離婚によるこどもへの影響―見捨てられ感が最も強いのが6歳から8歳―面会交流の重要性
僕の甥っ子は8歳のころに両親が離婚しているが、僕は5歳のころに父親と死別している。
離婚ばかりが親との愛離ではないのだ。ただ、離婚の原因が自分のせいだとは思わないが、もし自分がもっと良い子であったら、もっと可愛い子であったらという想いが不合理につもる時期といえます。死別でも、自分の存在がストレスになったのかなと考えるものでもあります。
結果、見捨てられ不安など、哀しみがどの年齢よりも深い時期といえるかもしれません。考えてみれば、自分も、心の胸の奥底にはネガティブな哀しみを抱えていたと思う。
「両親がそろった幸せな家庭」をファンタジーで夢想できるのは、発達心理では3歳から5歳までとされるが、6歳を迎えると改めて悲壮感を味わう時期がある。そういうときこそ、面会交流もきちんと行って欲しいし、監護親はこどもの情緒に配慮してほしいと願いたい。
甥っ子の晴登が、離婚したときそういう気持ちにならないようにアドバイスしたが、晴登はあまり非監護親との面会交流を好まなかった。晴登は発達が早く、道徳観、正義感が強く白黒をはっくりさせグレイゾーンを許さない発達段階にあったのかもしれない。これは、概ね9歳から12歳までの心理的傾向です。でも本当に非監護親に会わなくてもいいの?といってつれていくものの、帰ってくる時間は早い。捨てられた感が早く、僕が弁護士ということもありジャッジメントやジャスティスというものに対する関心が強いからかもしれない。
いろいろな想いがあるのだろうと。例えば、僕の場合は、そもそも5歳で父親が死んだ可哀そうな子をみられるうえ、そうみられるが故に「自分が負担だったのかな」という気持ちを持っていた。ヴィヴィッドにはいえないのだけど。そして、僕の場合、いったんお手伝いさんに育てられていた僕は母親に育てられたが父が亡くなったため、再び母親は働きはじめることになった。生活環境は僕もシュシュ(甥っ子)も変わらなかったけれども、幾重の喪失体験は積み重なったのかなと思う。この点、シュシュは、監護親との中が同性であるため仲間化しており情緒が安定しているところがあったのかな、と思うが、父親が、飛行機に乗って落ちてしまったら僕は独りになってしまうという言動をしたことがあった。いまやそんな可愛い彼はどこへまたという感じだけど。まあ、今はそんな可愛いことはいわないけれど。どんなことでも、監護親が望みに注意を払って気持ちに応えてあげることが必要かもしれない。愛しすぎるというのは、喪失感を味わったこの時期の少年たちにはないと思う。
ただ、シュシュもよく僕にLINEをしてくるように、監護親がいそがしかったり、離婚後に抑うつなどになってしまうと、面会交流が大事になってくる。特に母親に監護されている場合、離婚後、男の子には命令調になることがあり、父親のソフトな介入が必要なこともあります。こどもにとって、父親ないし母親は分かれて住んでいても自分のことを変わらず愛し続けてくれているということを知ることができれば大きな救いとなると思う。それが愛の才能を持てるかどうかの試金石になるんじゃないかと。恋愛や性交渉は持つことができても、人生を豊かにするためには、離婚などの喪失感への愛着、アタッチメントの重要さが分かります。