外国人との離婚

ハーグ条約をめぐる人身保護請求―子の引渡し弁護士の解説

第1 日本人同士の国境をまたぐ離婚について

 シュシュ:事案の概要はこのようなものだね。最判平成30年3月16日です。

「国境を越えて連れ去られた子供の取り扱いを定めた『ハーグ条約』を巡り、米国在住の夫が、息子(13)の返還命令を拒む妻に子の引き渡しを求めた裁判の上告審判決が15日、最高裁第1小法廷(山口厚裁判長)であった。同小法廷はハーグ条約に基づき確定した子供の返還命令に従わない場合、「違法な拘束にあたる」との初判断を示し、息子を夫に引き渡すことを認めた。ハーグ条約による子供の返還が実現しないケースについて、最高裁が判決を言い渡すのは初めて。子供の引き渡しを巡る両親の争いが相次ぐ中、ハーグ条約を重視した司法判断といえ、今後、同様のケースに影響を与えそうだ。」という部分です。上告審判決によると、米国で暮らしていた日本人夫婦は夫婦関係が悪化し、2016年1月に妻が、夫の同意を得ずに息子を連れて帰国した。第1小法廷は『確定した裁判所の返還命令に従わない場合、特段の事情がないかぎり顕著な違法性があるというべきだ』として、条約に実効性を持たせる判断を示した。」

 

 弁護士:ハーグ条約に関しては、平成29年12月21日に、ハーグ条約に基づく引渡し請求が最高裁で棄却されて話題になりましたね。これは、「父親側の養育環境が悪化し、事情が変わった」と指摘し、返還を認めないとする決定をしたものです(最決平成29年12月21日)。

 

 シュシュ:なんだかにたような話しで僕は分からないよ。

 弁護士:うん。まずは、こどもを連れ去られてしまった場合は、東京地裁か大阪地裁に、ハーグ条約に基づきこどもの返還を求めることになるんだ。ただし、返還には返還拒否事由もあるので、実体判断がここでされることになります。そして、条約に基づいて、連れ去られた子どもは元の居住国へ返還する決定が出た場合は、それに基づいて「執行」することになるんだ。

 

 シュシュ:だから、最決平成29年12月21日は、返還拒否事由、一例を挙げると、「返還で子が耐え難い状況に陥る危険などがある」などに該当して、実体判断で棄却された例といえるんだね。

 

 弁護士:ハーグ条約は、原状回復がベースラインなんだけど、実家が競売にかけられているということで、相当実質的に元に戻すことができなくなってしまったではないか、と事情の変更を主張したみたいだね。

 

 シュシュ:ハーグ条約に基づいて、「強制執行」ができたケースは何件あるの?

 

 弁護士:それが、ハーグ条約を巡る日本国内での裁判で、子を元々住んでいた国に帰す命令などが確定したのに、応じない親を子と引き離すために行われた法定手続き6件がすべて失敗しているんだ。絵に描いた餅になっていたんだね。

 

 シュシュ:そこで人身保護請求という別の手続が利用されることになったんだね。

 

 弁護士:そのとおりです。ハーグ条約に基づく引渡しの直接強制は執行不能で終わりました。今回の平成30年3月16日のハーグ条約に基づく引渡しの直接強制の際は、裁判所の執行官が2階の窓から妻の自宅に入って息子の引き渡しを求めたものの、妻が激しく抵抗して実現しなかったんだね。そこで、これは、オウム真理教などに拉致されているケースと同じとして、不当に逮捕されている人を救出するためのヘイビアスコーパスという法律が各国にありますが、日本における表れである人身保護請求が利用されることになりました。

 

 シュシュ:叔父さんは、今回の判決について、どう受け止めた?

 

 弁護士:僕が裁判官だったら、ハーグ条約だからどうということではなく、人身保護請求に忠実に判断すると思います。ですから、年齢もそれなりだったようですし、本人の意向も尊重するべきとして、名古屋高等裁判所金沢支部と同じ判決を出したと思います。

 

 シュシュ:では、叔父さんからすると、驚いた判決だったんだ?

 

 弁護士:ううん。人身保護請求では「弁論」のことを「審問」というのだけど、審問も開かれているし、ハーグ条約に基づく強制執行がすべて執行不能に終わっている現状をみること、条約は法律の上位法であること、人身保護請求は刑事法であるところ裁判長裁判官が刑事学者の山口厚であることならから「政治的な判断」がされる可能性があるのかな、と思っていました。ハーグ条約は、12~13歳の子でも人身保護請求を利用できることになったので、釈放を拒むものは勾引することができるので、釈放判決が出され次第、請求者に引き渡されるものすごい実効性が高いものですからね。ハーグ条約とヘイビアスコーパスを結び付けてに実効性を高める、というのは、理論的に政治的問題や外交問題を解決するものだったと思いますね。

 

 シュシュ:今回、どのあたりが、政治的だったのかな?

