離婚の手続き・流れ

甥っ子と行くコペンハーゲン―レゴとチボリ公園と。

なぜ、デンマークなのか、それは分からないが、スカンジナビア諸国の中で、「北のパリ」と称される街と北ヨーロッパの中で最も文化的で都市国家ではないか、と自分が考えていたからかもしれない。メーデーからの避難先はコペンハーゲンに決まった。アイスランドとの時差が大きく結構飛行機に乗るととまどいがあった。

一行は、コペンハーゲンへ。「僕、レゴランド行きたい!」って早くいいなさいって。突然の一言。レゴランドは名古屋に進出して僕には身近だが欧州では、ユーロディズニーしかり、レゴランドもより幼児向けという印象が強くなる。名古屋のレゴランドが苦戦しているのも客層が狭いことが理由かも知れない。レゴランドへはビルンがゲートウェイシティになる。今回はコペンハーゲンからは日帰り距離ではないので、代わりに、「チボリ公園」とレゴショップへ。ここでもおねだりされて買ってしまう僕。コペンハーゲン中央駅のお向かいにある交通至便さ。公園は1843年に開園しウォルト・ディズニーも参考にしたといわれる。開園期間は夏の間だけなので、地元の人も待ちに待った開園期間ということになるのだろうか。空中ブランコやフリーフォールなど空飛ぶ系が多い。空中ブランコの絶叫の姿は駅舎まで聞こえてくる。「あれ、シュシュくん」。すたこらさっさ、と逃げていくシュシュくん。飛行機は平気なのになあ。なので、乗せてみる。シュシュにも弱点があったか。

 

夜、日本人料理店へ。学生さんも多くて、日本人の溜まり場的なお店だった。ニューヨークやワルシャワでは、日本料理店がそうなっていることが多い。パリにもそういうところはあるのだろうがパリは広い。チャイナタウンの方が性に合っているという人もいるしベトナム料理店のフォーが好きな人もいる。また、パリでは二人とも普通にフレンチは食べられるので、フランス料理店に行ってしまうことが多い。正直、アイスランドと似た文化を持つデンマークの郷土料理はお休みをして、天ぷらと白いご飯とお味噌汁を食べた。シュシュも基本的には家庭内では、日本のご飯を多く食べている。味噌も赤味噌を定期的に日本からママンが持ち込んでいるのだ。マスターからスタッフまで日本人。少し気楽になり、マスターからワインをおごってもらう。量は多いようで、御向かいの学生はしゃぶしゃぶを注文していたが、お肉が山になっていた。マスター曰く「普通の量よ」とのことだった。学生さんはマスターの采配で席が決められていた。異国の地でも学生が交流できるように粋な計らいだ。今夜東京に立つという学生を見送り僕等もホテルへ。

 

翌朝は、フレドリクスボー城とコロンボ―城に行くことにした。いずれもコペンハーゲンの郊外にある。僕等が待つプラットホームには次々と電車が流れ込んでくる。3分に1本というより、後ろで電車が待っているくらいだ。電車の半分くらいがディスプレイに「遅延」と出ているのも、ヨーロッパでは普通のこと。フレドリクスボー城は海の水辺に浮かんでいるような美しいお城だ。コペンハーゲン北西にあり、国鉄の終着駅ヒレロズにある。16世紀、フレドリック王が地方貴族から入手したといわれる城だ。中に入ると、大きな噴水がお出迎えしてくれる。デンマークで目立つのは、セブンイレブンだ。その威力、恐ろしい。フレドリクス城に近い駅で小銭がないと、シュシュが「セブンで売っているんじゃない?」とセブンにいき、普通に、切符を売っている店員さん。どうやら駅員はほとんどおらず基本的な駅の業務はセブンに任せているという印象。日本ではあり得ないかな、と思いつつ、合理的なのか、省エネなのか、と思いつつ、クロンボー城へ。ヘルシンオアは、スウェーデン国境に近く、スウェーデンよりデンマークの方が、アルコールが安いので、城近くの商店街はすえぇーデン人でにぎわっている。シェイクスピアのハムレットの舞台の城だ。To be or not to be. that is the question.ハムレットの感想を言い合いながら城を見て廻る。

 

その後はコペンハーゲンへ。王立美術館のそばの公園では桜が咲いていた。堀には鳩が泳いでいる。その後はコペンハーゲンを一望できる塔(ラウンドタワー)へ。ただ、メーデーが影響しているのか、タクシーがほとんどおらず地下鉄と国鉄を乗り継いで、ホテルの傍の駅に。iPhoneのバッテリーが底をついて道を一本間違えてしまう。ホテルと僕等の間に、新宿駅のような大きな線路が立ちはだかっているではないか。ああ、新宿のように、通行橋があればいいのに、と考えながら引き返す。ある意味、長い1日が終わろうとしていた。

 

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