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障碍者の生命を考える―という研修

弁護士会で障碍者の生命を考える、という研修がありました。 優生思想は昔も今も―というタイトルですが,研修では優性思想とナチが強行した現代的な「T4」がとりあげられたようです。 シュシュと一緒にアウシュビッツに行った今年,そこから様々なことを学び活かしていることがいる、そういう趣旨のことを準備書面に記載したこともありました。 それだけアウシュビッツの見学は現代的すぎるもので、もちろんそれは今でも問われ続けることでしょう。 特に、アウシュビッツでは障碍者というのは,判別できなかったのですが労働収容所ですので選別にまず生き残ることは困難でしょう。 そして、例えばLGBTの人とジューでは着る服が異なるなど、様々な差別を認識しているのだ、と思いました。 日本では精神病院での飢餓殺、視覚障碍者の被害と加害などがあるようです。 ただ、日本についていると、血縁や優生思想を強調する人は、個人の肌でもそんなにいない「学歴中心主義」じゃないかと思います。 ただ、生活保護者に向くように、障碍者の生命にもまた憎悪が向きやすくなる社会にあります。 もっとも、やまゆり園事件から1年が経過しましたが、公判では被害者を匿名とする方向性との報道もあります。 社会の不寛容さが,親族を表に出てこさせることを拒んでいないか、私たちはもう一度考えてみる必要があるでしょう。 アウシュビッツでは、むしろ亡くなった方の名前を公表するのが人間の尊厳に即するという考え方です。 かけがえのない人生を生き抜いた方につき匿名でというのは、顔も見えず、人々の記憶から薄れていくのも速く、それもまた問題提起の必要があるのではないでしょうか。 一緒にアウシュビッツにいったシュシュ。今年は短期留学もして苦手の英語を勉強しつつあるようです。フランス語を話すからといって英語が得意とは限らないのだとか。 そんなシュシュくん、BクラスからAクラスへの移動することになったそうですが、彼がおもしろいのは、Bクラスの方が良いのだそうです。その理由はBクラスの子の方がおもしろい子がたくさんいるからなそう。シュシュの多様性の価値観と優生思想とは,対局にあるなあ、という感想を持ちました。