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調査官調査①―こどもの意向

調査官調査を入れる場合、裁判官からの受命事項が「子供の意向」とされることがあります。 昔は,「子の意向,監護者としての適格性」などが受命事項とされることがありました。 はっきりと「子の意向」が受命事項とされることは,あまりないかなという印象を受けます。 子の意向というのは,15歳以上は必要的ですし,基本的に15歳以上はこどもの意向どおりになると考えてよいでしょう。 そうならない場合は,精神的DVなどの切り離し事案などいずれにしても緊急性があるような場合だけだと思われます。 そして,子の意向調査は,思春期で両親をいったりきたりしているケースで調査されることが多いようです。 基本的には,同性の親を選定することが多いのですが,性格的問題から他方の親への移転を希望するケースが多いです。 典型的には,よく男の子が母親に引き取られたけれども,ステップ家庭(再婚家庭)での心理的負担や養親と母親との性交渉に耐えかねてということが多いように思います。 ここで重要なのは,家事事件手続法では,子は主体であって客体,つまりお客さんではないということです。 表現の自由が憲法で保障されるように,むしろ,こどもが正しい情報を与えられ,考えて,意向を述べるというステップは合理的である限り尊重される必要があります。 ですから,「子の意向」と記載されるのは、10歳以上・・・感覚的には12歳以上からかなという印象を受けます。 これは家事事件手続法上との関係で平仄がとれていると思います。つまり15歳以降にかかわる時間軸であれば,その以降は尊重されるべき必要があるということになります。 ある裁判官は「こどもの幸せは裁判所が決めます」と述べたように,親が決めるより,単に調査官は裁判官の事務員に過ぎないですから,親に考えるマテリアルを提供する側面は「子の意向」となると,振り返り材料になるようなものであればいいですが,一方が他方を洗脳していると,怒りを買うような内容が多いので振り返りの材料にはならないでしょうね。 もっとも,こどもの監護が争われている場合,13歳くらいのこどもがいる場合は注意が必要です。他方の価値として兄弟不分離の原則というものがありますが,最近,兄弟不分離の価値がプラスに見直されるようになってきました。兄弟といえば,性格形成にも影響を与えるものですが,プラスにもマイナスにもなるので,そのウェイトは低いものとされていました。しかし,最近は,5歳男子、7歳男子、13歳女子という3兄弟で,13歳女子が母方への移転について「こどもの意向」を表明されると,その他の兄弟も兄弟不分離の原則で芋づる式に移転できるようになってきたように思います。 他方,不思議なことですが面会交流では,5歳でも6歳でも7歳でも裁判所調査官はこどもの心情を聴きます。しかし,監護者紛争の場合は心情調査すら行わず,一種黙っていてねという扱いを受けることがあります。特に,年齢差が大きい場合,両当事者と一方に肩入れせざるを得ない裁判所との間で,ハレーションが高まる場面が容易に想定できます。 こどもの意向が表明された場合は,基本的にはパワーバランスを崩してしまうほどのインパクトがあると考えておきましょう。子の監護についてだけのお話しですが・・・。 なお,調査官調査がなくても子の意向は他方の代理人から出されることもあります。 ある裁判所で,親権者に争いがないのに,裁判所が母親側にこどもの親権についての陳述書を出してください,としらっとお願いする場面がありました。しかし,普通,親権争いしているわけでもないのに,まさか15歳以上のこどもでは強制執行の余地もないのに,(しかも争いもない・・・)何を考えておるのだろうと思ってしまいました。そして適用条文は家事事件手続法ではなく,人事訴訟法なのだが・・・と思いました。 案の定,父親側代理人でしたが,父親の悪口をたくさん書いた陳述書が提出されました。私は,証拠関係から相手方が無理な弁護や主張をしているさなかでこういう失態を犯したということで,この裁判官を叱責しましたが,母親側にいて一番学費などセンシティブな場面で,母親側の意向に逆らえる陳述書がこどもの手続代理人も就いていないのに出てきたらすごいわ!と思ってしまいました。この結果,なかなか息子と父親の雪解けは難しくなってしまいました。特に裁判上の離婚原因があるわけではないにもかかわらず、です。 18、19歳の場合、自分の意思でどうにでもなるので,勝手に決めてという域になりますが,相手方代理人弁護士もこんな陳述書出して「あほやなあ」と思ってしまいました。結局,父母間の紛争にこどもは巻き込まれるし,ひとりの主体として参加しても構わないけれども,必要ないのであれば故なく巻き込む必要もないのになあと。優等生の裁判官で,とてもバランスが良い人だっただけに教科書だけ読んでいたら,火がついていましたという例といえるかもしれません。