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親しき仲にも礼儀ありの意味

フランスの哲学者モンテーニュは、夫婦の仲というものは、あまり終始一緒にいるとかえって冷却すると述べている。 なぜ一緒にいるのに冷却するか、といえば、長くいればお互い油断してだらしなくなり、相手がそこにいることすら意識しなくなり「空気」になってしまうからかもしれない。 いつも自分本位で、そんな自分が、相手にどう映っているということすら配慮ができなくなってしまう。そこで、ずうずうしいと評価されたビフェイバーに相手が幻滅するのは当然ともいえる。 このことは、友人関係や仕事関係の仲間に安易に自己流を持ち込んではいけない、ということかもしれない。 調停でも、弁護士でも調停委員でもない研修生(司法修習生)が一番服装を乱していることがあった。別に弁護士は、研修生のお友達でもないし、依頼者も正装している場合は不愉快に思うだろう。 礼儀やマナーというのは微妙な問題で、そこから葛藤を生じることもある。だから不作法を注意されたときは、ありがたいと思う感謝の気持ちが必要かもしれない。 それ以前に礼儀やマナー違反をしないように、自己研鑽をしていく必要があるのだが、自分と向かい合うという作業は面倒くさい作業ゆえ、それができないものなのだ。