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ピアノの森 Perfect World of KAI

東京オペラシティで第9交響曲の演奏を聴いてきました。 キエフ交響楽団ということで、大変なところからきているのだなあと思いつつ、音楽の粒がひとつひとつ飛んでいるかのような演奏。 そして第四楽章での、「そうだ、この音だ」という主題提示からでしたが、テンポの速い演奏で、会場からも、「何分を切るかもしれないね」といった新解釈に近い演奏であったかのように思います。 さて、ピアノの森というコミックス。 ピアノ教師だった阿字野が、一ノ瀬海を見出すものの、海の背負うアンダーグラウンドな街が彼が表舞台に出ることの邪魔をするというストーリー。のだめカンタービレと同様に、色彩と感覚のカイと楽譜に忠実なドイツ的な重苦しい雨宮との対立を軸に話しが進んでいきます。 このコミックスは、2009年くらいに人気のピークを迎えたように思いましたが、その後、ショパン音楽コンクールに出場するというストーリーで、カイが優勝するストーリーとその後のストーリーが最終巻で描かれています。 ポーランドで開催されるショパン音楽コンクールは、あくまでもコンクール。そして、ポーランド審査員が多くヤポンチク(日本人)にはアウェイな場所といえます。 最終的に、阿字野―カイとの代理戦争と思い込んでしまった雨宮の敗退。しかし、雨宮は、そこでピアノを表現することの楽しさのようなものを見つけ、チャレンジャーからピアニストへと昇華します。また、優勝候補であったパンウェイも、尊敬していた阿字野と対面し、自分のピアノが阿字野を模倣したもののため不愉快にさせていないと質問します。これに対して、阿字野は、最高のショパンピアノ協奏曲1番を聴かせてくれ、といって、「凍りのピアノ」といわれた彼の絶望と隣り合わせのピアノは、ショパンが意図するような感情豊かなものへと昇華していきます。 そして、一ノ瀬海。カイのピアノは、いつも「森に連れて行かれる」というものですが、ワルシャワにも森があり、それだけではなく大地が多いことを意図した演奏や風に音を乗せることをやってしまうカイの野生のピアニストの本領が発揮されたといえるかもしれません。手に垢のついた審査員による審査が、アダムスキーの落選という事実に納得できないメディアにより、公平な審査をせざるを得ないというショパンコンクールの審査員の葛藤も描かれていて、フィギアスケートなどの審査であれ、って思うようなところの参考になるかもしれません。 それぞれの苦悩や表現しようというバックボーンがあって演奏されるショパン。ポーランドからパリに逃れ祖国を思いながら創作活動を行ったショパン。この想いに寄りそえたのがカイだったと思います。そして、カイは、左手が故障した阿字野を手術できるハンドドクターを見つけ出し、阿字野を第一線に引きずり戻します。彼にとっても、第一線への復帰はとまどいと望外の喜びが併存していたのだと思います。指揮者のセローからは、「こどもは父親を超えて大きくなるということわざがあるのは日本だけではない」と手術を受けるように促します。 そして、復帰コンサートでは往年の名曲を披露し、交響楽団との共演では、モーツァルトの二台のピアノのための協奏曲で、プリモとセコンドで、阿字野とカイが共演し、ラヴェルもカイが二台のピアノ演奏に編曲して、演奏されます。