 

 弁護士:2つポイントがあると思うんだ。実はね、日本では、9歳から10歳になるともう自由意思があるから、「拘束」にならないのではないか、という議論があるんだ。人身保護請求は「拘束」されている人を「釈放」する制度だから、拘束というためには意思に反するものでなければならないといけないんだよ。だから、「こどもが日本にいたい」といっても、「いいや、真意は違う」とこどもの真意は別にあるという論理が必要になります。

 その点、家庭裁判所とは別に日本には、人身保護法だけに認められる特別ルールがあるのです。

 

 シュシュ:必殺技みたいだね。

 弁護士:人身保護法は古い法律なので、最近できた家事事件手続法が7歳から8歳でも意思能力を認め得るのに対して、人身保護法は12歳から13歳でもこれを否定することがあるんだ。そして、人身保護請求の「必殺技」である最判昭和61年7月18日があります。これは「一応意思能力を有すると認められる状況に達し、かつ、監護権を有しない者の監護に服することを受容するとともに、右監護養育が子の意思能力の全くない当時から引き続きなされてきたものであり、その間、監護権を有しない者が、監護権を有する者に子を引き渡すことを拒否するとともに、子において、監護権を有する嫌悪と畏怖の念を抱かざるを得ないように教え込んだ結果、子が前記のような意思を形成するに至ったといえるような場合には、当該子が自由意思に基づいて監護権を有しない者のもとにとどまっているとはいえない特段の事情がある」との判断を示しているんだ。

 

 シュシュ:これは、夫婦間の子の奪い合いではないという特殊性はあるけど、小さいころから監護を継続している場合はこどもの意思は自由意思とはいえないとまとめられるね。妻側は「息子には日本での生活を続けたいという意思があり、違法な拘束ではない」と主張していたよね。

 

 弁護士:これに対して人身保護請求の「必殺技」の判例を引用して、曰く、「子を監護する父母の一方により国境を越えて日本への連れ去りをされた子が,当該連れ去りをした親の下にとどまるか否かについての意思決定をする場合,当該意思決定は,自身が将来いずれの国を本拠として生活していくのかという問題と関わるほか,重国籍の子にあっては将来いずれの国籍を選択することになるのかという問題とも関わり得るものであることに照らすと,当該子にとって重大かつ困難なものというべきである。また,上記のような連れ去りがされる場合には,一般的に,父母の間に深刻な感情的対立があると考えられる上,当該子と居住国を異にする他方の親との接触が著しく困難になり,当該子が連れ去り前とは異なる言語,文化環境等での生活を余儀なくされることからすると,当該子は上記の意思決定をするために必要とされる情報を偏りなく得るのが困難な状況に置かれることが少なくないといえる。これらの点を考慮すると,当該子による意思決定がその自由意思に基づくものといえるか否かを判断するに当たっては,基本的に,当該子が上記の意思決定の重大性や困難性に鑑みて必要とされる多面的,客観的な情報を十分に取得している状況にあるか否か,連れ去りをした親が当該子に対して不当な心理的影響を及ぼしていないかなどといった点を慎重に検討すべきである。これを本件についてみると,被拘束者は,現在13歳で,意思能力を有していると認められる。しかしながら,被拘束者は,出生してから来日するまで米国で過ごしており,日本に生活の基盤を有していなかったところ,上記のような問題につき必ずしも十分な判断能力を有していたとはいえない11歳3箇月の時に来日し,その後,非監護親との間で意思疎通を行う機会を十分に有していたこともうかがわれず,来日以来,監護親に大きく依存して生活せざるを得ない状況にあるといえる。そして,上記のような状況の下で監護親は,本件返還決定が確定したにもかかわらず,被拘束者を米国に返還しない態度を示し,本件返還決定に基づく子の返還の代替執行に際しても,被拘束者の面前で本件解放実施に激しく抵抗するなどしている。これらの事情に鑑みると,被拘束者は,本件返還決定やこれに基づく子の返還の代替執行の意義,本件返還決定に従って米国に返還された後の自身の生活等に関する情報を含め,監護親の下にとどまるか否かについての意思決定をするために必要とされる多面的,客観的な情報を十分に得ることが困難な状況に置かれており,また,当該意思決定に際し,監護親は,被拘束者に対して不当な心理的影響を及ぼしているといわざるを得ない。以上によれば,被拘束者が自由意思に基づいて監護親の下にとどまっているとはいえない特段の事情があり,監護親の被拘束者に対する監護は,人身保護法及び同規則にいう拘束に当たる」として、「必殺技」を拡大解釈して「拘束」に該当するとしてしまいました。

