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しあわせのオリジナルと任天堂Switch

  息子よ。僕だって、幼い頃の幸せな記憶を持ち出すと、暖かな気持ちになれる。現実にまみれた顔から抜け出すために、少し集中して「幸せ記憶、幸せな記憶」と呼び起こしてみる。息子よ、君は今、現在進行形だ。

 すると、記憶の違い遠いところから、それらがほんのり立ち上がってくる。

 

 どこかへ出かけたときのこと。どこかへ着く。両親に抱っこしてもらって家に運んでもらうんだ。お父さんの、ゆら、ゆら、という足元のリズムで僕は優しく揺れている。あの「甘え」のシアワセ。

 

 それらが、実際にどのくらいの頻度のものだったか分からない。もしかしたら1回かもしれないし、記憶って不思議なもので自分にとって大事なことはたとえ1回きりであっても覚えているし、逆に、大事でなければ習慣になっていたことさえ忘れてしまう。

 

 いつかは、思い浮かべて、あの頃のしあわせを感じていた時間と、今、しあわせを感じている時間って違う?そして僕等はどこに向かう?週末というだけでワクワクする自分がいる?おやつを食べている息子。器用に任天堂Switchで遊んでいる。『マリオカート8 デラックス』ではオフロードの走行感やドリフトの加速感。『スプラトゥーン2』ではブキの使用感。青人よ、これもシアワセだ。

 

 青人の自立を感じだすとき、誰かとのつながりを感じるとき、共感を分かち合えるとき、今でも僕は幸せだ。幸せな気持ちの根源は大きく変わるものではない。

 

 息子よ。自分が何に幸せを感じるかを知っておくことはとてもいいことだ。時に、「しあわせ不足」と感じた時、大人ならね、自分で自分をハッピーにできる方法を知っている。洗濯機の中からイヤホンとガムが出てきた・・・。犯人は、・・・。息子よ、お風呂入る前に音楽聴くなよ。

 

 過去の中から自分を再び、見つける。すると、そう簡単に変わらない自分を見つけられるようで、かけがえがない人生を生きているって感じるな。