母親の監護に問題があったかどうか,母親の監護態勢と父親による現状の監護態勢のいずれが未成年者らの福祉に資するか審理を尽くすべきであり差し戻した事例
別居前の主たる監護者である母親の監護に問題があったかどうか,母親が監護者と定められた場合に予定している監護態勢と父親による現状の監護態勢のいずれが未成年者らの福祉に資するかについて更に審理を尽くすべきであるなどとして,差し戻した事例
大阪高裁平成28年8月31日は、母親が父親に対して、父親の実家で監護中の未成年者3名(8歳、5歳、3歳)について、監護者指定と子の引渡しを求めた事案である。
江藤鈴世さんは、中学の教員をしているところ、妻のなるみさんは、出会い系サイトで知り合った卓さんと頻繁に夜間外出、外泊するなどの問題行動がありました。母親はその態度や態様において、未成年者らの監護に支障を生じる程度のものではなかったと述べている。
父親は、現在、未成年者らを実家に連れて帰って、母子の交流を遮断しています。なるみさんは、緋生くん、千騎くん、麻白さんの養育を祖母任せにして、母子関係を断絶させようと吹き込むなど、監護状況に問題があると主張した。鈴世さんは、椎良さんによる養育環境は良好であり、未成年者らは現在の環境になじんでいると主張しています。
弁護士と伊串法科大学院生のパースペクティブ
院生 :私は、原審にはあまり問題はないと思います。
弁護士:原審は、主たる監護者は母としても、未成年者らを自宅に残して複数の男性と夜間外出や外泊を繰り返しており、その監護は適切さを欠いていた。現在の鈴世さんの子連れ別居はなるみさんの同意は得ていないが、なるみさんの従前の監護養育に看過できない問題があったため、やむを得ずされた別居としています。
院生 :男性による子連れ別居も直ちに違法とはされないように思われますね。
弁護士:奈良家裁の原審はオーソドックスな判例だと思うのですが、差し戻されてしまいました。
院生 :鈴世さんは、実家の椎良さんの補助を受けながらこどもたちを監護しているということのようです。そして、未成年者も現在の環境に適応しているから原状を変更する必要はないとされました。
弁護士:これに対して、大阪高裁が差戻しをしたという点が注目されますね。
院生 :どうして差戻しをされたのでしょうか。
弁護士:情報不足でしょう。まず、通学先からの情報の調査がなされていないので客観的な未成年者らの状況が分からないということですね。次に、母子優先の原則の指摘がありますね。
院生 :母子優先の原則ですか。
弁護士:今回は麻白ちゃんという女の子がいます。裁判所では女の子は母親が監護すべきという母子優先の原則があります。その影響を受けたのではないかと背景としては理解できますね。
院生 :大阪高裁の説示ですと男性が監護者になるのは無理という極めて不公平な内容のように思います。
弁護士:具体的にいうと、「鈴世さんは仕事中心の生活であり、実質的には実家による監護が行われている。しかし、その具体的な監護状況に関する調査は不十分である」と指摘し、両者を比較して「実家による監護の方が子の福祉に適うという観点からの検討がされていない」とする。
院生 :これだけみると、母子優先の原則復活という感じですね。
弁護士:本件は、受命事項の裁量権逸脱が問題なのです。審判前の保全処分と子の監護者指定がなされいている場合、前者を先行して却下して本案のみに集中するケースもあります。ところが奈良家裁は同時進行をしたにもかかわらず、なるみさんの行状の悪さに引っ張られており、子の監護者指定において検討すべき事項についての調査が疎かになっている、との指摘もあります。もっとも、調査官調査が足りないというのは、望む結論が得られないということなのです。そういう意味では結論ありきという面もあるかもしれません。
院生 :ただ、今回の大阪高裁は、下級審の受命のありかたを規律するものとして注目されます。審判前の保全処分の受命の場合は、調査対象を主として保全の必要性に絞ったうえで、子が主たる監護者から引き離された経緯、態様のほか、現状の監護状況が子の福祉の観点から急迫の危険があるか、簡易迅速な調査になります。
これに対して、同時進行の受命事項は、子奪取の経緯、態様、現在の監護状況にとどまらず、別居前の主たる監護者の監護状況のほか、非監護親が監護者に指定されている場合に予定されている監護態勢と現状の監護態勢のいずれかが子の福祉にとって適するかが受命事項となるのですね。
弁護士:この事例では長女がいるので、女性が監護するのが望ましいという母子優先の価値判断があることは否定できず非難されるべき裁判例です。なお、新聞記者だからいそがしいというのは偏見のようにも思われます。結論においては、奈良家裁平成28年5月31日は差し戻されても同じ決定を行うべきように思われます。
*2 奈良家裁
前記1の認定事実に基づき,未成年者らの監護者として申立人と相手方のいずれを監護者と定めるのが相当かについて検討する。
(1) 未成年者らの監護について,未成年者らの出生以来,平成27年□□月□□日に未成年者らが相手方の実家に行くまでは,主として申立人が未成年者らを監護してきたと認められる。もっとも,申立人が,平成27年春ころから,長男及び二男を自宅に残して,複数の男性と会うために夜間外出や外泊を繰り返していたことからすれば,そのころの申立人による監護は,適切さを欠くものであったといわざるを得ない。
(2) 現在の相手方による監護は,申立人の父の同意はあったものの,申立人の明確な同意なく開始されたものであるといえるが,長期にわたって申立人が長男及び二男を自宅に残して深夜外出していたこと,及び別居直前に,申立人が相手方に対して「死にたいいやや。こどもらもすてたい。」とメールを送ったことを踏まえると,申立人の監護養育に看過できない問題があっての別居であると認められるから,相手方による監護の開始に違法性があるとは認められない。
そして,平成27年□□月□□日に未成年者らが相手方の実家に行った後は,相手方が,相手方の父母の監護補助を得ながら,未成年者を監護しているところ,相手方の監護態勢については,相手方の仕事柄,相手方の父母による監護補助に頼らざるを得ない部分が大きいが,相手方の父母は,今後も監護補助を行っていく意向を有しており,相手方の母親が,ひきこもり状態である相手方の弟の世話をしていることを踏まえても,相手方の父母による監護補助に特段問題があるとは認められない。そして,未成年者らは,現在,主たる監護者であった申立人と引き離されてはいるが,上記のとおり,平成27年春ころからの申立人の監護状況は適切さを欠くものであったこと,及び,未成年者らは,現在の環境に十分適応しながら,健康で順調に発育しており,未成年者らの現状を変更する必要性があるとは認められないことからすれば,申立人が主張する諸事情を考慮しても,現状の監護態勢を維持することが未成年者らの福祉に資するというべきである。
(3) 以上によれば,相手方を未成年者らの監護者と認めるのが相当である。