 

 シュシュ:びっくりだよね。13歳は、意思能力がある、っていっているのに、いろいろ理由付けて自由な意思能力の形成とはいえない、としているからね。

 

 弁護士:「必殺技」の射程距離が拡大され、こどもの意思の尊重が収縮していること、つまり、こどもの人権擁護が後退していることが懸念されます。

 

 シュシュ:叔父さんは、本件具体的事例においては、人身保護請求の「必殺技」に否定的で、1711月の一審・名古屋高裁金沢支部判決と同様、「夫への引き渡しは息子の意思に反する」として返還を認めないという立場だったんだね。

 

 弁護士:13歳の意思を塗り替えてしまうのには抵抗があります。差し戻し後は、引き渡しを実現させるために息子を裁判所に出頭させて出頭させない場合は母親を勾引して、自主的に引渡しに応じなければ釈放判決を出すとみられます。

 

 

 シュシュ:今回の平成30年3月15日が相当なリーディングケースになるのは、①子の自由意思の問題、②「顕著な違法性があるというためには、監護が子の幸福に反することが明白であることを要する」(最判平成5年10月19日)も実質的に判例変更してしまったからといえそうですね。

 

 弁護士:そうですね。最判平成5年10月19日以降、子の引渡しは、家庭裁判所での、監護権に基づく子の引渡しなどに、変わっていくことになりました。それは、平成5年の最高裁の判例が、親権者同士の争う場合は拘束ではなく、例外的に「顕著な違法性」が認められる場合に限って人身保護法による救済が得られることになりました。顕著な違法性があるというには、監護が子の幸福に反することが明白であることを要する、と極めて限定的な厳しい要件が課されていたのです。

 シュシュ:最高裁は、今回、それについてもとっぱらってしまったんだよね。

 

 弁護士:うん。今回の最高裁はさ、「監護親による拘束に顕著な違法性(人身保護法2条1項,人身保護規則4条)があるか否かについて 国境を越えて日本への連れ去りをされた子の釈放を求める人身保護請求において,実施法に基づき,拘束者に対して当該子を常居所地国に返還することを命ずる旨の終局決定が確定したにもかかわらず,拘束者がこれに従わないまま当該子を監護することにより拘束している場合には,その監護を解くことが著しく不当であると認められるような特段の事情のない限り,拘束者による当該子に対する拘束に顕著な違法性があるというべきである。

これを本件についてみると,監護親は,本件返還決定に基づいて子の返還の代替執行の手続がされたにもかかわらずこれに抵抗し,本件返還決定に従わないまま被拘束者を監護していることが明らかである。他方で,米国への返還のために監護親の被拘束者に対する監護を解くことが著しく不当であることをうかがわせる事情は認められない。したがって,監護親による被拘束者に対する拘束には,顕著な違法性がある。」としているんだ。

 

シュシュ:今までは、親権者による監護は拘束にはならず、幸福に反することが明白であることが要件だったのに、「ハーグ条約違反」の場合は、幸福に反することが明白というキーワードが飛んで行ってしまったという感じですね。

 

弁護士:このような判例の背景には、本来、第一義的に東京地裁や大阪地裁を専属管轄とするハーグ条約において、子の返還が認められても実効性のある執行がなく、国際的な非難の高まりを受けて、国内では執行力が低くても対外的に執行力が低いままでは、国際的な批判の対象や人権侵害国家のレッテルを貼られかねないということから、相対的に人身保護法による必要性が高まったという事情があるからかもしれません。しかし、61年の「必殺技」は例外的なもののはずで、例外に例外追木している今回の最高裁決定は理論的に支持しがたいところがあるように思われます。

 

シュシュ:でもね、僕、思うんだ。たしかにママとの関係は大事だよね。でもずっとアメリカで育って、やっぱり、こどもを日本に連れていくか、アメリカで暮らすことにさせるかの話し合いはアメリカですべきだよね。僕の両親は、パリで話し合いをしていましたよ。僕は「パリから離れたくないからパパと一緒にいちゃダメかな」と頼みました。話し合いもなしに強引なことをして犠牲になるのはこどもだということも母親側も自覚が必要でしょう。

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