5号991頁の存在だね。小さいころから一緒にいる場合は、基本的には自由意思とはいえないという、現在の家裁実務とは真逆の判断がいまなお人身保護請求では顕在であることが示されました。

弁護士:まあでも、ある裁判官によると、東京高裁もいろいろ、名古屋高裁もいろいろなので、本件で最高裁が昭和61年を引いたからといって、基本的に、こどもが不当に心理的影響を及ぼしていると評価して自由意思に基づいているとはいえないとする理解は、子の監護者指定引渡しなどには、採用されないだろうと思いますね。

シュシュがいいたいこと―事案に特有の重大性、困難性

シュシュ:僕がいいたいことは2つだね。1つは、父親が親権を採りたい場合は最初から海外生活をするくらいしか方法がないという手法論が出てきたことでここまでしないといけないのか、というのはパリジャンからすると、異様に思えます。2つ目は、僕は最高裁が指摘した拘束についての昭和61年判例をさらに強化したような説示に比較的賛成かな、というところです。基本的に、僕は、ブリュッセルで生まれて、パリとブリュッセルを行ったり来たりしていますがブリュッセルに住んでいます。言語は第一言語がフランス語、第二言語はスペイン語、日本語は家庭で話すだけです。そういう意味では、第一言語の国から離れるというのは、客観的にみてもその子の不利益だと思います。

弁護士:シュシュとしては、一例を挙げると日本で暮らしてしまうと、まあ、インターナショナルスクールに通うくらいしないと、ということで、いろいろな環境整備の問題があると思うから、金沢や名古屋などの地方都市では限られてしまうかなと思います。残酷ですが、シュシュの日本語能力は同世代より3年次くらい下だと思う。

シュシュ:率直だね。いーよ、たしかに叔父さんとの会話でもエクスプレッションしたい言葉が日本語では出てこないで、英語やフランス語で表現することは多々あるもんね。そういうときは悔しいんだ。叔父さんが完璧なフランス語を話すことができれば、こんな苦労しなくて済むのに(笑)。

こどもが親を選定するにあたり必要な多面的客観的な情報不足に警鐘

弁護士:まあまあ。要するに、国際結婚とか、外国滞在中に離婚して、日本に帰る的な場合は、最高裁がいうところの国際的な事案の特有の重大性、困難性があるとともに、連れ去った親から影響を受ける度合いが類型的に大きいことから、こどもが当該意思決定をするために必要な情報を偏りなく得るのが困難な状況に置かれることが少なくないことに着目して、必要とされる多角的、客観的な情報を十分に取得している状況にあるのか否か、連れ去りをした親が子に対して不当な心理的影響を及ぼしていないかなどといった点を慎重に検討すべきとしたわけだね。こうなると、国際結婚とか、国境をまたぐ場合は「拘束」になりやすい、情報不足だから監禁しているのと変わらないみたいな、そういう見方なんだろうね。

シュシュ:うん。僕もオリジンは日本人だし、国籍も今はベルギーと日本の重国籍状態にあるんだけど、やっぱり、僕は、一人っ子だから、双子のように育ったアレックスとも別れたくないし、第一言語がフランス、第二言語がスペインの僕は、英語も日本語も微妙だから、日本のインターナショナルスクールに入ったとしても、ついていけるか分からないし、公立学校では多分勉強についていけないよ。それに、フランスと日本では労働生産性も異なるから、日本では長時間残業や過労死があるけれども、ヨーロッパではここ20年で労働生産性が飛躍的に向上しているから、将来的な生活とかも充実するかなあ、とか、まあ、少なくとも、大学卒業するまでに、日本に帰るか、ベルギーに残るかの判断をするのが、最善だと思っているんだよね。だから感情に流されたり、ママがいいからというだけで安易についていかない方が良い、それだけ国際情勢や国境間の文化や価値観の違いもあるから、どちらがいいのか、というところかな。

弁護士:まあ、ゆっくり事案の特有の重大性、困難性に鑑み、考えてください(笑)。

顕著な違法性を認めなかった金沢支部

シュシュ:まあ、ハーグ条約での引き渡し命令が確定しているのに、これに従わない場合は、顕著な違法性は認められるのが常識的かな、と思いますね。金沢支部は踏み込みすぎたのでしょうかね。

弁護士:人身保護請求ってほとんど使われないのに、判例だけはたくさんあるんですよね。僕は2件やってますが。それで、共同親権にある幼児については、最判平成5年10月19日が、幼児に対する拘束者の監護につき拘束の違法性が顕著であるというためには、同監護が請求者の監護に比べて子の幸福に反することが明白であることを要するとの判断基準を示しています。続く最判平成6年4月26日は、拘束者の親権の行使が幼児引渡しを命じる仮処分又は審判により実質的に制限されているのに拘束者がこれに従わない場合、拘束者の幼児に対する処遇が親権の行使という観点から容認できないような例外的な場合に限ってしまいました。今回は、ハーグ実施法に反し引き渡さない場合と、例外要件を拡大したものと考えられるね。

 つまり、監護権の所在や内容を一次的な考慮要素とせず、拘束者が、確定裁判により形成されたこどもの返還義務を履行しないという明白な違法行為に及んでいる状態で子を監護していること自体に着目しているので最判平成6年の例外要件を拡大したものと考えられます。

シュシュ:でもさぁ、意外だったのが「顕著な違法性」が認められる場合って、離婚調停において調停委員会の面前でその勧めによってされた合意により、夫婦の一方が他方に対してその共同親権にある幼児を期限を限って預けたが、その合意を反故にして拘束を継続して住民票を無断で異動した場合にも、顕著な違法性が認められるんだね。元来、これは、最判平成6年7月8日裁判集民172号751頁を背景に、共同監護(交互監護)などを行ってもよさそうな萌芽のような最高裁判例があるのにね。

弁護士:うーん、つまり人身保護請求の判例は、家裁実務の行為規範としては機能しておらず、また執行もしっかりすべきだよね。

以下はNHKニュースの引用ですが、最高裁の判決が解決規範にもなっておらず、執行不能の状態になったことがうかがわれます。

子どもを連れ出した母親がハーグ条約に基づく返還命令を拒否したことをめぐる裁判で、名古屋高等裁判所は、母親による拘束は違法だとして子どもを父親に引き渡すよう命じる判決を言い渡しました。 
ただ判決後、母親は子どもと一緒に立ち去り、行方がわからなくなっていて、引き渡しが実現しない可能性が出ています。この裁判は、子どもを日本に連れ帰った母親がハーグ条約に基づく返還命令を拒否したことから、アメリカに住む父親が、罰則規定のある日本の人身保護法に基づいて子どもを引き渡すよう求めたものです。最高裁判所は、今回のケースは母親による拘束に当たり、返還命令の拒否は原則違法になるという初めての判断を示し、母親と子どもを出頭させるため、高裁で改めて審理するよう命じていました。 17日の判決で、名古屋高等裁判所の戸田久裁判長は「子どもは、母親のもとにとどまるかどうか決めるのに必要な情報を得ることが困難な状況に置かれてきた」などと指摘し、 母親による拘束は違法だとして、子どもを父親に引き渡すよう命じました。 ただ、判決後、母親は子どもと一緒に立ち去り、行方がわからなくなっています。 ハーグ条約をめぐっては、今回のように返還命令を拒否するケースが相次いでいますが、最高裁の判断は返還命令に実効性を持たせるものとして注目されていました。 しかし母親と子どもが立ち去ったため、結局、引き渡しが実現しない可能性が出ています。」

 

 

 

 

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